ジブリ『君たちはどう生きるか』」カテゴリーアーカイブ

絶対無の 風のほとり WEターン @見当違いの批判で蘇生し続ける西田哲学

Where the wind of absolute nothingness touches history, even a misguided turn reveals the deeper life that sustains us.

 
本日は
 
 
 
小田 晋さんのお誕生日です。
 
 
 
島崎敏樹の著した
 
 
人間をあれこれの方法で分解し細分化するのではなく
人間学現象学の立場に立って全体をすくいあげ
その生きがいを浮かび上がらせることに長けていた。
 
 
 
感情の世界』を読み
 
 
 
精神科を目指しました。
 
 
認知行動療法や薬物療法に
— 直精・直美という安直で哲学のない世界
—— みんな知っているが語られないタブー
 
関心をもつわけではなく
 
 
 
 
 
精神病理学を軸に
 
 
刑事事件で起訴された人物の
精神鑑定を多数行った。
— つまり解離の研究者
 
 
 
 
社会精神医学・犯罪精神医学についての論文が多数あり
 
 
 
 
 
 
認知のありかたをみる。
 
習得に長い年月を要する。
 
 
 
 
言語ではなく
 
映されるイメージの世界
 
 
心理テストの達人としても知られています。
 
 
このあたりは
知識やテクニックというより
職人的名人芸の世界
 
 
 
 

 

「どう生きていこうか」

「どう生きていくのが正しいだろうか」と考えるのは

人間である証なのだそうです。

 

 吉野 源三郎

東京帝国大学文学部哲学科卒業の年に

志願兵として軍役についたのち

東京帝国大学図書館にて勤務中

非合法活動に関与したとして

治安維持法違反の廉で逮捕され

1年半を陸軍刑務所で過ごします。

哲学と夢の学究世界も

カルト・カント・ショーペンハウエル

 

戦時中は生死をさまよいながらです。

公職追放のあと

偉業を成し遂げるのも法則の1つ

 

吉野源三郎が

この本をつくるときに相談した

三木清も

— 感官に映ったイメージがイメージのまま伝承される。

—— 文献を読むのは字の数を数えているのにほぼ等しい。

おなじような問題にからめとられ

獄死しました。

京都学派は壊滅状態に陥り

中村雄二郎が蘇らせた。

— 的外れな批判によってというところが繰り返される世界

 

生きがいということですが

英雄とか偉人とかいわれている人々の中で

本当に尊敬が出来るのは

人類の進歩に役立った人だけで

非凡な事業のうち

真に価値のあるものは

ただこの流れに沿って行われた事業だけだそうです。

普遍的な法則があるわけですね。

 

見えぬ処 心ひそかに 息を継ぐ @公認心理士化する西田哲学

 

心の広がりをめぐって──河合隼雄西田幾多郎が眺めていたもの

河合隼雄の誕生日にあたり、あらためて彼の仕事を振り返ると、日本の臨床心理学がいかに“制度として”形を与えられてきたかが見えてくる。
心理学を学ぶ場がほとんど存在しなかった時代に、臨床心理士という資格をつくり、国家資格化の道筋を描こうとした。その努力は、彼の死後、公認心理師という形で結実した。

しかし同時に、臨床心理学は「心理主義」という大きな潮流に巻き込まれつつある。
この問題は、実は西田幾多郎が『善の研究』で自ら反省したこととも響き合う。
ちょうど今週末、西田哲学会が開催される。
河合隼雄の誕生日と哲学会の時期が重なる今、臨床心理学と哲学が共有するこの問題を、あらためて考えてみたい。

1 河合隼雄の功績と、日本の臨床心理学が置かれていた状況

河合隼雄の仕事を振り返るとき、まず驚かされるのは、彼が活動を始めた当時の日本には、臨床心理学を体系的に学ぶ場がほとんど存在しなかったという事実である。心理学といえば、大学では実験心理学が中心であり、哲学や教育学の一部として扱われることが多かった。西田幾多郎が東京大学で学んだ心理学も、まさにこの「実験心理学」の時代である。

そうした状況のなかで、河合隼雄は臨床心理学を「学問として」「職能として」成立させるための基盤づくりに尽力した。ユング研究所での研鑽を経て、日本にも精神分析や分析心理学のような、しっかりとした訓練体系を持つ専門職を根づかせたいと考えたのである。

そのために、まず民間資格として臨床心理士制度を立ち上げた。これは、制度としては暫定的なものであったが、当時の日本においては画期的な試みであり、臨床心理学を「専門職」として社会に認知させる大きな役割を果たした。河合自身は、いずれ国家資格として整備されるべきだと考えていたが、民間資格を国家資格に格上げする制度は存在せず、道筋は容易ではなかった。

