本日は
ユダヤ民族なるものが
つくられはじめた日ですね。
苦難の始まりから個性化の過程へ
— 神話のはじまり
紀元前597年の今日、ユダヤ人が新バビロニア軍に捕らえられ、バビロンに強制移住させられました。いわゆる「バビロン捕囚」です。アケメネス朝ペルシアのキュロス王により、前538年帰還が許可されます。
山我哲雄『聖書時代史 旧約篇』☞ https://t.co/W6J41DP3i9 pic.twitter.com/wBk1Kde3s3
— 岩波書店 (@Iwanamishoten) March 16, 2026
『国宝』の世界では
映画『#国宝』、#アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞は#受賞ならず ──
結果が示す壁
(MEN’S CLUB) https://t.co/dWO5Tiob0e— スターロード (@starroadclub) March 16, 2026
映画「国宝」の海外版ポスターに注目集まる。吉沢亮と横浜流星が向き合う日本版と、どう違う?(ハフポスト日本版) https://t.co/GK4MWqfCeA
— コロにゃん🦀RYFC💙 (@dBS8Ek77o52777) March 15, 2026
映画「国宝」の海外版ポスターに注目集まる。吉沢亮と横浜流星が向き合う日本版と、どう違う? 日本・北米・フランス・韓国を比べてみた。 ▽日本日本で広く知られているポスターは、吉沢亮さん演じる喜久雄と、横浜流星さん演じる俊介 …https://t.co/nlYqWEZRB3
— 推し活ニュース配信 (@zmediaoshigoto) March 16, 2026
世界に於いてみると
映し出される
日本的視座
漱石の『こころ』の
ふたりについての海外評価と通底しているかも🤔
映画国宝残念・・🎥
☆相互フォロワー様限定で いつか色んな資料展示公開したいかも✨😀#山鹿 #山鹿フォト pic.twitter.com/wC2jZxSpJJ— レンタルスペース山鹿広場・熊本🏔🦌🌸 (@r32510) March 16, 2026
仁左衛門様
お誕生日おめでとうございます🎂
お身体をお大事にして、いつまでもお元気でいてください。
仁左様のお芝居をいつも、これからもずっと楽しみにしております☺ pic.twitter.com/xHijCOtE8P— モ工モン (@moemon020) March 14, 2026

トキを経て
事件の2日後のお誕生日なのですね。
片岡仁左衛門一家殺害事件が起きた日です。
1946年3月16日午前9時ごろ
東京都渋谷区千駄ヶ谷にあった
仁左衛門宅
隣人が
何度も回覧板を届けに訪れますが
戸が閉まったままでいつまでも応答がないので
近所の住民が立ち合い
開いていた裏手の雨戸から室内に入ると👀
遅れてやってきた警察も絶句するほどの
惨情の光景がありました。
仁左衛門夫妻と4男
— 3男までは独立していて難を逃れた。
—— 3人もいたら事件は起こらなかったかも@たられば談
子守りの女の子(12歳)と
— 反動で妹まで殺害してしまうほどの狂騒
使用人の女性(69歳)が
血の海の中で殺害されていた。
— 全員が頭部と顔の上部を激しく損傷
飾られていたひな壇などが返り血を浴び真っ赤
— 祖母宅で難をのがれた女の子は3歳
—— おばあちゃんが買ってくれたお雛さまに守られた⁈
犯人は住み込みの作家で
高校卒業後に他家の養子になるが
その家も戦災に遭い妹以外は全員死亡
父親が仁左衛門の台本を書いていたので
妹は住み込みの子守に
犯人も父の跡を継ぐべく住み込んでいた。
— 国宝の主人公は父親殺害場面を見てから住み込みに
原宿警察署での
市川猿之助 も原宿署だった。
本人の自供から
栄養失調になるほど食事が制限される日々
— 断食瞑想状態
「今夜中に台本を書け」と言われ
怒りに震えながら書き上げ手渡したところ
「これでも作家か!」と原稿を投げつけられ
もはや、これまで(>_<)と
— 百尺竿頭で『ミカド』になる段階
——— 確かに桜の花のように死屍累々を栄養にしている。
絶望と憤怒に支配されつつ布団に入ったが
寝つけないまま朝を迎え
早朝トイレに向かう途中
立てかけてあった薪割り用斧につまずき
思わずこれを手に取ると
— わらしべ長者と真逆の転落へ
犯行のスイッチが入ったようだが
「犯行時から逃走して温泉に到着し
事件後4日までのことは覚えていない」
公判では
1946年11月27日から東京地裁
精神鑑定の結果
栄養失調状態で生存の危機を感じて
千日回峰行のような
断眠・断水・断食に近い状態は
— PTSD予防中の前駆症状
自覚なしに陥ると極めて危険

「数ヶ月来
著しい低栄養の状態に置かれたために
自己保存本能をいたく刺激されて
感情的に平衡を失っており」
犯行時は
一時的に
心神喪失の状態に陥ったことは示唆されるとするも
睡眠中
しばしば
当人に起こる寝ぼけの朦朧状態の下に
行われたものとも考えられる」
責任能力は認められ
無期懲役の判決を受けました。
1947年10月27日
1960年代には恩赦で釈放

77年後
2023年4月8日
週刊誌は
偶然難を逃れた
被害者夫婦の娘に取材
警察は
「事件当時
一緒に住んでいない人の話は聞く必要がない」と
ほとんど聞き取り調査をせず
警察官の家にあった斧を凶器と見立て
作文したというような内容
本当の動機は単純にお金だったのに
犯人が楽屋に出入りするようになってから
紛失物が増え
周囲からは常々注意するよう言われていたし
事件から数年後
獄中から詫び状が届き
「弁護人から犯行動機を食べ物の恨みと言えば
減刑されると聞いて嘘の供述をした。
申し訳なかった」と書かれていた。
犯行動機が“食べ物の恨み”と報道されたせいで
犯人らを冷遇したことはなく
知人の遺児である犯人を常に気にかけていた。
被害者の遺児たちは
「住み込み人に食べ物を与えず恨まれて
殺された人の子」として
無視されたりいじめに遭ってきたと報じました。



本当の舞台はどうだったのでしょうか。
観客は場所のみで
神(場所)のみぞ知る…

