今日は決闘の日らしいので、去年行った巌流島を上げてみました😁 pic.twitter.com/6x2zSyyOkS
— あっくん🍓 (@Aiwazurai0324) April 13, 2026
今日は、決闘の日だとか。慶長17(1612)年旧暦4月13日、美作の浪人・宮本武蔵と細川家指南役・佐々木小次郎の決闘が、豊前小倉沖の無人島・巌流島(舟島)で行われた。結果は、みなさんもよくご存じの、武蔵の勝ちでした。器 pic.twitter.com/IRQEz2lNAt
— utsuwa-Shun (@ShunUtsuwa) April 13, 2026
決闘の日だそうです。
慶長17年4月13日
(1612年5月13日)
巌流島での
宮本武蔵と佐々木小次郎の真剣勝負があり
「遅いぞ、武蔵。臆したか」
「小次郎、敗れたり。
勝つ者が何ゆえに鞘を捨てるか」といった
台詞が定番ですが
史実としては相当あいまいで
決闘の日から
100年後に語られた話がもとで
細川家でこれだけの事件が起こったにもかかわらず
証明する記録がない不思議
半ば伝説のようなお話です。
古事記スタイル
色即是空 空即是色
神話 ⇒ 天皇家
決闘ということですが
名誉の獲得・回復
紛争の解決
恨みを晴らすなどの目的で
当事者双方が同意して
あらかじめ了解し合ったルールに基づいて行う闘争
— 原理に敏感なPTSD(不良型)少年による俗語は「タイマン」
何等かのいさかいがあり
そもそもなぜ決闘したのか
どちらが正しいか証明するために
どちらが強いか
どちらの師が優れているか等
古事記の潔白が証明された件のように
「勝った」という。
試合に及んだという構図に見えました。
そう思わせたのは
以下のような
陰陽の疑問の間に浮かぶスタイルです。
一太極二陰陽
絶対矛盾的自己同一
① いでたち
武蔵は無骨
小次郎は美青年で優雅
② 木刀と真剣
③ どちらが年上なのか
武蔵は19歳のようだが
小次郎の年齢にはかなり幅がある。
④ 小次郎の師の刀がどんどん短くなるにつれ
小次郎の刀は長いものとなったと面白く描かれたりすること
⑤ 武蔵の父は無二斎
武蔵は二刀兵法の師
武蔵は無骨ながら☯風雅な絵を残し
二天(号)とサイン
⑥ 武蔵はなぜおくれたのか
沖縄(アフリカン)タイムなのか
相手を苛立たせる心理戦なのか
臆したのか
⑦ 勝負は一瞬だったのか
まだ息があったのを殺害した説
⑧ そもそも二人はルールを守ったのか
小次郎は武蔵の弟子らに殺されたとか
武蔵は小次郎の弟子に追われたとか
細川藩公認の試合にしては
諸説入り乱れる…とおもえば
プロレスにおいて
八百長のイメージ
「巌流島の戦い」と呼ばれる試合があるそうです。
果たしてどちらの意味で選ばれたのか🤔
30年ほど前にあるおばあさんが
「遅かったな。コウシロウ」と笑っていたのを
漢字はわからないが
小次郎ではなかった。
思い出しました…( = =) トオイメ目
そんな異説もあったのでしょうか🤔
創作にも日本人独特の原理がありそうですね。