それでも、臨床心理士制度は日本の臨床心理学の発展に大きく寄与し、河合隼雄の死後、公認心理師という国家資格が誕生することになる。制度としての形は変わったものの、臨床心理学を社会に根づかせるという河合の構想は、一定の形で実現したと言えるだろう。

しかし、ここで一つの問いが生まれる。 河合隼雄が目指した臨床心理学の姿と、現在の公認心理師制度が示す方向性は、本当に同じものなのだろうか。 そして、臨床心理学が制度化される過程で、私たちは何を得て、何を見失ったのだろうか。

この問いは、臨床心理学の制度史を振り返るだけではなく、哲学側からの「心理主義」への警鐘とも深く関わっている。

 

2 心理主義の問題──宗教・心理療法・哲学の境界が曖昧になる時代

臨床心理学の制度が整えられ、専門職として社会的地位を得ていく過程は、確かに大きな前進であった。しかし、その一方で、臨床心理学は「心理主義」という大きな潮流の中に置かれるようになった。心理主義とは、宗教・倫理・哲学・社会の問題までもが、すべて「個人の内面の問題」として処理されてしまう傾向を指す。

この問題は、宗教哲学の側からも警鐘が鳴らされている。 たとえば、宗教が本来持っていた共同体的・儀礼的・歴史的な側面が弱まり、個人の内面へと収縮していく現象が指摘されている。宗教が「心の癒し」へと変質し、精神科医や臨床心理士が、かつて宗教者が担っていた役割を代替するような状況が生まれているというのである。

心理療法の出自が宗教と深く関わっていることはよく知られている。 しかし、現代の心理療法は、宗教的な由来を否定するかのように、個人の内面の問題としてのみ心を扱おうとする。宗教と心理療法が互いに近づきながら☯同時に互いの由来を否定し合うという、奇妙なねじれが生じている。

この心理主義の時代において、臨床心理学は「心の専門家」として社会的期待を集める一方で、心を取り巻く文化的・歴史的・共同体的な文脈を見失いかねない危うさを抱えている。 心を個人の内側だけに閉じ込めてしまうと、心が本来持っている広がり──身体、歴史、共同体、宗教、文化──が見えなくなる。

この問題は、臨床心理学だけの問題ではない。 哲学の側にも、同じ危うさが存在している。

3 西田哲学との共通問題──心理主義への反省と、心理学との接点

臨床心理学が心理主義の潮流に巻き込まれているという問題は、実は哲学の側にも同じように存在している。西田幾多郎は『善の研究』を著した後、自らの思索が「心理主義に傾いていた」と反省している。 心の働きを哲学的に捉えようとしたとき、どうしても「個人の内面」に焦点が集まりすぎてしまう危険がある。その危険を、西田は早い段階で自覚していた。

西田が参照していた当時の心理学は、実験心理学が中心であり、心を科学的に測定しようとする試みが主流であった。西田はその内容を紹介し、若干の意見を加えるにとどめているが、心理学を哲学の基礎として積極的に取り込むことはしなかった。 しかし、心理学を完全に拒絶したわけでもない。むしろ、西田は心理学が扱う「感官」や「意識の働き」に強い関心を寄せていた。

近年、哲学館で修復が進められている西田の心理学ノートを読むと、彼が眺めていた心理学の全体像が少しずつ明らかになってきた。そこには、個人的意識を超えて、国家や文明の差異までも含む「人類それ自体(humanity itself)」の相を捉えようとする記述がある。 これは、ユングが集合的無意識を構想したのと同じ時代の空気を感じさせる。西田が「歴史的身体」と呼んだものと、ユングの集合的無意識のモデルは、異なる言語でありながら、どこかで響き合っているように思われる。

道元が譬え話として「古鏡」「火炉」「無縫塔」などのイメージを用いて、言語化しがたい感官の働きを示そうとしたように、西田もまた、個人の心を超えた広がりを捉えようとしていた。 その広がりは、心理主義が心を個人の内側に閉じ込めてしまうとき、最も見失われやすい部分である。

西田哲学会でも、近年は西田の思想をより深く理解するために、心理学との関係を視野に入れる試みが増えている。西田が生きた時代の心理学を丁寧に読み直し、哲学と心理学の接点を探る動きがある。 しかし、文献を並べて表面的に一致する部分を探すだけでは、西田の思索の内側には届かない。 西田と同じ時代に生き、ほぼ同じ問題を見つめていたユングの心理学を手がかりにすることで、初めて西田の「心の広がり」が立体的に理解できるのではないかと私は考えている。

臨床心理学と西田哲学は、どちらも「心」を扱う学問でありながら、心理主義に傾くと実態を見失うという共通の危うさを抱えている。 その危うさを乗り越えるためには、心を個人の内側だけに閉じ込めず、身体・歴史・文化・共同体・宗教といった広がりの中で捉え直す必要がある。

