【野狐禅】に気をつけながら哲学的忍耐力をつける

知識と情意とか
言いますが…

元来
真理において
であり

「深く考える人
真摯なる人は
必ず知識と情意との一致
求むるようになる」

$PTSD研究家翠雨の日記

知識と情意も
陰陽で考えられます。

ただむつかしいのは

自分の原始的欲求と一致した知識を
すばらしいと勘違いすることが
よくあることです。

そもそも苦しみから
やむにやまれず哲学するのですから
苦痛緩和に堕してしまうことは
よくある弊害です。

それだけでは終わらず

『その哲学はすばらしい。
そして
それをすばらしいと感じる自分は
さらにすばらしい』    ←低次元で安定

高揚感があり精神的依存を起しますから

薬害と限りなく似てきます。

生死の問題まではないでしょうって?

とんでもない!

オウム事件を思い出してください。

野狐禅ですね。
 ―キツネさんの悟り

厄介でなかなか治りません。
 ―禅でも治療でも喝を入れます。
 
PTSD克服の道の魔境だからです。

西田の言っているような
本来の意味において
知識と情意の一致を探ることが
大事です。

哲学的忍耐力をつけること自体は  ←ユング
回避できないのですから…

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