昨日も
いろいろと
教えていただきました✨
昭和のキャラクターも
象徴的にできていますね。
マグマ大使は
地球のマグマ
(自己で
治癒のエネルギーを持っているが
間違うと破壊力となる
一太極二陰陽的存在)からの
偉大なる使いで
自己治癒力みたいなものでした。
大天使のことはよくわからないのですが
(ムハンマドの前に現れた大天使の
恐ろしさは感じますが)
鬼のような顔をしているのが
(鬼門は変化の象徴)
日本的です。
ミラーマンのうたが
これまた
すごくて
「朝焼けでも夕焼けでも
星空でも」
「ミラーマンの影を立たせ」れば
「ミラーナイフが宙を飛び」
【投影】を退治してくれることを
教えてくれていました。
サイバーストーカーidthatidの
こころの闇からの
薄気味悪い
訴訟中にも関わらず
平気で書かれるこんな嘘記事には
ミラーマンがいないのでしょう。
翠雨先生が記事にお書きのように
『マグマ大使』は割と単純な設定ですね。
『ミラーマン』は、もっと凄い設定です。
ウィキペディア記事の「あらすじ」
http://bit.ly/1Tro1eR
に書いてあります。
お母さんがお父さんよりも一次元高いところが笑えます。
哲人28号=モモちゃん先生のブログにも
結晶で終わらずにアモルファスをお奨めするコメント
http://bit.ly/25bM7TA
を書きました。
読んでみました。オドロキ(@_@)です!
異常な事件が続発して宇宙物理学の世界的権威の博士が警告を出してるって、今そのものじゃないですか!!!
idthatidも自分が撮影した写真に映りこんだ「謎の人物」が自分でないと錯綜した主張をしているのですが、それはインベーダーのお父さんなのかもしれません。
補足です。
「愛の結晶」で終わらず
「愛のアモルファス」©︎米沢富美子さん@物理学会です。
画像の1つが小さかったので、裁判ごっこのテクニックがよくわかるように拡大しておきました。
絡まれた法クラのみなさんも、こんな話ばかりで閉口されたでしょうね。訴状の内容もこんな程度の話です。
餅は餅屋ってところも大きいので、学会活動歴の対比もポイントだと思います。
弁護士さん登場❣️
https://franoma.info/自己防衛と自我防衛は違うよ大塚さん
そして… AirDropがあるから🇨🇳中国🇨🇳で大人気だった iPhone ちゃん…中国🇨🇳本土ではAirDropは機能させないようになった模様です。…ということで⁉️
良い論マスク🆚Appleクック
テレキ・パールの “spiritual heir” 親日ハンガリー🇭🇺オヤジは生前、
《ブッシュ父子》は人類を傷つける存在という見識でしたから、今なら
《バイデン父子》は人類を傷つける存在だと言うでしょう。そして
《岸田さん父子》は日本人を傷つける存在です。
困りますね。
《岸田さん父子》も肩並べてるんですね。
マネしなくていいことだけ似てくるのは困ったものです。
補足です。以前、拙ブログ記事
『高騰…教育…洋の東西…主体性のない知識取得の無意味さ』
http://ameblo.jp/aya-quae/entry-11990604750.html
を書きました。この「主体性のない知識取得」とは、S先生の表現で、
「トラウマという『人生最大の課題』と主体的にどう取り組むかという視点が完全に欠けている」
=トラウマに振り回され、PTSDによる認知機能の歪みに支配された人生になってしまい、昇華(=ユングのいう個性化)ができない…ということですね。
まさしく idthatidさまや香山リカ氏( http://bit.ly/1WGi1SY )が陥っておいでの「女狐心理職」状態です。
idthatidさまは、香山リカ氏ほど他者を心理操作で制圧する方法が洗練されていないため、
露骨にサイバーストーカーになってしまわれました。司法で、
「単に独善的な考えから
違法性を意識しなかったに過ぎない」
と指摘していただく以外に更生する道はないでしょう。以前、
翠雨先生のブログ記事にコメント
http://bit.ly/1TcMYxu
しました。
削除してしまったようですが、私だけが自らの異常性に気づいていないなんて書いてましたね。