4 ユングとの同時代性──心の“広がり”を取り戻すために

西田幾多郎とユングは、互いに直接の交流があったわけではない。しかし、彼らが生きた時代の空気には、共通する問題意識があったように思われる。 それは、心を個人の内側だけに閉じ込めず、歴史・文化・共同体・宗教・身体といった広がりの中で捉え直そうとする試みである。

ユングは、個人的無意識の背後に、民族や文明の差異をも含む「集合的無意識」を構想した。 西田は、「歴史的身体」という概念を通して、個人の心が歴史的・文化的な文脈の中で形成されることを示そうとした。 両者は異なる言語を用いながら、心の構造を“個人の内側”に限定しないという点で、深い共通性を持っている。

心理主義が心を内面へと収縮させるとき、こうした広がりは最も見えなくなる。 心が「個人の感情や認知の問題」に矮小化されると、心が本来持っている歴史的・文化的・宗教的な層が切り落とされてしまう。 その結果、心はかえって理解しにくくなる。 心を狭く捉えるほど、心の実態は遠ざかるのである。

臨床心理学が制度化され、専門職として確立されることは重要である。しかし、制度が整うほど、心が「測定可能なもの」「技法で扱えるもの」として扱われやすくなる危険もある。 哲学の側でも、心を論理や概念の枠組みで捉えようとすると、個人の内面に焦点が集まりすぎる危うさがある。

だからこそ、今あらためて、西田とユングが見ていた“心の広がり”を思い起こす必要がある。 心は、個人の内側だけに存在するのではなく、身体・歴史・文化・共同体・宗教といった層の中で生きている。 その広がりを取り戻すことが、心理主義の時代において、臨床心理学と哲学が実態を見失わないための鍵になる。

西田哲学会が心理学との関係を再評価し始めていることは、こうした広がりを取り戻すための重要な一歩である。 臨床心理学と哲学が互いに閉じた領域として存在するのではなく、心の広がりを共有する学問として再び接続されるとき、心理主義を超える新しい視野が開かれるだろう。

5 心理主義を超えるために──臨床心理学と哲学が見失わないための視点

河合隼雄が臨床心理学の制度化に尽力したこと、そして西田幾多郎が心理主義への傾きを自ら反省したことは、いずれも「心をどう捉えるか」という根本的な問いに向き合った結果である。 臨床心理学と哲学は、異なる方法を用いながら、同じ問いの周囲を歩いてきたと言える。

心理主義が心を個人の内側へと収縮させるとき、心の実態はかえって見えなくなる。 心は、身体・歴史・文化・共同体・宗教といった広がりの中で生きている。 その広がりを切り落としてしまうと、心は「測定可能なもの」「技法で扱えるもの」として矮小化され、臨床心理学も哲学も、本来の対象を見失う危険がある。

その危うさを乗り越えるためには、心を広い文脈の中で捉え直す視点が必要である。 ここで、河合隼雄と西田幾多郎の思索が、静かに響き合う。

二人に直接の交流はなかった。 しかし、彼らが眺めていたもの──心の構造の広がり、個人を超えた歴史的・文化的な層、宗教的な深み──は、驚くほど似ている。 ユングが集合的無意識を構想したのと同じ時代に、西田は「歴史的身体」という概念を通して、心が個人の内側だけに閉じないことを示そうとした。

臨床心理学と哲学が心理主義に傾くとき、こうした広がりは最も見えなくなる。 だからこそ、今あらためて、河合隼雄と西田幾多郎が見ていた“心の広がり”を思い起こす必要がある。

臨床心理学は、制度として整備されるほど、心を技法や測定の対象として扱いやすくなる。 哲学は、概念や論理の枠組みで心を捉えようとすると、個人の内面に焦点が集まりすぎる危険がある。 どちらも、心理主義の時代には、心の実態を見失いやすい。

しかし、臨床心理学と哲学が互いに閉じた領域として存在するのではなく、心の広がりを共有する学問として再び接続されるとき、心理主義を超える新しい視野が開かれるだろう。 河合隼雄の構想と西田の反省は、そのための静かな道標となる。

心は、個人の内側だけにあるのではない。 心は、世界の広がりの中で生きている。 その広がりを取り戻すことこそ、心理主義の時代において、臨床心理学と哲学が実態を見失わないための鍵となる。

苦難より 天啓ひらき 魂立つ@ルソーのPTSD神隠し

本日は

ルソーのお誕生日です。

 

ジャン・ジャック・ルソー(1712-1778)と言えば

偉大な哲学者・思想家ですが

なかなか苦難の人生だったようです。

もはや法則のようなものらしい。

若いころから

露出癖や重度の被害妄想

奇行があり

自分も保護と放浪を繰り返したのに

— そうすると虐待など受ける。

 

5人の子供を孤児院に送るなど

— 告白』などに具体的に記されている。

生涯

精神的に経済的に安定していたことは一度もありませんでした。

 

