池田高1家庭内トラウマ事件放置で現実の放火へ

本日の朝日新聞
朝刊によれば

中二の時
両親が離婚し
家庭のことで
悩んでいたようです。

学校ではまじめで
おとなしく       ←学校関係者の証言

家では
「家庭内暴力で
置いておけなくなったので
一人暮らしさせた」   ←父親の証言

「こんな親を
懲らしめたかった」   ←本人の証言
 ―懲らしめたい気持ちそのものは
  まちがっていません。

問題は
はっきりしてたのですね。

トラウマ否認のため
PTSDで解離を起した末の
出来事です。

誰も
そんなことで
放火すると思ってなかった
だけで…

現実と非現実
(こころと外界)は
つながっています。

「離婚くらいつべこべ言わず
学校へ行け!」
「離婚家庭が今どのくらいあると
思ってるんだ!」

そういう考え方が
正しいかどうか
考え直すべきだとの
ファイナルコール

聴こえますか?

0 thoughts on “池田高1家庭内トラウマ事件放置で現実の放火へ

  1. 高雄

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    子供の世界で
    親が全ての存在である時期が有ります。
    子供の心にその事は永遠に残ります。
    しかし 大人になると忘れがちです。
    親が亡くなった時 それを急に思い出す人もいます。

    私の近くにも 離婚予備軍の人達がいます。
    子供が いるのにと思いますが
    自分たちが優先なのでしょう
    子供の心に傷を付けます
    「私がいなければ」と
    自己否定に向かう子供もいます。

    対話の価値を知りましょう
    一方通行の言葉では 伝わりません。
    翠雨さんのブログにコメするのも対話の一つだと思います。

    訳の判らない知らない男が
    黙って 毎日ベタするのは気持ちが悪いかも知れない
    思考の材料として ありがたいのに
    気を悪くさせるとしたら 申し訳ない
    少しでも 自分の考えを知って貰いたいからです

    言葉のキャッチボールが不足していると感じる事件が多いから
    自分自身の実践です。

    返信
  2. 翠雨

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    >高雄さん
    気味悪いなんて思わないですよー!!
    さすが高雄さん、【対話】ときましたね。
    やっぱり心理学ったって、哲学なんですよね。
    そして東洋人だから、お釈迦さまのように、それぞれの人に応じて説明しないといけないですね。もちろん、高雄さんがお釈迦さま側ですよ。
    離婚するときは、余裕がなくて、子どもへの罪悪感を否認しちゃうのかな?と今、気づきました。
    対話がやはり大事ですネ。

    返信
  3. 高雄

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    >翠雨さん
    子供は 黙ってますが
    必死に我慢しているのでは
    離婚の場合 どちらの側に付くべきか
    悩むのです。
    子供の考えと逆の立場の側になる時は
    悲しい現実が待ちます。

    どちらにしても不条理です。

    返信
  4. 翠雨

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    >高雄さん
    むごい選択をさせられながら、不条理を受け入れさせられながら、黙ってるなんて…
    子どもって存在は神に近いですネ。
    いつまでも甘えてたらバチが当たりますね。

    返信

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