月別アーカイブ: 2010年3月

朝日新聞『獅子頭』第十三話 『ザ・コーヴ』アカデミー賞

二順と鬼猫は
憧れの上海の大舞台にも
立つようになり
ました。

気候が違い
食べ物が違い

幼少の頃から
毎日毎日鍛えられた
団員たちですら

公演中以外は
ぐったりしています。

しかし
この二人だけは
いたずらしたり
ふざけたりしながら
トレーニングを続け

公演は大成功
皆に祝福され
目をきらきらさせています。

まじめさも大事ですが
楽しみながら
継続させるのは
もはや【才能】なのでしょうね。

テーマの
獅子頭
(肉団子)にも
出会いました。

日頃
父親がおまけしてくれる
獅子頭も
ありがたかったけど

ここの名物獅子頭は
巨大で熱く
いつものと
ぜんぜん違います。

食べ物は
自己実現の過程での
隠されたテーマ

ではないかと
思います。

二順も
最初
南方の甘い料理は
苦手でしたが
一ヶ月もいますと
滋味を感じるようになり
獅子頭とも出会ったようです。

姿かたちは
同じ人間が

気候の違いから
いろんな瞑想をし
そこから哲学が生まれ

それをもとに
料理や
病気の治療や
住まいの形や
着るもの
踊りや
音楽が
派生したのだと
想いました。

イルカ漁批判も
ここから
再考してほしいですね。
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トラウマ対処法日米⑥

赤松広隆農相は
9日の閣議後の記者会見で
日本のイルカ漁を
批判的に描いた
米映画「ザ・コーヴ」が
米アカデミー賞の
長編ドキュメンタリー賞を
受賞
したことについて
「誤解に基づく点が多く、
『日本人は野蛮だ』
というメッセージになっており
残念だ」と
話しました。

いるかは海豚

豚を食べてはいけなかったり
牛を食べてはいけなかったり

お酒を飲んではいけなかったり
ベジタリアンがいたり

犬を食べて驚かれたり
肉食人種の歴史を忘れたり

食のタブーは
宗教と密接に
関わっていると
思います。

自分の宗教が
どういうものなのか?

(仏教徒ですとか
無神論です
というようなレベルでなく
ポニョが好きか?的な
レベルでの話です)

しっかり見つめた上で
他人の宗教観を
よく知ろうとする作業が


国際的に
焦眉の問題に
なっているのだと
思います。

プチ断食お勧めですドキドキ
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秋葉原無差別殺傷事件第四回公判とDV

被害者が
この事件では
初めて
証言しました。

友人2人が
加藤被告が運転する
トラックにはねられて
殺害され
自らも軽傷を負った
20代の男子大学生は
「一番忘れられない
最悪の日だった」
と声を詰まらせ
「誰でもよかった
というのは許せない。
2人の痛み
恐怖を味わって
死んでほしい」と
語気を強めました。
ナイフで腰を刺された
40代の男性会社員は
つえをついて入廷し、
刺された瞬間の記憶がなく
入院期間が
約5か月に及んだこと
現在も
自力で
排便や排尿ができないことを
訴え
「死刑になると思っているが
私のけがは
どうやっても戻らない」
と語りました。
証言の間
加藤被告は
うつむいたまま
表情を変えませんでした。

二人目の被害者は
記憶を失わなければならないほど
恐怖感が大きかったと
証言しています。
通りかかっただけの人も
十分PTSDのリスクを負っています。
加藤被告についてですが
非常に複雑な問題を抱えています。
無表情は
その重さだと思います。
もちろん
彼は加害者で
犯した罪は甚大です。
ただ
彼もまた
『ドラキュラ』の被害者なのです。
ドラキュラに血を吸われたら
ドラキュラとして生まれ変わります。
父親がドラキュラだったんです。
幼い心に
日々の恐怖から
トラウマが発生し
それを振り切って生きていく
(前向きですが否認が起こっています)
その中で
PTSD化し
【解離】が起こったのです。
Dv対策の不備は
自傷&他害の時限爆弾を
抱えています。

JAYWALK何もいえなくて 歌の功罪

アルバムやシングルCDなど
作品の回収
発売中止
契約解除
全国ツアーの中止
こんなに失うものがあっても
止められなかった。
【解離】ですね。
依存症です。
もちろんPTSDが原因です。
改めて
代表曲
『何も言えなくて』は
意味深い曲でしたね。
作詞は本人ではないですが
曲をつけ歌ってた。
♪私にはスタートだったの
あなたにはゴールでも

トラウマに
応急処置をしたけど
それはあくまで応急処置で
これから
一緒に
本当はどうすればよかったのか
どうとらえるべきだったのか
一緒に考えたかったと
内なるアニマが
悔やんでいます。
内なるアニマは
♪隣にいて
どんな悩みも打ち明けてと

言ってくれてたし
♪時がいつか二人をまた
初めて会ったあの日のように導くのなら
二人で生きることの意味をあきらめずに
語り合うこと 努めることを誓うつもりさ

自分も
そうしようと思ってたのに
あきらめ
トラウマを否認して
♪背中にそっとさよなら
してしまったのですね。
こんな曲を
何千回も歌うのは
ある種の催眠療法です。
マインドコントロールです。
しかも歌うたびに
拍手されて
強く無意識にインプットされたことでしょう。

AERA 勝間和代×香山リカとDVシェルターの功罪 

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面白いなと思いました。
勝間
「失敗は楽しい」
香山
「そんなに
失敗を繰り返していたら、
普通の人は
死にたくなっちゃいますよ」
DVシェルターでの
論争と同じです。
「楽しい」は
カットしなくては
なりませんが…
そして
論争といっても
私×みんな
【一即多】
ですが…
DVシェルターでは
二度と失敗しないように
教育し
離婚して母子寮に行きなさいと
指示するのが普通です。

