箱庭の学会主催の
研修会の案内が来てました。
分科会のうち2つが
被災地関連です。
1つはコレ
去年までは
発達障害の研究に熱心だった
講師だけど
―昨年暮れくらいから
「【解離】も案外多いかも…」と
気づいて
ユング派らしく
内的成長の
「物語」として
―PTSDは昇華するしかないし
キューブラー・ロスの言うように
苦痛から学ぶことで
癒しと成長が
起こりますからね。
子どもであっても
ポニョのように
哲学をしないとね。
取り扱えているようです。
もう1つは
フクシマのメンタルクリニックの
院長を招いて
話を聴くそうで
これはビミョーですね。
―心理学的アプローチではなさそうだし
話だけ聴いてるとしたら
奇跡的ですね。
7月に東京でありますが
場合によっては
学会員でなくても
参加できるようです。
DVシェルターでは
「やらんでよろしい」
「医療機関じゃないし」等と言った
大学教授や
精神科医もいたけど
被災地支援は
とりあえず
続きそうですね。
よいことです
「箱庭療法」カテゴリーアーカイブ
発達障害か?統合失調症か? ひきこもりのPTSD解離男(41)父親を刺殺
静岡県
浜松市に住む無職の男(41)が
自宅で同居する
無職の父親(74)の
首の後ろを
果物ナイフで刺して殺害
母親が
現場を目撃し
―PTSD予防が必要です。
隣に住む兄が
110番したそうです。
男は
ひきこもり状態だったようで
つじつまの合わないことを話している
そうです。
高校生も
祖母を刺し
意味不明のことを言ってますね。
似たような事件が
続きます。
外に出たら
ストレスなんだし
いくら頑張っても働けないんだから ☚発達障害親の口癖
家にいたらいいってことでも
ないですね。
―無理に出すのか?は
二元論の弊害です。
昨年なら
「発達障害と統合失調症の
区別がつきにくい人が
増えてるねぇ」って
議論されるところでしたね。
年末から
解離には気がついたみたいですが
「間違ってた」とは
言わないし
突っ込まないのが
学会の常識みたいですね。
雅子さま『こころが晴れるノート』書評お願いします。ご遠慮なさらず辛口で!
【象徴】否認の箱庭療法学会では【解離】を「主体のなさ」と言ってPTSDを発達障害にでっちあげる
象徴否認の欺瞞からPTSD否認してしまった箱庭療法学会の非学術的弁明
去年のシンポジウムで
話された内容のようですが
私は
自分の発表だけして
とんぼ返りだから
文章化されたものを
今頃読んで
驚愕しております。
こんなのアリですか?
こんな理由で
私は否定され続け
世の中も
誤診だらけに
なっているのです。
―人生を犠牲にされた子どもは
どうするんですか?
大会もストップして
補償に走らねばならないくらいの
(それでは済まないでしょう)
大罪を犯しています。
こんなことがバレたら
―証拠は印刷され
配布されている。
医療心理士の
国家資格化なんて
―臨床心理士資格は
可能性ゼロ
もう永遠に認められないでしょう。
やはり
資格にこだわった時期から
狂ってしまったのです。
お正月飾りも陰陽五行説的古来からのPTSD予防文化
『家政婦のミタ』箱庭療法みたいなkeyちゃんの石
末っ子は
缶のようなものの中に
家族の石を入れています。
ミタさんの石を入れた時
亡くなったお母さんの石は
出しなさいと言われてしまいます。
無邪気に
「お母さんになって!」と
言っているうちは
気づかなかった葛藤に
気づく装置です。
一人一人の気づきが
(【否認】をやめて)
結集しだすと
ミタさんは
自分の石を
返して欲しいと言い
背負わされた
十字架を
一生背負っていく覚悟と
―PTSDは本人の過失ではなく
被害者として
発症します。
多くはたちまち
加害者になりますが
ミタさんは踏ん張ってきました。
自分の意思で生きていく覚悟を
語りました。
―責任が伴います。
ミタさんの意識のなかでは
石と意思は明らかに
つながっています。
―無意識は駄洒落や響きが好きです。
箱庭療法みたいだなと
今気づきました。
たかが石
されど石
どれを置くか
どこに置くか
いつ置くか
誰の前で置くか
そんなことが
一大事なのです。
― 人生の一大事
己事究明のとき
PTSDになります。
お父さんも
罪悪感から
石を缶に入れられなくて
葛藤した時期が
ありました。
keyちゃんの缶を中心に見ると
―日本文化の特徴は
一番幼い子どもの視線から
ものを見ること
子どもからみて
「お父さん」
「おじいちゃん」
「おねえちゃん」と
呼び方が決まります。
モノとこころは
つながっていますね。
こころは目に見えると
思います。
思春期の摂食障害もPTSD治療に回帰
箱庭療法学会もこころのケアやトラウマの再考
「こころのケア1」かと
随分しおらしくなって…と
思いきや
ケアのことでした。
―現在の学術論文では
伸ばさないのが普通です。
巻頭言
(学会誌の一ページ目)が
レトロだと思ったら
最後の編集後記も
やっと
トラウマに気づいたような
気配です。
―発達障害ばかりやってたから…。
震災だけでなく
★心理治療に来るクライエントには
トラウマがあり
★トラウマをしっかり
表現したら
★表現意欲が消失し
治療者との関係も
切れるという
当たり前のことに
再び気づいたようです。
お目覚めのようですね。
今までしてきたことも
しっかり反省してね。
トラウマ関連のケース以外は
―広義のPTSD
治療の対象外だということも
思い出してね。
―うつ病とか
発達障害とかね。
トラウマが癒えるということは
象徴という自己治癒力が
あるんだって基本も
思い出してね。
ユングの
『変容の象徴』読んだでしょ?
♪ずっとヒステリーだったんだね。だけど発達障害って言ったんだね。
京大のセンセイいわく…
時代精神に
専門家の方が
即応してたんだそうです。 =ヒステリー反応!
「新型うつ病が流行ってるよ!」
「この人もこの人も
新型うつ病ばっかりだ~」
「アスペルガーが増えてるよ!」
「この子もあの大学生も(?!)
アスペルガーばっかりだね~」
「PTSDですけど…」 =ヒステリー
「そんなのは
もう流行ってません!」
『鏡を見ろ!』
診断名なんか
どうでもよさそうですが
―そう教えるのが
実は1つのマインドコントロールだったと
最近気づきました
象徴がないというのも
二重の悪意を感じます。
(議論できなくする方法)
そのせいで
カウンセリングではなく
投薬治療と生活指導を受けて
廃人にされた人が
たくさんいます。
普通は
教育分析受けて
こういう間違いを防止するんですが
分析家も魔女ですから… =ヒステリー