箱庭療法」カテゴリーアーカイブ

禅風箱庭療法のマンダラ

古代ギリシアの哲人
ソクラテスは
「汝自身を知れ」
デカルトは
「我考う。ゆえに我あり」
哲学なんて…と
普通は敬遠されますが
PTSDになると
生きていくために
真の自己を求めて
哲学せざるをえなく
なります。
でも
箱庭療法は
ちょっと禅風で
不立文字
 ―文字にはしにくいところを
  表現で
教外別伝
 ―大学や学会で教えているような
 心理学でない古来からのかたちが
 
以心伝心
 ―こころある人達のあいだで
  心から心へ
  ラポールという
  橋をかけながら
  伝わります。
直指人心
 ―そのままつかんで
  (自覚して)
見性成仏
 ―自己実現
 (個性化)します。
無意識の表現により
砂箱のなかに
立ち現れてくるのを
【見性】
と言います。
真の自己になるのが
【自己実現】であり
【個性化の過程】が
始まりますが
PTSD研究家翠雨の日記
そのサインが
【マンダラ】です。
マンダラお絵かきの色塗りも
悪くはないですが
その人の心の内から
表現せざるをえなくて
にじみ出てくる
マンダラが本物で
生きた象徴となります。

箱庭療法の道具は専門店で?

私学の学校では
いわゆる
心理療法室や
カウンセリング
なんてものでは
ないかたちで

なんとかこころの支援を
しようとするところも
出てきているようです。

予算をもらってるんだけど
このくらいの広さなんだけど

壁の色はどんなのが
いいですか?

畳で靴脱いだ方が
いいと思うんですけど
どうですか?

鏡ってあったほうがいいですか?
いけませんか?

いやぁ
すごく相手の身になって
考えておられます。

うーんと
一緒に考えてたんですが

結局
世の中にPTSDの人が多いとしたら

その人も私も医者じゃないから
遺伝性の重い病の人には
全くの非力なんですよね。

そういうことに気づいて
ここはやはり
【表現】の方向で
【直視】の方向でいけば
いいんじゃないかと
いうことに
とりあえず落ち着きました。

さらに

箱庭の道具って高いんでしょう?と
質問され

いえいえ
商品化された科学的な物質である砂より
本物を天日干ししたものの方がいいし、

わざわざ旅先で拾ってきたもの
海のもの
そのほうが値打ちがあると
お教えしました。

専門家も結構凝る人多いです。

ミニチュアも
最近はいろいろありますよね。

私はおまけつきのお菓子
相当買いましたよ。
 ―過去形はちょっとウソかも…

あんまりほめられたことでも
ないですが…

他にも
いろいろ拾ったり
もらったり
楽しいですよニコニコ

昔から日本にあった箱庭も
そんなものだったわけだし。

その話はまたいつか!
続きを読む

箱庭に置かれるお墓や死の世界

心理療法の本質は
【死と再生】
「死にたい」と思うのは
魂が再生したいと叫んでいるから
だと思います。
 ―だから早まってはいけないんですね。
 (本当に死んでしまいたいわけでは
 ないのではないのですから) 

なので
箱庭療法のお店の
メ★コ★なんかでは   ←有名メーカー
            (高いからあまり買わない)

お墓は必ず置いてありますし
箱庭セットには必ずあります。

こんな感じで
PTSD研究家翠雨の日記
PTSD研究家翠雨の日記

こんな風に使われます。
別にふざけてるのではなく
真面目に置かれます。
(置かれる必要があったのです)
PTSD研究家翠雨の日記

  ―クライエントさんの作品はアップできないので
   イメージ写真の取り込みですが…
PTSD研究家翠雨の日記
お墓ではなく、砂漠の
さびしーい表現になる場合もあるでしょう。

