コンクリート片2個が落下
路上にいた
70代の清掃作業員の女性は
右足骨折と左足親指切断などの重傷
―こころのケアが必要です。
JR渋谷駅から
北西約600メートルの
繁華街の一角と聞けば
誰もがヒヤリとします。
大阪の阿倍野でも
同様の落下事故がありました。
―被害者はいなくてよかったですが。
不注意や無責任が横行してますからね。
―人の命は軽く
安全神話は崩れてます。
この流れは
こころの教育
(PTSD健康教育)にしか
とめられません。
「こころのケア(PTSD予防)」カテゴリーアーカイブ
「道徳教育を監視」の橋下市長となんばウォーク乳児置き去りPTSD男女
ベートーベンも嘆いて創ってPTSD予防
フクシマ原発事故で子どもを海外に連れ去られた母親のPTSD予防
フクシマの震災では
離婚に発展する事例が
増えています。
子どもへの被曝を心配する
お母さんに
「神経質だ」と
無理解な
日本の父親がいるかと思えば
連日危険性を
本国から聞かされていた
外国人の父親は
勝手に子どもを
自国に連れ去ってしまいます。
―日本の常識
世界の非常識です。
日本は
ハーグ条約に加入していないこともあり
母親は
相当不利な立場に立たされながら
国際裁判を闘う必要があります。
―費用も莫大
常識も法律も夫の味方です。
離婚した郷ひろみも
子どもたちに会うのに
裁判まで起こしたようですが
12年も会えてないようですね。
―最近亡くなった
元妻の父親の葬儀でも
すれ違うのみ
なんか雰囲気が軽くて
変だなぁと(躁的)
思ってました。
離婚によって
こころの傷を抱える人は
案外たくさんいますね。
法律が守ってくれない分の
ケアも必要です。
PTSDは気の病とフクシマの老夫婦

全住民が
避難を求められた村に
残る
84歳と87歳のご夫妻です。
見知らぬ土地に
移動する方が
リスクだと考えられてのことです。
―飼い犬や猫の
お世話の方を
心配されます。
不便でしょうと
思いますが
敗戦の頃と比べたら
マシだとおっしゃいます。
まきをたいて
お風呂に入られ
「野菜も作るかな」と
おっしゃるご老人と
都会人を一緒に考えても
いけないでしょう。
― 介護施設で
一律におむつをつけるような
暴挙です。
気の持ちようだとは
生き方から生まれた
生きた哲学ですね。
―気にするなとかいうのは
間違った用法です。
しかし
これは一例であって
お年寄りがみな
気丈とは限らないですね。
そこを間違っては
いけないとは思います。
―問題の【否認】に使われている
可能性もないでもないですしね。
あんまりにひどい現状ですから…。
基本的に噛み合ってないPTSD性機能不全家族のヒトビト
原発PTSD発症リスクに離婚PTSD発症リスクもついてくる
原発事故から
もうすぐ10カ月
被災者家族は
避難にあたって
準備の過程で
離婚したり
― 考えの違い
父親と母子が
離れて暮らしたり
しているそうです。
―お母さんが弱ってて
お父さんが留守であるだけで
『銀河鉄道の夜』の
物語ができるだけの
不安が存在します。
多くの母親は
あらゆることへの
不信感を募らせながら
―助けてくれるのは
少数の民間支援団体くらいかな。
道しるべもなく
自力で
行動することを
迫られているのです。
原発PTSD発症リスクに
離婚PTSDが上乗せされています。
―離婚PTSDだけでも
『借りぐらしのアリエッティ』の
ドラマになるのです。
PTSDは
静電気のように
いろんな問題を引き寄せて
雪だるまのように
太ってゆきます。
こころのケアという言葉は
空中分解中ですね
新年会
被災者が復活させる「こころのケア」という言葉

無責任な親も
増えてますが
守ろうとしても
守りきれないことが
あるんですよね。
それが傷になる。
そして
一生消えないと
証言されています。
心理学の学会では
【こころのケア】という
言葉を避けているように
感じます。
―ちょっと(は大分)
トラウマになってますからね。
あの時も
「こころのケアお断り」と
言われてしまった。
―上から目線が治らないのです
被害者の方々から
この象徴的な
―痛みがあり
感情が動く
日本独自の言葉が
復活されるといいなと
思います。
―被害者の言う
こころの傷は
本来の意味を持っていますから
つながっているでしょう。
16年の隔たりがあり
場所は違っても
トラウマティックな出来事として
1つの見方をしないことには
始まらないですよね。
―うつ病が流行っていると言いたい人が
「1つの見方をしないほうがいい」と
言うのです。
バラバラにしておきたいなんて…。
被災地は
あんまりな行動に対し
「来るな!」とも
言いますが
「忘れないで欲しい」
「ここにいてほしい」
―いるだけってのが
むつかしいらしい。
何か手柄を立てたがるのは
ビョーキですね。
とも言っているのです。
十牛図の牛みたいに
こちらを
励ましながら
一緒にいるのです。
―共同が大事なんですよね。