そもそもが

生後9日にして母を喪ったことが大きく

裕福な一門の出で

賢さと美しさを具えていて

ルソーは

母からこうした美点を受けついで誕生というのは

光源氏みたいだと思えば

— 母親の影を追い続け人間そのものを見ていない。

やはり

恋愛観が特殊になった。

病弱で

敏感な子どもに育ち

統合失調症のようなものを発症する素地ができます。

さらには

10歳のころに

一家離散で

父が告訴され逃亡

— 元軍人貴族との喧嘩がもとで剣を抜いた。

兄は奉公に出されたまま行方知れずに

いわゆる神隠し

孤児同然となり

虐待され

不自由な寄宿生活のなかで

牧師の妹で未婚の40代女性から

身に覚えのない罪で度々折檻された。

奉公に出されても

日常的に虐待を受けるうちに

不良少年となり

虚言を語り

仕事をさぼって

悪事や盗みを働く

無気力になってしまいますが

読書だけは続けていたので

唯一の逃避場所なので

本を捨てられても

借りては仕事をさぼり読みふけった。

— もはや薬

読書力に救われることになります。

自己実現の秘訣は苦難の最中に磨かれる。

重要な影響を与えた人物が2人いて

最初の人物は司祭で

嘘をついて人に罪を着せたりするので

信用がなく

仕事も続かないルソーに対し

何度失敗しても励ましました。

— PTSDの試し行動のようなもの

—— ルソーは恩恵と『エミール』で回想

 

門限に遅れ

罰への恐怖から解離性遁走したあとは

本人も神隠し

放浪生活と保護生活を繰り返します。

入退院ではなく

2人目は

15歳の時に出逢った29歳の女性で

実母との関係が転移

最初は救世主のように

ほぼ宗教体験のように回想

2度目は母親のように思い

夫人はルソーの無事を喜び

母のようにルソーにキスをして撫で

「坊や」と呼び

ルソーは夫人を「ママン」と呼んだ。

ルソーは初めて幸福感を味わう。

母親から離れることができない子どものように

不登校で

公的な学校を卒業したことが一度もない。

~ 夫人はしかたなく姿を消す。

このとき

父と再会し

二人は涙を流して再会を喜んだのに

父親と暮らす意思はないことを伝えたのは

アジャセ的錯綜?

三度目に恋愛関係になったあと

ルソーは美男子だったので

女性たちの関心の的となり

夫人がルソーを護るうちに

恋愛関係に

しかし幸福ではなく「あたかも近親相姦を犯したような気持ちであった」と回想

虐待経験や

権力への意思

思考より感情を重視

放浪生活も悪いことばかりでなく

ひとびとの暮らしを内側から知ることにもつながり

「自然が美しい豊かな恵みを与えているのに

それを重税が破壊してしまう」様を目の当たりにし

宗教改革の素地ができた。

死の恐怖経験で

事故がおこり

一時生死をさまよう。

回復せず

身体の変調から死を感じるほど患い

残り僅かの人生だと覚悟してから

元々の読書力を駆使して猛勉強

 

ちょうど

共時性

夫人が18歳の男性と同居するようになったので

自立することが叶い

23歳の女中と恋に落ち

教養がなく

文字の読み書きも満足にできない

素朴さに惹かれた

「決して捨てないし結婚もしない」という条件で

生涯添い遂げます。

すべてのわが子を孤児院に入れたことは

『エミール』を書くときに強い後悔の念をもたらすことになる。

転機となった出来事は

最初の夫人に出逢ったときのように

天啓的です。

生活に困窮しているときに

懸賞論文の募集を知った。

— 「学問及び芸術の進歩は道徳を向上させたか、あるいは腐敗させたか」

突然の閃きが生じて

三十分にわたり精神が高揚して動けなくなってしまった。

「これを読んだ瞬間、わたくしは他の世界を見た。わたくしは他の人間になってしまった。」

不遇な状態は一変

以後次々と意欲的な著作・音楽作品を創作するようになったわけですが

『エミール』が出版される運びとなっても

パリ高等法院から焚書とされ

逮捕状が出る始末

亡命しようと選んだ土地でも迫害がはじまり

居場所はどこにもなくなりつつありました。

人々が好意的で助けてくれたのが救い

精神状態は悪化の一途を辿り

迫害の恐怖に恐れおののき

正気を保てなくなってゆきました。

 

 

 

作詞者は不詳で

ほかにも讃美歌・唱歌・軍歌まであるらしい。

ルソーのオペラ「村の占い師」は

ルソーだから残っているとも

両片思いの男女から

「冷たくなった」

「避けられているようで不安」

個別に相談された占い師が

まさかふたりとも来るとは思わず

「あなたも冷たくしなさい」

「本心を正直に告げなさい」とアドバイスし

 

大団円💕というシンプルなお話です。

 

死を覚悟して猛勉強し始めたころの作品でしょうか。

似て非なる WEの影より 場所は立つ @田辺元への嘆き再び

ジブリの哲学について

長らく考察してきたものですが

ジブリは

このたび

との関係についての展覧会を2つほど

開催するそうです。

禅的なものに通底していると明言されてますね。

白隠さんと言えば

イメージ&アロマテラピーのハシリです。

— 未だこの組み合わせはあまりないかも🤔

ご自分の禅病を癒すために考案されました。

 

スーパー歌舞伎もまた👀

 

なのに…

哲学界では

本家本元

WEターンって?

