本日はみどりの日ではありますが
天皇家関連ではある。
物騒な日です。
585年(敏達14年3月30日) – 仏教排斥を唱える物部守屋が、崇仏派の蘇我馬子が大野丘(甘樫丘)北方に建造した仏塔を焼打ちする。蘇我・物部戦争(丁末の役)の端緒。 pic.twitter.com/2t36FTpdcw
— 久延毘古皇紀ニ六八六年令和8年弥生 (@amtr1117) May 3, 2026
仏教の公伝から
538
約50年後
病身の蘇我馬子から
仏教擁護派
仏法を信奉する許可を求められた
天皇はこれを許可しましたが
この頃から疫病が流行しだし
守屋らが
仏教反対派
日本の神道におけるすべての神々をまつる立場
異国の神を信奉したためだとして
禁止を求めると
天皇は仏法を止めるよう命じたので
守屋は仏法に対し乱暴狼藉を働きます。
仏塔を破壊し
仏殿を焼き
仏像を海に投げ込ませ
馬子ら信者を面罵
女性と尼僧3人捕らえ
衣を剥ぎとって全裸にして
群衆の目前で鞭打ち…
— チベットみたい(>_<)
前記事の如く
法の前の猛獣のような守屋です。
大審問官と真逆の
天皇の私心のなさも善し☯悪し…
— アジャセコンプレックスの揺らぎと似ている不思議
人類の思考は
その独特の弁証法思考のなかで
判断のありかた
常に猛獣を必要とするのでしょうか。
見かけ上の
かたちは相当違いますが…
疫病が更に激しくなり
天皇も病に伏すと
馬子に
自らも病身のまま
再び仏法の許可を求められ
今度は
馬子に限り許し
馬子は三尼を崇拝し寺を営んだ。
飛鳥寺は日本初の本格寺院
— 当時の人は圧倒されたらしい。
鎮魂という名の
PTSD予防だったのですね。
ほどなくして
天皇は崩御しました。
葬儀中に
双方はいがみ合い
馬子の天皇への言葉に
守屋は「死にそうな雀のようだ」とあざ笑い
身を震わせて天皇にご挨拶する守屋に
馬子は「鈴をつければよく鳴るであろう」と笑う。
— 「由是、二臣微生怨恨」 『日本書紀』
馬子派の天皇が即位
守屋は敏達天皇の異母弟穴穂部皇子と結び
穴穂部皇子は後の推古天皇を犯そうとし
阻んだ人物を守屋に殺させる猛獣ぶり
病気になった天皇は
三宝(仏法)を信奉したいと言うようになり
無心のままきて
最期にセルフの声?
会議を開かせますが
罵倒しあうだけ
天皇不在のなか
不調のまま
天皇は亡くなり
武力により決着がつきました。
丁未の乱で物部氏は衰退ながら
年は陰陽五行説で表記
— 精神の方は永遠に決着がつかない。
嵐の前の静けさ考える
丁未(ひのとひつじ)
「穏やかな温かさ」☯火の前
~ 丙丁童子が火を求めてやってくる
確かに
一太極二陰陽
絶対矛盾的自己同一
世界は人格的ですね。