ミラーマンがいないとそうなります。
再度、連投、失礼します。香山リカ氏は哲学が弱いので、来談者をどうこう言う前に
ご自分が「変」で、来談者をセルフネグレクトに誘導しているのに気づかない訳で、その件については、
モモちゃん先生のブログにもコメントリスト
http://bit.ly/1VYiOOS
5番目に『「自己」概念について (franoma)』
を書きました。
「西田哲学」のことを書いていたのが、今では大笑い?です。
idthatidが「ジョイスが!」「(あなた)頭悪い!」と言うのと同じですね。
おばあさんの幻をみるまでに妄想に蝕まれているのに、ミラーマンが現れないのは哀れです。
コロナ禍で…判りやすくなりました。
https://franoma.info/自己防衛と自我防衛は違うよ大塚さん
自己防衛ができるようにすることがポイントなので、
NHKに呼ばれて、石破さんに[ヨイショ質問]した時も変だったのです。[自己防衛]を国民各人ができるように努めれば[専守防衛]を目指すことになるわけで。
ウクライナみたいな惨状に陥れられても
土嚢を積んで[籠城]するほうを選び、
武器を取って戦線を拡大しません。
旧ユーゴスラビアでEU空爆がされても、
武器を取って戦線を拡大せず、籠城してサバイバルした話をドキュメンタリーとしてNHKで放送してほしいというハンガリー人がいましたけど、当時のNHKには出来ない相談でした。“戦場の映像は、いくらでもあるので、もう要らない” というレベルの思考で、「籠城してサバイバル(自己防衛)に努める」選択をした空爆を受ける側に立つ映像の意味が理解できない又は理解できないフリをして済ませたでしょう。
そうですね。
おかげさまで(コメント=何年も前に書いたことを読む💦好機)、作品分析にしても、あの頃よりはるかによいものがわかりやすく書けそうな実力がついたような実感があります_(_^_)_
当事者が置かれた立場で何ができるか何をすべきか@しなくて無問題の個人の自由の範囲は広い 誰のためにしたい@いろんな次元における主体性 のかってことですね。
まちがうと〇〇警察やクロバー☘さんになっちゃう♪
連投、続きで失礼します。
この記事にある「自己(self)」の図示が非常に判りやすいので
広めようと思うと、コメントできません。
アメブロさんのコメント取捨選択は、いまいち不明ですね。
http://ameblo.jp/135215/entry-12162132061.html
に以下のコメントを投稿したら蒸発しました。
コメントタイトル:
「俺さま」タイプさえいなければ 99% は分断されません。
コメント内容:
「異質な他者の人格は無視する」特権があるかのように振る舞う「俺さま」タイプさえいなければ、場を構成する全員が各々(多様性のある)観察主体を手放さずに「見る」「聞く」「アサーティブに言う」ことで互いに解離性不注意に陥らないように注意を喚起し合い、ヒヤリハット事例を集めて、実際に、まだ起きていない不幸=事故が起きにくいように物的環境と人的環境の両方について環境整備を進め、PTSD予防&克服に 踏み出せます。そのような環境で個体化が進む際には、各人の「セルフ=自己」について “autojustification”( http://bit.ly/1Wvo6lE )がなされるので 「セルフネグレクト」強要は起きないでしょう。「セルフネグレクト」強要に誘導する心理操作を行ない、誰かのトラウマ複合体を肥え太らせる「人道上の罪」を犯す必要も生じないのです。
「自己(self)」については、
http://ameblo.jp/raingreen/entry-12162303678.html
をご覧いただけると幸いです。
===コメント内容おわり===
アメブロでないので大丈夫です。
あの基準は意味不明です。
俺さま基準があるような‥。
idthatidのセルフネグレクト強要は、みんながスルーしだしたので、idthatidがidthatidにセルフネグレクト強要している「構図」がよく見えるようになりました。
ミラーリング✨効果でしょうか。
今朝は、
『自らを灯明(とうみょう)として今を生きる』