AIの抬頭で

人類が

なにかと無力感を再認識させられているからといって

Iモードから

WEモードにシフトしましょうって🤔

昔から東洋思想にある

人間は生かされてるってことを思い出せば充分じゃないですか?

ひとりでは何もできない。

とくに赤ちゃんはそうなので

いままでどのくらいの好意のリレーで

生かされているか

有難いか

再認識することで

断食瞑想くらいの効果が期待できるのが

内観療法

 

道元や西田哲学を引き合いに出していますが

なにげに善って書いてるし…

どちらも

どうしようもなさにザブンと沈むことはあっても

どんぐりころころ♪を案じて河合隼雄少年は泣いたらしい。

法華転法華

WEにつながろうなんて発想はありません。

これは悪しき現代心理学の立場じゃないでしょうか。

西田幾多郎が

田辺元を嘆いた

道元論と重なります。

学習効果なし@歴史的身体

 

人類は衰退しました

人類が物質文明の哀れな末路を辿り始めて早数世紀

人類よりも遥かに高度な文明を持つ新たな人類

『妖精さん』が誕生した。

「わたし」は祖父の仕事を継ぐために調停官となり

妖精さんと旧人類との間を取り持つ役目を負うこととなる。

そんな中

クスノキの里では奇妙な出来事が起こり始める。

妖精なども

妖怪学@井上円了 とか

イメージなど心霊上の事実

共存する世界を相手にということでしょうか。

 

アニメで哲学してきた若い人たちはお見通し?

感覚で身についているところが凄い。

光輪や 無意識の底 神は乗る @UFOとWEターンの現象学

あなたもスタンプをGETしよう

 

UFOは存在するか☯存在しないか…🤔といえば

存在するとユングは言いました。

ただし

架空に於いてです。

色即是空 空即是色

物理的実在の有無ではなく
集合的無意識に於いて

 

 

ユングがUFOを“集合無意識の象徴”と見たのも、このズレを示唆していたのかも。

ユングは

UFO(空飛ぶ円盤)を

集合無意識の象徴(またはその投影)として解釈しました。

『空飛ぶ円盤 ― 空に現れるものの現代神話』

Flying Saucers: A Modern

Myth of Things Seen in the Skies

人類の投影によると

冷戦期の

核の脅威や分裂した世界情勢という

不安定な時代背景があり

人々の意識が脅かされるなか

 

集合無意識が

補償的に「全体性」のイメージを空に投影した。

— 世界の自己表現

UFOの円盤状の形は

マンダラ(mandala)で

古代から普遍的に見られる

「全体性・統合・自己(Self)の象徴」

宇宙人ではなく

商業化されたエイリアン船イメージでも

神のイメージでもなく

モノとして

物とこころ

色即是空

乗り物としてのUFOや

神は乗り物を必要とする。

光などを観るのは

伝統的な宗教体験(特に神や天使の顕現)と共通

神(セルフ)のアーキタイプ(元型)と重なります。
救済と恐怖の☯両義性

時代は変わっても

人間というものは

原初的なイメージ(primordial images)を

宗教家でなくても自然に「観る」

根源的に宗教的な存在なのですね。

個人の経験を超え

人類共通の深層に刻まれたもの

さて

令和のUFOですが…🤔

時空こえ 影が影呼ぶ 馬の夢  @蘇我馬子と司馬懿イメージの作られ方

本日は

蘇我馬子が亡くなった日だそうです。

お墓の

石舞台は

『君たちはどう生きるか』のお墓を連想させますね。

たしかに

こころのなかでクーデターが起きるような

生死の場所に主人公は向かいます。

蘇我氏の実名は不明で

一次文書の欠如は古代史の課題

発掘や木簡研究により

日本書紀の記述に疑問が呈されるケースが増えているものの

蘇我氏滅亡後に

藤原氏の影響下で編纂されたもので

蘇我氏を専横な悪役として描く傾向が強い。

氏名の完全な「捏造」については

蘇我氏の歴代名(稲目・子・蝦夷・入鹿)が

— 馬鹿をイメージしているとのこと

藤原氏により貶めるためにつけられたとする説

定説ではないそうです。

奇しくも

昨日は三国志の記事を書いたのですが

司馬遼太郎

司馬遷にあこがれており

中国では

馬🐴は実に縁起のよいイメージです。

もっとも

司馬懿も

司馬遷の先祖

— 司馬懿の孫が司馬遷の父

歴史書では悪辣な人物として名を残していますが

最近の中国ドラマでは

司馬遼太郎の『竜馬がゆく』の竜馬に似せて

歴史に残る優れた軍師なのに

子どもっぽく

つかみどころがない

愛されキャラ

演じさせています。

 

