『千と千尋の神隠し』油屋と湯婆婆の示すPTSD癒しの場所


なぜ
油屋であり

湯婆婆なのか
ですが…。
北山修の
『意味としての心』
「私」の精神分析用語辞典によると
 ―心には台本があって
 悲劇やマズイ筋書き
 要するに失敗や転倒を
 反復しているうちに
 ひどくこじれて
 問題行動や症状になるという
 考え方
「ゆ」の語源は
 ―「あい」に始まり「わたし」で終わる。
湯で
「ゆるむこと」
「ゆるし」
「遊」
「裕」「優」「雄」「有」「由」などからなる
コンプレックスだそうですが
 ―確かに
 癒しの場所に大事な1つ1つであるような。
温泉好きで
ひらめいたのだそうです。

無意識は
ダジャレでできているから
心身を使い
 ―温泉につかる。
連想していると
普遍的な意味にたどり着きます。
 ―宮崎駿と北山修は
 無意識の同じ層を共有している。
精神分析のやり方ですね。

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