http://ameblo.jp/sting-n/entry-12159438392.html
を拝読して、以下のコメントを投稿したら蒸発しました。
コメントタイトル:
アイデンティティの「でっち上げ」は西洋からの輸入物
コメント内容:
「人に用意されたレールに必死にしがみ付くことのほうが幸せから遠ざかっている」という社会問題は、
要するに
アイデンティティの「でっち上げ」問題に過ぎないと思いますよ。
東洋人には初めから不要です。
アイデンティティの「でっち上げ」をやるのは、そもそも
西洋白人のサル真似ですから。
===コメント内容おわり===
アイデンティティの「でっち上げ」をやる
=強い資格(©kyupin http://bit.ly/27JiuYm )を「ゲット」する…
=思い込みと勘違いで武装する…
ということでしょうね。それは要するに、アリスパパ氏がお書きの
「人に用意されたレールに必死にしがみ付く」ことに他ならず、
どんどん「頭が不自由」になる生き方なのですが。
https://twitter.com/franoma/status/733660242035118080
「#妄想」「#デマ」は “Die Gedanken sind frei” に言う “Die Gedanken” ではありませんが、「#空想」は “Die Gedanken” に属します。 https://youtu.be/cHuSktaQRuE via @YouTube
11:06 PM – 20 May 2016
と昨日、ツイートしました。そういえば、
この文脈での “Die Gedanken” は、
kmomoji1010先生のブログに出てくる “pensée” でした。
「思考としたのは、それがアクションとしてのpensée を訳すのにもっとも一般的でニュートラルな日本語だと考えてのこと」
( http://bit.ly/1s4miDj コメント欄参照 )
昨年一緒に学会発表しました?
活動が活発化されるに従って、哲学のことをよくお書きで楽しみに読んでいます。
idthatidなんかは「自我灯明 カルト師匠灯明」と言い換えられます。
「臨床心理士」という巨大催眠商法から四半世紀目覚めることなく、無反省にも「公認心理士」まで取ろうとしているような「お人好し」で「頭が不自由な」心理職が発達障害ブームを支えているのもパロディですね。
はにわのブログでは、臨床心理士の資格をとらないで心理臨床学会に入っているのはおかしいとかS先生は医師だから信用できるとかという「おかしな」悪口を書かれ、愚かな資格信仰の極致だと思いました。
フランス語もよくわからないのですが、「パンセ」は感覚的には「思索」だと思っていました。
言われてみれば、「思惟」でもよかったなぁと感じたのですが、「半跏思惟」で坊主臭いイメージなのですか?
思弁に「観」が入ってくるのも初耳でした。
よろしければご教示下さい。
弥勒菩薩の半跏思惟像ですか、それだけでなく
思惟(しゆい)は、そもそも仏教語のように思います。
それとは別に、現代日本において、
「日本大百科全書(ニッポニカ)」の
「思考」=thinking(英語)、pensée(フランス語)、Denken(ドイツ語)
の項目を読むと、kmomoji1010先生のお返事どおり
「思考としたのは、それがアクションとしてのpensée を訳すのにもっとも一般的でニュートラルな日本語だと考えてのこと」
( http://bit.ly/1s4miDj コメント欄参照 )
ということになります。
「日本大百科全書(ニッポニカ)」によると、
「思弁」は、「とくに現代では、理論物理学の「思考実験」と同様の意義が認められる場合を除けば、概して空疎で非行動的な思索という悪い意味を持つ」(杖下隆英)そうなので、私の日本語感覚が平均からズレていました。orz
ありがとうございます。
「思考」がまあ一般的だということですね。
補足です。
http://japanknowledge.com/users/
にある小学館『例文 仏教語大辞典』で、項目「しゆい」つまり
し‐ゆい【思惟】
