本日は
良寛さんのお誕生日だそうです。
267歳
江戸後期の
曹洞宗のお坊さんで
歌人 にして 書家
号は大愚
禅僧にはこういうのが好まれますよね
お父さんは神職だけど
俳人
見習い中に
2年目の18歳
ショックを受けて出家
天災や悪疫、凶作で餓死者がでるほどで
裁判所みたいな仕事をしなければならなかった。
— 村人の争いの調停や盗人の処刑立ち合い
⇒「この世は救いのない人間がいる哀れな世界」
大叔父さまの神隠しも同じ
厳しい修行を経て
母の訃報に接しても帰郷は許されず
諸国を行脚しながら
父の訃報を受けても放浪の旅を続け
和歌を詠んだり
書を学んだりの
独自の書法も編み出す。
— 従来の字では心情が表現できない。
無為の生活
有名な
タケノコに居間をゆずったり
子どもと毬つきに興じたり
「この里に手まりつきつつ子どもらと遊ぶ春日は暮れずともよし」
生涯寺をもたず
諸民に信頼され親しまれながら
教化に努めました。
民衆に対しては難しい説法を行わず
解りやすく仏法
子どもが「先生、言葉って何ですか?」と聞くと、良寛は黙って石を口に入れて、「これが言葉だ」と言った。(「言霊」の教え)
「一度言ったことは取り返しがつかないから、注意してしゃべりなさい」
良寛 1758年11月2日誕生 pic.twitter.com/dGXjnSDuYK
— 綿谷新 (@040taichi040) November 1, 2025

童話になるほどで
遊戯療法そのものですが
プレイセラピー
箱庭みたいな非言語の世界
— 不立文字
PTSD予防の哲学に裏づけられています。
教外別伝
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬる時節には死ぬがよく候
是はこれ災難をのがるる妙法にて候
四苦八苦から逃れようとするから苦悩が生じるのであって
四諦として受け容れるしかない
今の心理学だと
何とかしようと
苦痛を消すことを第一にする。
説明しますよね。
それこそが無理というものです。
理に合わない。
考え方が根本から違うのでした。





現行の治療方法だと、クライエントが持つ苦痛を取り除くために薬で苦痛を感じなくさせたり、認知行動療法でクライエントに自ら思考する事を停止させたりして「今ここ」に居る自分が楽になったという錯覚に陥れて、偽りの完治にさせるのだと思います。
そういう治療法だと、自らが治る為に思考する事が出来なくなります。主体が思考する事を辞めてしまえば、治るモノも治らなくなってしまうのは当然の事です。
良寛さんから離れてしまったけど、心理学で治そうとすると無理が生じて歪みはますばかりなのですよね。歪んだまま一生を過ごす辛さはどうやって治すの?って、心理学で治そうとする人たちに聞いてみたい。
良寛さんからまったく離れていないですよ。
良寛さんはトーマス先生と同じザブン教です(^^♪
記事中の『君たちはどう生きるか』の主人公も!
心理学の人は、自分も治ってないから、治らないモノだと思っていて、治そうという発想がないのです。
そこはフロイトと同じかな。