漠然とした懸念が1つ

私が拝見するブログなど
数が知れている。

しかし
それらが
なんとなく変化してきている。

コンタクトをとる人や
私に会う前から
今の医療体制に疑問をもっていた
方々のことではない。

昔にぺタをくれただけ
(ぺタのみでも
しっかり読んでくれてる人のは
すぐわかる)だった人が

急に
主治医に言われて
薬を減らし
カウンセリング中心にするように
なっている。

願ってもないことだが

不安を感じる。

そういうことは
書くべきでないかもしれないが

多少戸惑わせることになっても
書くべきだろう。

何らかのご縁があるのだから…

幼少期にトラウマがあることが
発覚してなんて
唐突に出てくる。

サイコセラピーでは
根本原因は最後になって
ほのめかされるものだ。

これは知的に教えられたものに
違いない。

しかしヒステリーだから
すぐ便乗する。

さらには
トラウマの話は
理想は1箇所
いくらなんでも
2、3箇所にすべきであるということすら
知らない。

話したくないけど…と
戸惑っておられる。

あまりに唐突で
さてどうなるのか。

静観するしかないのだが…

漠然とした懸念が1つ」への0件のフィードバック

  1. てぃあ

    SECRET: 0
    PASS:
    『トラウマの話は
    理想は1箇所
    いくらなんでも
    2、3箇所にすべきであるということすら
    知らない。』

    正直知りませんでした^^

    (^_^;)

    2、3箇所とか誰にでも話せるようにならなきゃ克服したと言えないのかと。。。

    無意識のうちにそう思い込んでしまってたみたいです。

    2、3箇所で話せとか誰にでも話せるようになれとか言われていないのに。。。

    ただ誰にでも話してしまったらトラウマの価値が落ちるような感覚があって

    イヤだな~とは思ったりしていましたが。

    一箇所話したらいいと解ったら何か安心しました。

    (*^▽^*)

    返信
  2. 翠雨

    SECRET: 0
    PASS:
    >てぃあさん
    いろんな治癒の仕方があると思いますが、始めからOPEN!にしてしまうと、こころもひりひりするし、集中力を維持できないし、要らぬ中傷や不安でエネルギー・ロスが大きいので、それだけリスクが高くなるのです。
    言いたくないという気持ちは大事にすべきでしょう。甘やかしてはいけないというだけのことです。

    返信

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