歴史上の人物のイメージについての

古事記は

始めから比喩表現なので不変という特殊

普遍的な問題ですね。

 

AIに訊いてみると

古代日本史研究の

第一人者

日本書紀の現代語訳:井上光貞監訳の

『日本書紀(下)』(中公文庫など)の訳者として

飛鳥・奈良期(継体天皇~持統天皇頃)を担当

蘇我氏関連の記述(馬子・蝦夷・入鹿の活躍と乙巳の変)を

客観的に現代語に訳している。

 

笹山晴生先生におかれましても

1932-2024

東大名誉教授

 

このあたりの蘇我氏の名前(馬子・蝦夷・入鹿)の

「貶称説」や藤原氏による日本書紀でのイメージ操作について

直接的に深く論じた著作は

先の訳書の

注釈で

名前への蔑称的解釈や藤原氏の史料操作を積極的に強調した形跡は薄い。

見当たらないそうです。

バランスの取れた制度史・政治史寄りで

センセーショナルな「陰謀論的」再解釈とは距離を置いていた印象とのことで

さすがお上品

残念…

書いたものがないだけで

なんらかの印象は持たれていたのでは🤔

— 何も思わないということはないような…

歴史的身体 

逆さ川 記憶の舟は 夢を漕ぐ @ジョイスとジブリの神話的方法

6月16日はブルームの日です。

ブルームは

『ユリシーズ』の主人公の名前ですが

たった一日の出来事ながら

— 個性化の時間の特徴

神話的方法による

—  小説のプロットを神話と対応させる。

自己実現物語

— 『ダブリン市民』に収まりきらない大長編小説

—— 一般者と個物

 

ジョイスの人生を祝う記念日

 

本日のダブリンは

神隠しの場所さながらです。

ジョイス好きの人たちが

当時の装いで

登場人物たちと同じ経験を楽しむ。

ジブリパークみたいな🤔

ジョイスは

ダブリンの街が消えるようなことがあっても

この作品があれば復元できると言っていて

十牛図のような小説なのですが

小説のなかで消えるのは

のちの伴侶

6月14日に出会い深い印象を受け

6月15日に会う約束をしたのに現れず

6月16日に再会した自伝的記念日

— 主人公とジョイスが色即是空

神話では父の不在と帰還までの長い試練

神話と違い

ジョイスにとって

自己モデルとなる

「私の好きな英雄」は

キリストでもファウストでもハムレットでもなくオデュッセウス

主人公は孤独で冴えない中年男です。

 

独特の時間の流れの中で

本来の時間だそうですが

街をまるごと100年以上前に戻し

時間は一直線に流れるものではないらしい。

意識の流れの手法などが

ウィリアム・ジェームズが提唱した

「心は途切れず流れる川のような連続過程」という心理学的概念

文学ではジョイスやウルフらの小説に代表される叙述法

実験的に盛り込まれた作品である点など

ジブリもNO宣伝作戦など

純粋経験をさせる装置を仕込んだ。

なにかと『君たちはどう生きるか』と似ています。

 

哲なき術 インコの空に 風止まず@『君たちはどう生きるか』オウム真理教

本日は

ジブリのお誕生日です。

 

オウムとインコの日でもあるのですが

オウム真理教捕り物帳が

OM

梵我一如

神隠しの場所に行くための

開けゴマ🪄みたいな呪文

完成した日でもありました。

2012年

高橋克也が

東京都大田区西蒲田の漫画喫茶で身柄を確保され

オウム真理教事件における指名手配被疑者の全員が検挙された。

ジブリのインコは

マニフェスト!マニフェスト!と連呼し

自己実現しようとする主人公を殺害しようとする

インコ大王と

考える力を無くしてしまい

盲従する烏合の衆のインコたち

 

人間はインコの糞だらけの現実で生きてゆくものらしい。

— セキセイインコは口真似が上手

—— 影響されやすく集団ヒステリーが起こりやすい。

オウムっぽいですね。

哲学のない心理療法とどこが違うのでしょうか。

そういえば…

こんな時代もありました。

そして…👇   (>_<)