砂に触れない場合でも
変化への願望に満ちた作品ってありますね。

「そんなの置いちゃダメ」
「もっと明るいものにしなさい」
「お花はどう?」
こういうことを言うのは
逆にありえないんです。

お墓置いたら(危険な指標だから)
薬漬けなんていう発想は
もはや悪魔の仕業ですよ。
続きを読む

箱庭療法の水と砂

PTSD研究家翠雨の日記

箱庭の箱の中には
砂があります。

砂を一面に
なだらかにした状態で

「どうぞ」と
言われます。

①砂の上にミニチュアを置く人
②砂の感触を楽しみながら
 山や川など作ってから
 ミニチュアを置く人
③砂に字や絵を描く人

砂を触るかどうかは
結構重要です。

砂を触るときは
心を根本から
再編成したいと
思っているとき

砂に触れないときは
そこまでの変化を
求めていないとき

必要がない場合もあるし
心が崩れるようで
恐ろしいから回避している
場合もあります。

砂を動かせば水が生まれます。
 ―縁起の世界です。
  すべては関わっています。
  砂を触れば水を呼ぶのです。

表現は自己表現ですから
場合によっては
こころに地震と津波が
起こることもあります。
 ―無意識ですから
  直接「大変ダー」とは
  感じませんが…

聖書にはノアの洪水のことが
書かれていますし

日本もかつて
陰陽五行説が輸入されたときに
文化的洪水で
水浸しになりました。

洪水からの立ち直りは
世の東西共通の
無意識的モチーフです。

洪水は起こっても
よいのです。
続きを読む

箱庭療法の道具は専門店で?

私学の学校では
いわゆる
心理療法室や
カウンセリング
なんてものでは
ないかたちで
なんとかこころの支援を
しようとするところも
出てきているようです。
予算をもらってるんだけど
このくらいの広さなんだけど
壁の色はどんなのが
いいですか?
畳で靴脱いだ方が
いいと思うんですけど
どうですか?
鏡ってあったほうがいいですか?
いけませんか?

いやぁ
すごく相手の身になって
考えておられます。

うーんと
一緒に考えてたんですが
結局
世の中にPTSDの人が多いとしたら
その人も私も医者じゃないから
遺伝性の重い病の人には
全くの非力なんですよね。
そういうことに気づいて
ここはやはり
【表現】の方向で
【直視】の方向でいけば
いいんじゃないかと
いうことに
とりあえず落ち着きました。
さらに
箱庭の道具って高いんでしょう?と
質問され
いえいえ
商品化された科学的な物質である砂より
本物を天日干ししたものの方がいいし、
わざわざ旅先で拾ってきたもの
海のもの
そのほうが値打ちがあると
お教えしました。
専門家も結構凝る人多いです。
ミニチュアも
最近はいろいろありますよね。
私はおまけつきのお菓子
相当買いましたよ。
 ―過去形はちょっとウソかも…
あんまりほめられたことでも
ないですが…
他にも
いろいろ拾ったり
もらったり
楽しいですよニコニコ
昔から日本にあった箱庭も
そんなものだったわけだし。
その話はまたいつか!

箱庭に置かれるお墓や死の世界

心理療法の本質は
【死と再生】
「死にたい」と思うのは
魂が再生したいと叫んでいるから
だと思います。
 ―だから早まってはいけないんですね。
 (本当に死んでしまいたいわけでは
 ないのではないのですから) 
なので
箱庭療法のお店の
メ★コ★なんかでは   ←有名メーカー
            (高いからあまり買わない)
お墓は必ず置いてありますし
箱庭セットには必ずあります。
こんな感じで
PTSD研究家翠雨の日記
PTSD研究家翠雨の日記
こんな風に使われます。
別にふざけてるのではなく
真面目に置かれます。
(置かれる必要があったのです)
PTSD研究家翠雨の日記
  ―クライエントさんの作品はアップできないので
   イメージ写真の取り込みですが…
PTSD研究家翠雨の日記
お墓ではなく、砂漠の
さびしーい表現になる場合もあるでしょう。
砂に触れない場合でも
変化への願望に満ちた作品ってありますね。
「そんなの置いちゃダメ」
「もっと明るいものにしなさい」
「お花はどう?」
こういうことを言うのは
逆にありえないんです。
お墓置いたら(危険な指標だから)
薬漬けなんていう発想は
もはや悪魔の仕業ですよ。

