昨日より
報道時間が
長くなっています。

新聞でも
被災地の写真は
戦場みたいです。
―無事だと確認して
涙が出たり
ご近所の人に
再会して
抱き合って喜んだり
被災した
古いおうちでは
歴代のご先祖さまの
写真が桟に掲げてあったり
遠く離れていても
同じ日本人として
誰もが痛みとともに
いろんなことを深く
感じているのではないでしょうか。

本来は
集合的無意識の
感官の奥底に眠っている
【象徴】が
日本を蔽っています。
変われると思います。

戦闘的に借り(狩り)をし
(国家的無意識)
アリエッティに教え伝えるお父さんと
(家族的無意識)
傷ついたお父さんを助ける
原始人みたいなスピラー
(人間の祖先の無意識)

(象徴アリエッティは滅ぶと言ってます)
PTSDから
頭でっかちになり
希望を失った ←傲慢が一番重篤
主人公は
アリエッティに出会い
癒され
勇気を手に入れます。
「ジブリ『借りぐらしのアリエッティ』」カテゴリーアーカイブ
お雛さまも陰陽五行説でアリエッティでもある
JR浜松駅前PTSD解離性バスジャック未遂とアリエッティ
『借りぐらしのアリエッティ』PTSDに太刀打ちできるか
学会発表の抄録を
今朝送りました
仕上げをしていて
気づいたのは
【象徴】に
太刀打ちモチーフが
あることです。

封印されたものを助けます。

スサノヲもそうですし

一寸法師もそうです。

一寸は結構長いです。
日本人の
「ちょっと困ります…」は
大分困るという意味です。
象徴は小さいけれど
大きくて
再生のパワーを秘めているのです。
―陰陽を超えた太極ですから。

『借りぐらしのアリエッティ』PTSDへの太刀打ち
小さ子譚としての『借りぐらしのアリエッティ』 ~かぐや姫や一寸法師は【象徴】
『借りぐらしのアリエッティ』【象徴】を守ることでPTSDは癒される
『トトロの住む家』のユング心理学的意味

『借り暮らしのアリエッティ』は
『隣のトトロ』を
男の子の活躍として
書き直したものじゃないかな?と
ふと思いました。
―ブログでも
女性が元気でしょ?
臨床現場でも
似たような傾向があります。
克服の様相が大分違うんです。
ポニョも宗介が主人公です。
それで
哲学的になってるでしょ?
トトロは
思えば情緒的でした。
…
サツキとメイの姉妹と
トトロの三つ巴ですね。
―すべては
【一太極二陰陽】で展開します。 ←リセットの法則
日本語と英語
おりこうな女の子と
一風変わった女の子は
陰陽ですね。

キャッチフレーズは
「こんな生き物は
まだ日本にいるのです。多分」
―最初は「もういないのです」だったそうです。
あるのか?ないのか?
それが問題だったのですが
『借り暮らしのアリエッティ!』になったのです。
―トトロは象徴
「忘れ物、届けにきました」
同時上映の『火垂るの墓』とリンクしています。
―戦争トラウマですね。
昭和30年代
日本人が
集合として経験した記憶のなかに
―血となり肉となり
宗教ともいえるような
常識になっています。
無意識です。
あるものを
見直しながら
問題を予防し
超えてゆこうとの発想です。
お父さんは
考古学者ですしね。
―温故知新

問題を超えていくには
★きちんとしたまじめさ 陰
★とらわれのない自由さ 陽
両方大事ですよね。
片方だけでは
必ず行き詰ります。
メイは
おたまじゃくしを「おじゃまたくし」
とうもろこしを「とうもころし」と
言ったりしますが
―これは無意識が
響きなども交えて
異熟する様子そのものです。
だんだん正しく言えるようになります。
今は成人して
結婚して
どこかにいると
監督は言っています。
河合ハヤオが
翻訳しそこねた
ユング心理学を
宮崎ハヤオは
見事に
表現しつくしています
『借り暮らしのアリエッティ』2010興行収入第一位のユング心理学的意味

全体的には伸び悩んでいるそうですがね。
PTSDの時代
克服の秘策を大まかに示した
『崖の上のポニョ』の
続きは
どうしても
伝えられなくてはならなかったのです。
海外の第二位は
『不思議の国のアリス』
―PTSDになったら
不思議の国に迷い込みます。
まだこのあたりの哲学で
うろうろしているのに対して
日本は
古典を大事にしながら
進化させてますからね。
―PTSD治療の間違いを
端的に指摘
PTSD研究の
最先端は日本にあります。
ユング研究所なんかに
行ってる場合ではありません。
―ユングの【象徴】を否定し
発達障害狂想曲に
踊ったりするのですから。
アリエッティは
【象徴】はアリエッティ!と
怒っています。
コピーが好きな日本人のための偽ブランド品販売店摘発
広島では大学生が
大阪では50歳の女性が
逮捕され
韓国では
日本人観光客を相手に
偽ブランド品を販売していた
グループが摘発されました。
店には
バッグや財布など
偽ブランド品が
ずらりと並んでいて
客の日本人が品物を選んでいます。
「日本は
ブランド品の買い物が
好きだと聞いたので狙った」と
店長やガイド役の男たちは
言っています。
アリエッティ
大阪では
バッタモンと呼ばれるそうです。
困ったことに
「これバッタモンやねん
」
本物をお召しの方にも
「それバッタモン?」
不遜きわまりないのですが
悪気はないのです。
一応犯罪なんですけどね
何でこうなっちゃったのでしょう?
西洋では
ブランドは
権威があり
権威は守られています。
キリスト教も権威が
ありますから
侵しがたい存在です。
―ユングなどは
圧倒されて
病気になっています。
一方日本は
無我の文化で
下手すると妙な
平等意識になります。
仏の頭の上を越えてゆけなんて
考えもありますから
低級な解釈に堕しますと
恐ろしいことになります
―権威をコケにするのです。
ブランドで無邪気に
遊んでますよね。
ジーンズをはいたり
サッカーしたりしてますが
頭の中では
まだまだ
権威の概念を
実は
よく理解できていないのだと
思われます。
文化や常識は
なかなか根深いものです。










のたとえです。