哲学をとりもどそう! @歴史的身体

抗ふ身 病みても祈る 風の音@ルターに学ぶPTSD心理療法

本日は

ルター

宗教改革の中心人物

ローマ・カトリック教会からの分離派である

プロテスタントを誕生させた。

結婚し

聖職者の結婚の前例をつくった日です。

ローマ・カトリック教会

独身主義を課していた。

優秀な父親のもとで

一代にして身を起こし

上昇志向が強い。

厳格に育てられ

子どもたちにも

さらに上を目指すよう常に要求

— 今の時代なら児童虐待だったのかも🤔

ルターの神のイメージは

— ユングもここからこころを病んだ。

冷酷で厳格なものとなった。

法律家になるべく大学入学

哲学を学び

成績優秀で父の期待するエリート・コースに乗るかに見えましたが

ロースクールに入学した年に

死ぬような思いをし

草原で激しい雷雨にあい

落雷の恐怖に死すら予感

「聖アンナ、助けてください。修道士になりますから!」と叫んだ。

— この信仰を試された生涯

—— 信仰が義で神の思し召しという考え方

出家するように

両親は反対したが

父の同意すら得ずに大学を離れ

修道士に転進しました。

しかし

弱く小さな人間である自分が

ミサを通じて

巨大な神の前に直接立っていることに恐れすら覚えるようになり

これではどれだけ熱心に修道生活を送り祈りを捧げても

心の平安が得られないと感じ

聴罪司祭の励ましも

ルターの恐れを取り除くことはできなかった。

神を理性で捉えることは困難であるという理解に達します。

ここまでユングに酷似

哲学や

聖書注解の講座を受けもちながら

パウロ

モチーフはたくさん出てくる。

 

ローマの信徒への手紙』における「神の義」の思想に出逢い

ようやく心の平安を得ることができ

この新しい「光」によって

福音と聖書を読み直し

人間の義化に関しての理解と自信を増していきました。

同時に

一般の人々の苦悩も同様と知っていたので

大学で教える傍ら

司祭として信徒の告解を聞いていた。

ルターは、信徒たちもまた罪と義化の苦悩を抱えていることをよく知っていた。そんなルターにとって当時、盛んにドイツ国内で販売が行われていた贖宥状の問題は見過ごすことができないように感じられた。

聖書に書かれていないことは認めることができない」という

入信時から聖書を深く読みこんでいた。

信条のルターは

現在日本の宗教二世の献金のような制度に反対

ドイツ国内で大々的に贖宥状の販売が行われていた。

人々は説教師の周りに群がり

「人間が善行によって義となる」という発想を

証明しているかのようであった。

逮捕を恐れ

逃亡したりしながら自説を曲げず

破門されても

この時期から

父親の姓であった「ルダー(Luder)」を

「ルター(Luther)」と改めた。

聖書に書かれていないことに反対し

カトリック教会で

伝統として聖職者の独身が守られてきた。

数多くの修道者たちに

一般の人に対してバレンタインが行ったように

結婚を斡旋するようになりました。

自身も

41歳の時に15歳年下の元修道女と結婚し

三男三女をもうけ

ルターが暮らしていた修道院で

円満な家庭を築いた。

 

ルター派の総称

プロテスタントは抗議者ですね。

今のキリスト教にこの気概はあるのでしょうか。

 

さすがにこの生涯は

さまざまな病気に悩まされたもので

チフスや傷からの感染症と免疫力は低かったようですが

なぜか

知識がなかったペストには罹患しませんでした。

精神症状としては…

睡眠不足や極度の緊張による頭痛・耳鳴り・便秘

— とくに長く悩まされた耳鳴りは教義と関連があるような🤔

てんかんを疑われるけいれん

— ドストエフスキー型か

 

お城に身柄を隠匿し聖書翻訳に取り組んでいた頃には

極度の孤独感と翻訳作業という精神的疲労で

一過性の幻視幻聴が起こりました。

よく効いたのは

結婚後の食事くらいだそうです。

手料理を喜んで食べることによって体重が増えたが

尿管結石狭心症

幾度の心臓発作痔疾

めまい、下肢の潰瘍痛風尿閉に苦しめられ

直接の死因は

冠動脈硬化症による心筋梗塞

心理療法の源流である

宗教でも

こころの病は

知識で治るものではないことを

証明してくれていましたね。

 

影の足 ふと消ゆる日の 心かな@応挙も影の現象学

本日は

円山 応挙のお誕生日です。

たくさんの作品を遺しているのに

幽霊の絵が有名な

幽霊といえば応挙

謎を解き明かしてみたいと思います。

なぜ足がないと言うのか🤔

 

洋の東西を問わず

また水域・陸域を問わず

世界に広く類似の記載があるということは

西洋でも

人間の肉体が死んでもが死なずに

現世でうろついたり

家宝を守ったり

現世への未練から現世にとどまったりする話は多くあり

霊が他人や動物にのりうつることもあるといわれる

— 心霊上の事実

—— 色即是空 空即是色

普遍的無意識に棲息する生き物であるということですが

幽霊という名前で

お化けではなく👻

 

