サイコドクターS先生に
さきほど
教えていただきました。
精神科治療学最新号では
解離や
アタッチメント
―愛着障害
アディクション
―各種依存症
DV
性虐待
犯罪行為が
トラウマと関連し
気分障害とか
発達障害とか呼ばれていたものも
それと無関係ではないと
書かれているようです。
こういう愚説は
もはや犯罪級です。
サイコドクターS先生に
さきほど
教えていただきました。
精神科治療学最新号では
解離や
アタッチメント
―愛着障害
アディクション
―各種依存症
DV
性虐待
犯罪行為が
トラウマと関連し
気分障害とか
発達障害とか呼ばれていたものも
それと無関係ではないと
書かれているようです。
こういう愚説は
もはや犯罪級です。
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学習心理学を学んでいて連想が膨らんでいました。
絆ホルモンといわれる、オキシトシンが欠如したラットで馴化の実験をしたところ、そうでないラットでは馴化が起こり、新しい刺激にはクーリッジ効果があったのですが、オキシトシンが欠如したラットでは、馴化が起きず、新しい刺激にも違いが認識されていないようだったという結論になっていました。
そこで、自分には愛着障害的なところがあり、何年会い続けていても、やはり馴化が起こりにくく、その都度人見知りをしてしまうところがあり、それはもしやオキシトシンが欠如しているからではないのか、と考えました。
そして、こんな仮説が思いつきました。
オキシトシンが分泌される経路と言うか、それが形成されるのが、発達のある一定の時期で(乳児の頃とか)、その時期に母親との間でその経路(シナプス?)が形成されなければ、愛着障害としてその部分は永続的に残るのではないかということです。
生まれつきと言うよりも、獲得する時期に獲得できなかったと考えました。
愛着だけに限らず、人間にはそういうところが無数にあり、それは自分に与えられた特性だと受け止め、自分なりに生きていくことが大切なのかなです。
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>RINKOさん
そう考えるのも自由、精神分析的に回復すると考えるのも自由ですかね。
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>翠雨PTSD予防&治療心理学研究所さん
そう考えた方が楽だからかもしれません。
仕方がないと割り切ることができますから。