本日は
パール・バックが亡くなった日です。
1973
アメリカ人ですが
生後3ヶ月で
宣教師である父の仕事で
牧師とか熱心なクリスチャンの家には
問題児がよく出る。
— ユングとか
母とともに中国に渡り
7人の兄弟姉妹のうち
4人は幼少時に疫病で亡くなった。
8歳まで
自分は中国人だと疑うことなく
ほとんど
中国人の乳母に育てられ
— 自分のこどものように可愛いがられた。
—— 国民性だと思うが実母より優しかった。
中国の女の子のように育つが
義和団の変が起こり
— 外国人への排斥運動が高まる。
アメリカに一時帰国せざるをえなくなって
バイリンガルとして育ちますが
アメリカの大学に進学してからの葛藤を経て
中国風の衣服やライフスタイルが奇異な目で見られ纏足を知ったのは高校生の頃「大地」(パールバック)を読んだ時だったかな
その後経緯を思い出せないけどイギリスで訪れた博物館に足の写真やレントゲン写真や実際使っていた靴が展示されているコーナーがあってぞっとしたのをふと思い出した— あやめ📖 (@ayamets) February 28, 2026
パールバックリボンローズハイヒール💞 pic.twitter.com/3M8oc8fjrt
— Maiden’s Rêve❤(メイデンズ・レーブ) (@Maidens_Reve) February 6, 2026
「私は中国人ではない。でも、アメリカ人でもない」奇妙な存在だと気づかされどうしても馴染めなかった。中国という帝国も— 中華と称してきたような国—— 曼荼羅のような世界の中心
これだな。
「黄金の華の秘密」https://t.co/e2AsKYjUWh
当然(😅)渋谷の図書館にはない。杉並の図書館にあるからそれを借りるか。 https://t.co/nTHbV8cPm5— きんぞ (@TakagiHitoshi) February 16, 2026
ユングに影響を与えたのも
中国人のような宣教師
— ひとりも回心させなかったという不思議な存在
危機にさしかかり沈もうとしていた。
「生まれと祖先に関しては私は米国人だが
2度の結婚もアメリカ人とだが
(その間も含めて)婚外で死ぬまでいつも大恋愛中
同情と感覚において私は中国人だ」と語っている。
中国人以上に中国人を見事に描いた
『台地』に世界は驚いた。
創作の源はやはりPTSD問題で

治って生まれ変わる
死と再生
南京事件で1年日本に避難したあと
1930年
親しい中国人の家にかくまわれるなか多くの白人が虐殺されていた。
— 出版に関わった人には刀傷があったり獄死したり…の時代「私の人生とはなんなのか」「幸せな家庭、善き主婦とはなんなのか」「私は自分のやりたいことをやっているのか」「もっと知的に生きたい」「文学が書きたい」
— Wikipediaにあるような自己実現
「そして情熱的な恋をしたい」
— アメリカ人と婚姻中なのに中国人と恋愛開始
—— 死別のショックのあとも一生、同じことを繰り返す。はじめて「このまま死にたくない」「自由に生きたい」と こころが踊りだした👀
最初の小説である
『東の風、西の風(East Wind, West Wind )』を発表
— やはり東洋—西洋の問題

翌年『大地(The Good Earth)』が大ベストセラーとなり
ピューリッツァー賞をとるが
長老派伝道委員から非難され
普遍的問題 @自己実現
宣教師を辞めて
貴種流離譚
中国を離れ
離婚し
すぐ出版会社と再婚してしまう。
— 社長が作品にほれ込みもっと生むように督促
—— しかもW不倫を解消しての結婚
二度と戻ることはありませんでした。
中国の大地なるものは
英語では善い土地
見すぼらしい服を着た
無名で平凡な主婦を
主人公の妻
豊かにし
突然恐ろしいほどの大金流入
常に明るい脚光を浴びる有名人にしたというのが
文学以外にも
世界中の恵まれない子どもたちの救済活動
6人の孤児を養子として自らの手で育てながら
国際的な人種を問わない養子仲介機関
米国人とアジア人との混血の
寄る辺のない子供達を教育するための
パールバック財団を設立
演劇など文化のために惜しげもない寄付
作品への評価です。
生き方が陰陽五行説の具現化のようでもあります。
男性的な文章だけど女性で
貧農から大富豪に
他の子供たちから受けるストレスを
知的障害者の娘を可愛がることによって発散
非常にこの娘を可愛がり
使用人に
「私が死んだらこの子はどうなるのか?
私はこの子の将来が恐ろしい
しかし
自分の手で殺すのももっと恐ろしい」というようなことを話す。
— 『母よ嘆くなかれ』にもこのような心情がつづられている。
貧しい奴隷の家出身で— 地主が黄家というのも土気っぽい
美しくなくみすぼらしい恰好だがよく働きそのうち家を豊かにし地主の土地を☯買い占めるまでになる。
土地は子どもたちも生み出すようになる。
2人のうちの一人が知的障害者
作家の子なのに
言葉が遅く
不治と診断されたので
— もしかしたらPTSDだったかも🤔
特殊教育のためのお金が必要だったことが
創作の動機のひとつとも言われている。
続編の『息子たち』(1932年)
『分裂せる家』(1935年)とあわせての
三部作 は

ロシアの大地とも重なりますね。
塞翁が馬のように
吉兆混合しながら変化する大地は
絶対無の
一太極二陰陽のようにダイナミック