女性であること

お化け👻で

漫画になると

男の子になるのがユニーク

同一概念では漫画になっても普遍

足がないところが

日本の幽霊の特徴です。

 

幽霊の定義は

① 死んだ者が成仏できず姿を現したもの

② 死者のが現れたもの と

トラウマのようなものなので

旅の僧が傾聴してなだめたり

そうそう都合よく通りかかったりするものでもないので

お寺で一律に施餓鬼供養などを行ったり

琵琶法師の歌や怪談を聴いたり

戦争PTSDと呼ばれるように

~ 平家武者の亡霊が典型で執着を解消して安心すれば姿を消す ~

目に見えないので負の連鎖し続けることがあるので

琴線をチェックでき

類似のトラウマならカタルシスが起きる。

 

イタコさんに相談に行ったりしてきました。

ヒステリー患者さんには

— 常時じゃないから職業にはできない。

口寄せをし出すトキがある。

— なぜそんなこと知ってるの!というような話をし出す。

 

応挙の幽霊は

象徴となり

イメージをつくってしまったので

幽霊というものは

格別おそろしいので

大勢で大笑いするPTSD予防が必要

落語「応挙の幽霊」を生みました。

負の?連鎖

さすがは落語☯で

応挙を左甚五郎のような神格化された名人とし

宗教哲学性を際立たせた。

美の基準が秀逸🤔

「応挙の幽霊の絵は他の絵師とは違う。とても美人だ」

— ブサかわ(☯言葉)じゃなくてかわいらしいじゃなくて怖いらしい(コワかわ)🤔

 

まさに生き物であるわけですが

死に切れておらず

生死のまんなかをさまよう存在ながら

活動?している。

写生派の応挙が

写実的でない幽霊を描き

UFOはユングに存在分析されたが

存在を認められるようになったのが

秋に初公判の田久保元市長や

ネッシーの偽造の場合は…

ユニークです。

人間の祖先が猿と聞くと

— 進化論

クリスチャンは怒るが

日本人は愉快と感じる。

猿の惑星にしてしまったのは困るが…

— 得て公🐒心理士が落とし穴つくる精神の世界

ホンモノの幽霊の絵には凄みがあるそうですが

芸能人は写真より美人と言われたりしますが

「応挙の幽霊は掛け軸から出て来る。

左甚五郎の彫った龍が夜な夜な水を飲みに行くのと同じだ」と描写される。

 

実は

作者が明確な幽霊図はなく

落款が見えにくくなっていたり

— 落款が明確なほど有名でなかったり

弟子が写生したものだったり

偽物だったり… これが一番多い😮

100年前の絵師も描いていたりするのですが

浄瑠璃本「花山院きさきあらそひ」(1673)以降

挿絵に

足のない幽霊(藤壺の怨霊)が描かれているとされている。

この人の作品群は

— ちょっと鮮明すぎる気もする。

アニメのモデルになっているかも🤔

同じく元禄期の土佐光起小町亡霊図

幽霊は

膝までは確実にあります。

これで

香炉の煙説や

時間なかった説は霧消

— しかしネガとして意味をもたせている気もする🤔

足がないと書かれる秘密はこのあたりにあるのでしょうか。

脚がないではなく

ちなみに

足は足首から下

脚は腿から下を指すことが多く

イメージにも明確な差があります。

「足手まとい」「逃げ足が早い」「客足が落ちた」など

人に対する表現には「足」

「雨脚が強くなる」「船脚が速い」など

人以外には「脚」が使われる。

フロイトのそれとしかいいようのないものかな🤔

— ID ES

雨が降る。

誰が降らせる? IT?

 

この絵師は

御用絵師で

一族の

戦死により途絶えた

要職を復興するという悲願を

85年ぶりに復興させ

「土佐家中興の祖」と呼ばれる。

宗教哲学に通じ

息子に継がせ

自らは剃髪、法名を常昭とし法眼となった。

秘伝の

ユングの集合的無意識の図のように

あるいは

禅寺の拈華微笑のように

描画法を遺しているのですが

死の前年に『本朝画法大伝』を書き残す。

中国の画論に通じ

「異国(中国)の画は文の如く

本朝(日本)の画はの如し」と評しています。

吉野裕子先生が

お書きになっていた

幽霊の特徴が

鬼同様

陰陽五行説にあてはめて決められ

集合的無意識に根づいた。

— 共通感覚や常識になった。

絵師たちの間では

どのように共有されていたのかの実際を垣間見るようです。

Xのタイムラインみたいな?

 

干支の動物が陰に隠れてしまうのは

この絵師の作品にも

鶉の絵に猫が飛びかかったという伝承がある。

 

植物の復讐でしょうか🤔

元祖は植物の輪廻なのに

動物ばかり脚光を浴びている。

謎の分化発展@🧠がはじまりました。

さらに探索を続けたいと思います。