を引いて、この画面では変になってしまうものや長すぎる例文は省き、
ジャパンナレッジをご覧いただくとして、
1 考えをめぐらすこと。思いはからうこと。
*守護国界章 上ノ下・一三 (例文)
2 対象を分別すること。
*今昔 一・三 「死の苦を思惟し給ふ」
3 思うこと。考えること。
*古今著聞集 二〇・七二一 (例文)
4 修道(しゅどう)のこと。
*法華義疏 一・序品 (例文)
5 禅定を思惟と正受との二つに分け、思惟は禅定のまだ成就しない位、正受を成就した位とする。
*法然行状画図翼賛 一八 (例文)
6 親鸞では、思惟を正受と対応させ、正受は他力の信力、思惟を方便と解する。
*教行信証 化身土・本 (例文)
ついでにリンクもあります。
http://bit.ly/1s05JZ1
ところで、蒸発したと思ったら復活しました。
http://ameblo.jp/sting-n/entry-12159438392.html#c12850663108
1. アイデンティティの「でっち上げ」は西洋からの輸入物
「人に用意されたレールに必死にしがみ付くことのほうが幸せから遠ざかっている」という社会問題は、
要するに
アイデンティティの「でっち上げ」問題に過ぎないと思いますよ。
東洋人には初めから不要です。
アイデンティティの「でっち上げ」をやるのは、そもそも
西洋白人のサル真似ですから。
あ* 2016-05-21 06:44:15
ちなみに、小学館の『例文 仏教語大辞典』には、
むい‐じねん【無為自然】も見出語にあります。
涅槃(ねはん)そのものの現れた境界。仏の悟りそのままがおのずから現れたもの。
*往生要集 下・一〇ノ一 「彼仏国土、無為自然」
先日、息子が「死に際に『あの世で待ってるよ』と言われたら、どう思う?」と訊くので、ケースごとに違うのではないかと答えました。例えば、
沖雅也は「オヤジ、涅槃で待つ」と言ったそうで、言われたほうがどう受け止めたかは存じませんが、それを言うなら息子の祖父(=私の父)も特に晩年に限らず、逆死を避ければ必ず親のほうが先に死んで「先に往って待ってるよ」ということになるのだと申しておりましたから。親が死んだら泣いている場合ではなく、気を確かに持って、なすべきことをなせ…ということになっているので、先祖代々誰も泣きません。
それは、さておき、
アイデンティティの「でっち上げ」は
無為自然から遠ざかる方向に我意を通すことゆえ
東洋人は、元々やりませんね。
ありがとうございます。
4.5.6.とかなり仏教的です。
自分で調べないとダメです?
アリスパパさんのコメント復活はよかったです✨
アメブロさんは邪魔されないこともあるようで気まぐれですね。
idthatidは「弁が立つ」と思っているようで「弁護士」の真似事をしているつもりでしょうが、所詮お遊びです。
現存在が自ずから判然としてしまっていて品位がありません。
思弁的と言ってよいでしょう。
ミラーマンがいないだけで、「本来」はそうではないのでしょうが。
今、気づいたのですが、モモちゃん先生のブログ記事へのコメント
http://bit.ly/1VYiOOS
の4番目だった
しつこくて、すみませんが… (franoma) 2016-05-12 11:09:12
あれこれ考えているうちに、
「思惟」だと、私の恩師みたいに日本坊主くさくなるし…
「思弁」だと “speculation” で「私は観た」に直結して、
最善かもしれない(?)ような気がしてきました。
…というコメントも消されていました。
「思弁」という表現を訳語に採用するのは、
「理論物理学の『思考実験』と同様の意義が認められる場合」( http://bit.ly/1X2yMbG )は、
本当に最善かも知れませんよ。
それは残念でした?
まあ、モモちゃん先生は誰が見ても自然科学者ではないので、
「理論物理学の『思考実験』と同様の意義が認められる」か否か、
判定できないのかも知れません。
誠に失礼ではありますが。
ご専門はそういうことで。
https://franoma.info/理科教育の基本は社会実験ではなく実物教育
という短縮URLも作りました。
ありがとうございます_(_^_)_