箱庭療法の水と砂

PTSD研究家翠雨の日記
箱庭の箱の中には
砂があります。
砂を一面に
なだらかにした状態で
「どうぞ」と
言われます。
①砂の上にミニチュアを置く人
②砂の感触を楽しみながら
 山や川など作ってから
 ミニチュアを置く人
③砂に字や絵を描く人
砂を触るかどうかは
結構重要です。
砂を触るときは
心を根本から
再編成したいと
思っているとき
砂に触れないときは
そこまでの変化を
求めていないとき
必要がない場合もあるし
心が崩れるようで
恐ろしいから回避している
場合もあります。
砂を動かせば水が生まれます。
 ―縁起の世界です。
  すべては関わっています。
  砂を触れば水を呼ぶのです。
表現は自己表現ですから
場合によっては
こころに地震と津波が
起こることもあります。
 ―無意識ですから
  直接「大変ダー」とは
  感じませんが…
聖書にはノアの洪水のことが
書かれていますし
日本もかつて
陰陽五行説が輸入されたときに
文化的洪水で
水浸しになりました。
洪水からの立ち直りは
世の東西共通の
無意識的モチーフです。
洪水は起こっても
よいのです。

DV被害児のトラウマと箱庭療法

DVシェルターにやってくる子は
箱庭大好きです。

外部の方々は
「疲れてて
したくないんじゃないの?」って
言います。

私も最初そう思ってました。
【二次被害防止】のために
こちらからは何も聴くなするなと
重々言われてましたし…

でもこれって
【うつ病】の発想ですね。

本物のうつ病なら
何もしたくないし
何もできないです。

ただただしんどいって
感情反応があるだけ。

こちらも
無理させちゃいけません。

休養が必要です。

そして
精神科で投薬治療してもらわねば
ならない対象です。

でもDVシェルターの子どもたちは
時にはけんかになりそうなくらい
箱庭表現をしたがります。

 
なぜでしょう。

表現され
受容され
理解されることで
自己融解したいと
待ち構えている
トラウマ
(心的外傷)

あるからです。

「自分の世界創るって
気持ちいい!」って
言ってますよニコニコ
続きを読む

箱庭療法って?

箱庭療法ってことで
時々書いてますが

こういうのです。

砂の箱に

こんな風にも置けるし

PTSD研究家翠雨の日記

こんな風にも置けます。
PTSD研究家翠雨の日記

置かない自由もあります。

つまり自由なんです。

そして同じものは1つもないですから

すべては自己表現です。

自己は
自己チューの自己ではなく
  ―これは【自我】や【意識】です。

仏教でいう【真の自己】
  ―ユングの自己実現の自己は
   これに近いです。

PTSD研究家翠雨の日記
  ―『十牛図』の第一図
   自分の牛が居なくなって不安げに
   探してます。
   牛=真の自己です。

自分がどうなりたいか
それには何が邪魔なのか
どうしたらいいのか

自分のこころに聴く方法です。
続きを読む

DV被害児のトラウマと箱庭療法

DVシェルターにやってくる子は
箱庭大好きです。
外部の方々は
「疲れてて
したくないんじゃないの?」って
言います。
私も最初そう思ってました。
【二次被害防止】のために
こちらからは何も聴くなするなと
重々言われてましたし…
でもこれって
【うつ病】の発想ですね。
本物のうつ病なら
何もしたくないし
何もできないです。
ただただしんどいって
感情反応があるだけ。
こちらも
無理させちゃいけません。
休養が必要です。
そして
精神科で投薬治療してもらわねば
ならない対象です。
でもDVシェルターの子どもたちは
時にはけんかになりそうなくらい
箱庭表現をしたがります。

 
なぜでしょう。
表現され
受容され
理解されることで
自己融解したいと
待ち構えている
トラウマ
(心的外傷)

あるからです。
「自分の世界創るって
気持ちいい!」って
言ってますよニコニコ