本日は
弘法大師空海が
亡くなった日ですが
享年62歳
文字通り生命がけで
真言密教のために尽力したことによる
病死
弘法大師御影供(月命日)
真言宗の開祖空海は、承和2年(835年)3月21日入定。新暦では4月21日にあたり、金剛峯寺、東寺、川崎大師・西新井大師等ゆかりの寺院では「正御影供」が執り行われる。 pic.twitter.com/cE5gt4tuqR
— 久延毘古皇紀ニ六八六年令和8年弥生 (@amtr1117) March 20, 2026
さすが
仏教界のスーパースター🪄
本日、午前9時より「正御影供」に出仕いたします。御影供については、6年前、記事にしましたのでご覧ください。
南無大師遍照金剛https://t.co/pmo9LWSGB7 https://t.co/XvBjXYDCs2 pic.twitter.com/XG63jq8LQm— 高野山 青巖寺@南山坊 (@nanzanbou) March 20, 2026
亡くなっていないとのことで
「今もなお高野山に隠れて」禅定中
お着換えされます。
病身となってからも
真言密教のためにやるべきことをやりつくしてから
亡くなり
西行のAI人形のように扱われている。
— 西行も死期をコントロールした。
前日には自分を象った人形の背中に彫り物をした。
空海は
お大師さんと親しまれますが
本日は
AIのような知能をもっていたことをご紹介いたしましょう。
15歳で叔父から
18歳で京の大学寮に入るまでは普通ですが
小学校にも行けないおしんもいたでしょうが
大学での勉学に飽き足らず
19歳を過ぎた頃から山林での修行に入り
密教を学ぶには必須の科目
24歳で博論のようなものを著し
比較思想論で
俗世の教えが真実でないことを示す。
『中国に行かねば…👇』
遣唐使となりますが
4船のうち
唐にたどり着いたのは2船という
命懸け
漂着し海賊の嫌疑をかけられた際に
約50日間待機させられる。
遣唐使たちを救ったのは
空海の嘆願書の文章能力と筆跡でした。
身分証明書もない
名もなき若い一沙門が
事務官や先輩を差し置いて書いた。
修行を開始した時点で
約半年にわたって師事する予定
すでに過酷な修行を十分積んでいることを
初対面で見抜かれ
即座に奥義が伝授され
20年の留学期間を2年で切り上げ帰国し
大学の前身をつくりました。
ひろく庶民にも教育の門戸を開いた学校は
空海入滅後10年ほどで廃絶したが
はるか後年になって
— 円了の東洋大学も⁈
天皇が
官人らの文章作成能力の向上のために
そういえば
遣唐使時代の文官の文章力は致命的だった。
勅命を下すほどの文章力で
あらゆる種類の文を
草稿なしに書きあげるのが常だったそうです。
- 詩、上表文、碑銘文、願文など
- 『日本後紀』天長2年閏7月19日条は
- 東宮講師に配された空海が
- 通例では
- 当代の著名な文人にあらかじめ作らせておく呪願文を
- 講説の直前に即座に書き上げたと伝えている。
まるでAIじゃないですか?


8歳年上の最澄と
遣唐使時代の同期で
10年ほど親しく交流しますが
見解の違いから断絶し
空海の方が有名になったのは
密教においては
最澄は弟子
フロイトとユングみたいですね。
頭で考えた理論と
— 本を貸してという最澄の依頼を空海は断った。
—— 本を読むだけではダメと
魂に直接向かいあった事例をもとにした理論という点でも
ちなみに
「空海の焚いた護摩の灰」でご利益があると言って売りつける
詐欺商法を護摩の灰と呼ぶそうです。
心理学でも横行中?