東大薬学部卒業で【うつ病】克服中とはモッタイナイ!人生

$PTSD研究家翠雨の日記
『「うつ」と上手につきあう本
 少しずつ、ゆっくりと元気になるヒント』
(杉山奈津子著・大和出版・1365円)
拒食症、パニック障害、リストカット
 ―これだけ並んだら
  ヒステリーを疑って    ←今はPTSD
  フロイトの古典を
  紐解くのが素直な人でしょう。
中学時代にうつ病になり
 ―教科書をちゃんと読んだら
 中学生ではうつ病にならないと
 解かるハズ
東大薬学部卒業後も
病に苦しんだ著者は
 ―東大薬学部に入る学力があり
 薬学も学んで
 なぜ気がつかない?
 フロイトを読んでたら
 現実の【否認】が出てくるのにね。
うつを無理やり取り除くのでなくて
どうせなら共に歩いて行こうと
考えるようになったそうです。
 ―どこまでもお利巧さんですね。
  ジブリはよい子は問題があると
  【素直】を追求し始めました。
  素直は
 日本精神分析も大事にします。
その上手な付き合い方とは
★身近な所から幸せを探す
★物事を他人の立場で考えてみる
★掃除をして
★体を動かし
スッキリする等々
回復へのアドバイスらしいですが
回復したかな?

東大薬学部卒業で【うつ病】克服中とはモッタイナイ!人生」への7件のフィードバック

  1. saya

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    sayaと申します。
    このての本がたくさんありますね。
    うまく付き合うてなんなんでしょう(笑)
    そうじゃないんですけどね・・・。
    まだまだ鬱な世の中なんだと絶望してしまいます。

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  2. 翠雨

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    >sayaさん
    言わされてるんですかね。
    作為体験ですね。
    うまく付き合えてるという本人に会ってみたいものです。

    返信
  3. するめ

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    「否認」は文字通り、自分の(深層心理で)思っていることを認められないことですね。翠雨さんも良くご承知のことと思いますし、否認がPTSDの回復を妨げている。それは良く分かります。
    しかし、
    その被害者を「お利巧さん」と表現した瞬間に翠雨さんは「回復を助ける側」から「そらみたことか」「治るはずないでしょ」と、「被害者を批判する側」に身を置かれていませんか。
    翠雨さんの「周囲の無理解という二次被害を跳ね返そう」という、ブログタイトルの言葉には似合わないと思いました。
    ご紹介いただいた著者の方が、迷路にはまり込んでいるだろうことは、容易に想像がつきます。
    否認の「威力」「根の深さ」は想像を絶します、多分・・・。
    いくら勉強を重ねようが、東大に合格しようが、肝心の核心部分は避けるのが「否認」ですね。(釈迦に説法、失礼いたしました。)
    でも翠雨さんの文面からは、「もっとましな発想ができないのか!」「いくらお勉強しても肝心なことは否認のままなのねえ」という感じに読めました。
    翠雨さんは、何をしたいのでしょうか。どんな状況を目指していらっしゃるのでしょうか。
    この哀れな著者を救いたいのか、あるいはこの著者のような迷妄に囚われるのは「馬鹿げたこと」として、その迷妄(否認)を認められない弱さを糾弾しているのでしょうか。
    私の立場を明確にするなら、
    私も「否認の罠」から脱せずにいるのですが、そのことを責められても(自分の力では)何もできない、申し訳ないと思うしかないという立場です。そのような立場からは、翠雨さんのご発言は「冷たい」と感じられます。もちろん、その解釈が当たっているなら、申し上げることはありませんが、何しろタイトルには「周囲の理解」の大切さが謳われているので、一言申し上げたくなりました。
    ちなみに、ご紹介頂いた杉山奈津子さんのことはまったく知りませんし、先入観とか個人的な感情移入とかはありません。

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  4. 翠雨

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    >するめさん
    お利巧さんはあくまで、お利巧さん。
    並べて書いた「よい子」の意味と同等の意味しか持たせておりません。
    よい子は問題だとジブリは考え、素直をとりあげています。私もそれに賛同するだけです。
    この手の本がたくさん出回っていますが、惑わされないでほしいと願っているだけです。
    しちゃいけないと言っているのに、それをして失敗した人に「それ見たことか」と言う場合があると思いますが、「しちゃいけない」にあたる部分には一体何があるのですか?
    教えてください。

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  5. するめ

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    >翠雨さん
    「それ見たことか」に関しては、私の表現に問題がありました。良く考えずに書いてしまいました。お詫びします。
    「この手の本に惑わされないように」というお考えも分かります。「ツレうつ」とか腹立たしい本が多いと私も思っています。
    一方、よい子の否認の強さ、頑固さは並大抵ではなく、場合によっては否認を正当化するために本まで書いてしまうほど深刻なものです。翠雨さんもお分かりと思います。
    それに周囲が巻き込まれるのは不幸なことなので避けなければなりませんが、「よい子」に責任があるのではなく、本人が育つ環境の中にその子供に強い関心を示してくれるような他者がおらず、一人で頑張らねばならなかった境遇も不幸なことと思います。否認にせよ、解離にせよ、問題の根っ子は成育環境に愛情がなかったことが大きく影響していると強く感じます。
    私自身、「よい子」として素直さから遠く隔たってしまっていることを痛感しながら、あがき続けているので、自分のことを責められたように思ったのだと思います。

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  6. 翠雨

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    >するめさん
    PTSDは被害者から加害者へつながるので、難しいですね。
    そういう生い立ちなら仕方がないのか、いくらそういう生い立ちでもそういうことはしてはいけないのか、1つの事例について、それぞれの視座が違います。
    私の場合はですが、苦しんでいる人の場合は少々のことをしても責める気が起こらず、逆にお叱りを受けます。しかし、この人のように開き直って害悪を与えている場合に、厳しくなるように思います。
    否認は無意識に起こるものであるのに、開き直りながら(意識化できている)、環境のせいにするのは一番嫌うところです。すべての人に優しくなれたらよいのですが…(>_<)

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  7. するめ

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    >翠雨さん
    きちんと読んでくださりありがとうございます。
    反射的に涙があふれました。理解された経験のない者にには優しさが沁みます。
    「否認は無意識に起こるものであるのに、開き直りながら(意識化できている)、環境のせいにするのは一番嫌うところ」の箇所、もう少し考えてみたいと思います。自分がそのような過ちを起こしていないか?いやきっと起こしているんだろうなどと思いを巡らせています。
    これまでの私は「主張には賛意を返すもの」としか思いつかなかったので、今回チャレンジでした。受け止めていただいて嬉しいです。
    こうした感覚も、実は翠雨さんの期待に応えようとする「演技」なのでは?という疑いを持たずに、本当に素直に受け止められたら、と思います。
    「すべての人に優しくなれたらよいのですが」という台詞も、泣かせる台詞です。できることなら被害者、加害者関係なく、全員に優しくしたいということですね。そう思って頂くだけで救われた気持ちになります。

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