今年は画期的な年です。
現在
学会の
シンポジウムの会場では
シンポジストが
一大発言をしています。
(私は自宅)
普通は誰かの事例について
意見を述べるのが
シンポジストの役目だったのですが
今年は
是非発信し
フロアと議論したいことがあるので
事例をカットしたのです。
―エライ人はいいねぇ…
私は時間内に
事例も解釈も
いちゃもん対策も全部織り込んで
なんとかわかりやすくしようと
躍起になってきたのに…
奇しくもリニューアル中の大学構内で
なんとしても伝えたかったのは
何か?
なんと箱庭の解釈についてです
あれほど
「意味なんかない」
「解釈は要らない」
「そんなことばっかり考えて
しんどくないですか?」
「豪そうに」
「仏教徒ですか?」
…
3年前の私の発表には
「こういうのは
国際学会でもすべて否定してきました」
挙句は怒って退室の暴挙 ←島田紳助と一緒
そう言った張本人が
シンポジストとして
箱庭には【受容】のほかに
【解釈】が必要だと
今、語っているのです。
河合隼雄もそう言っていたけど ←彼らの神さま
専門家がいなかったので
40年間封印してきたと
ここに正直に暴露しています。
【解釈】なしの【受容】が
何でもアリの風潮を生み
治癒しないどころか
誤診の温床になったことを
無視できなくなったのでしょう。
このシンポジストが
明日の私の発表の指定討論者
とっても楽しみ
ただいま、箱庭療法学会第24回大会で【解釈】解禁宣言中
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