しかし
受け入れられないのが
人情です。
いきなり
そんなこと
言われたくない。
決めつけてほしくない。
しぶしぶ
あるいは
あれよあれよという間に
したがってしまう人が
大半ですが
気丈にも
自分で考えたいと
言える人もいます。
失敗かもしれないけど
自分で考え
行動しながら
善処したいと
当たり前の
要求をしているのですが
勝間×香山の論争になるのです。
DVシェルター内では
香山の勝ち!
しかし
のちに
その答えはトラウマを生み
PTSD化するリスクが高い

選択です。
DVシェルターの功罪です。

大和川クリーン作戦

PTSD研究家翠雨の日記
大阪府橋下知事は
7日
大和川流域を
きれいにする
ボランティア活動に
参加し、
開会のあいさつは
「川をきれいにするには
どうしたらいいか?
気合、気合
みながそう思えば
泳げるようになる

政府の自殺対策は
難航しています。
ポニョを創った
宮崎監督によれば
海=無意識
川は海に流れます。

川をきれいにしようと
みんなで
気合を入れること
これは実は
陰陽五行的な
呪術です。
川もきれいになり
人も集まり
笑顔が増えますニコニコ

国語

愛子さまは
昨日も
今日も
国語の授業を
選択されました。
なぜでしょう?
ちょっと
思い出したことが
あります。
摂食障害の
女の子の
ケースです。
発病のきっかけに
なったのは
几帳面な
自分の学習机に隣接する
乱雑な弟の
学習机から
国語の教科書が
なだれ込んできたこと
でした。
「猛ダッシュくらいで
不登校ですか?」
と聞いた記者の
素朴な質問同様
常識では
ナンセンスに思えるものが
発病の後押しをします。
【国語】の象徴するものが
自分の中でおかしくなっているから
国語を見直す必要を
感じられたのです。
これは
国語の成績が悪いとか
そういう問題ではありません。
むしろ逆でしょう。
国語に関する
感受性が
極めて高いから
感受できる
問題なのです。
摂食障害のケースでは
訴えを無視されました。
愛子さまは
雅子さまに見守られ
この哲学に取り組まれています。
否認してはいけないこと
傾聴の大切さを
雅子さまは
経験から
学ばれたのでしょう。
震災記念式典への公務など
PTSDに関する行動には
積極的な意欲が
見受けられます。
癒し癒される関係は
克服への道に繋がると
思います。

アフリカの戦乱と日本のPTSD  

いまも
人が殺される
夢をみる。
だれとだれが
戦っているのかも
わからない。
ただ
毎日のように
目の前で
人が撃たれ、
死体が
道路に
あふれていた

数年前
黄熱病の予防接種をして
緑ゆたかな
ウガンダを
旅行中
車中で
ガイドさんに
似たような話を聞きました。
毎夜
森に
逃げた。
朝村に戻ると
こんな水辺に
いつも
人が浮いていた…
冒頭に書いた文章は
朝日新聞夕刊が紹介する
干ばつの上に
戦乱が続く
ソマリアの
心的現状です。
無政府国の
地獄は
PTSDの
地獄と
パラレルです。
まっとうな政府を立て
(誤診を解き)
何が戦争の原因なのか
(何が混乱の原因なのか)
追求しないと
(否認せず向き合わないと)
悪夢から覚めることができません。
(自殺者が減りません)

朝日新聞論説委員室から② 失業≠自殺

今週『窓』の
テーマは
『言語の共存』
冒頭はこうです…
「給料まで一週間
にっちもさっちも
いかぬ。
女王様
お姫様
in love
with me,
yeah」

ウクライナのポップスグループ
の代表曲の
1フレーズです。
ウクライナ語
ロシア語
英語の混じった
ラップ調です。
(駄洒落的
一即多 つまり
一緒くた
ウクライナバージョン)
前回に
続き
また
記者の無意識の
吐露

見つけました!
記者の書けない本音
翻訳します。
自殺対策が
あまりに
うまくいかないので
3月から
政府も
本腰を
入れたのですが
火に油を注ぐ現状に
目を覆っています。
(期せずして
火の祭り
お水取りの最中

原因は
わかっていますが
私には
とても
書けません。
前回『心の感染』で書いた
PTSDという名の
ヒステリーを
うつ病と誤診したままであるという
隠匿によるものが第一
失業のせいにしているのが
第二

です。
この歌を
なぜわざわざ
紹介したかと言うと、
人間は
失業では
死なないのです。
むしろ
この歌が生まれたように
何とか
打破しようと
心的防衛が起こるものです。
若者が
路上で
歌うのが
増えたのは
傷つきを昇華するためです。
トラウマを
PTSD化させないためです。

それを
つぶすような
何か
つまり誤診による
絶望への追い込みが
自殺者を増やしているのです。

一隅を照らすこれ則ち国宝なり 

先ほどアップした
この写真が
なぜか
気になって
はっと
気づきました。
PTSD研究家翠雨の日記
「一隅(いちぐう)を照らす」
という言葉は
伝教大師・最澄
( 767-822)の
『天台法華宗年分学生式』
からの出典です。
人間の無意識には
いろんなものが
堆積しているんだなあ
と思います。
もちろん
いつの間にか
堆積されたものですが、
それと
目の前にあるものが
融合して
いろんなことを
思うのですね。
皇室についても
また少し
理解が深まったような
気がします。
PTSD克服も
こつこつと…
ですね。