十牛図」カテゴリーアーカイブ

『崖の上のポニョ』と十牛図第七図

PTSD研究家翠雨の日記

なぜ
これがあのかわいいポニョと
関係があるかわかりますか?

$PTSD研究家翠雨の日記

『崖の上のポニョ』は
世紀の公案小説です。

漱石の『門』が下敷きです。

つなぐのはソースケ
 宗助と宗介

崖の上と崖の下

一見全く違う物語に
共通【モチーフ】【元型】があります。

悟りの過程も
自己実現の過程も
程度の差があるだけで

メカニズムは同じです。

PTSDになると
禅僧でなくても
公案を解かねばならなくなるのです。
続きを読む

『崖の上のポニョ』と十牛図第七図

PTSD研究家翠雨の日記
なぜ
これがあのかわいいポニョと
関係があるかわかりますか?
$PTSD研究家翠雨の日記
『崖の上のポニョ』は
世紀の公案小説です。
漱石の『門』が下敷きです。
つなぐのはソースケ
 宗助と宗介
崖の上と崖の下
一見全く違う物語に
共通【モチーフ】【元型】があります。
悟りの過程も
自己実現の過程も
程度の差があるだけで
メカニズムは同じです。

PTSDになると
禅僧でなくても
公案を解かねばならなくなるのです。

十牛図十図  社会活動するようになる

PTSD研究家翠雨の日記

存在の不安から
仕方なく始まった
苦闘でしたが

こんなにゆったりしたひとに
変化しました。

太るってことじゃないから
ご安心を!

着物の着方がだらしない?

これはスーパーリラックスを
象徴してます。

かのダライラマみたいな感じかな…

人前でも寛いでるでしょう。

あんな感じ。

不安げな若者
 ―いつかの自分みたいな

近寄ってきます。

偉そうに武勇伝語るんでもなく
先輩づらするのでもなく

非指示で導きます。

導くことで
新しい課題に取り組み始めます。

個性化の過程は
永遠に続きます。
それが生きているということです。
続きを読む

十牛図三図  非指示&自己克服のコード

PTSD研究家翠雨の日記

自分を見失って
不安でした。

なのに
だれも
どうしていいか
教えてくれませんでした。

こんなんじゃ
探せっこないじゃないですか!
と思いましたが

しかたがないので
 ―仕方がないのがコツですひらめき電球
あきらめずに
自分なりに探してたら

みつかりました!

この人走り出してます目
これが大事です。

いくら辛くても
難しくても
自分で発見したら
エネルギーが沸いてくるんです。

それでがんばれるんです。

上から目線で指示しちゃ
これが出てこないし

不安を
抗不安剤で
収めようとしたら
牛が暴れて
大変なことになります。
続きを読む

十牛図六図  影の統合

PTSD研究家翠雨の日記

牛は
真の自己の象徴です。

インドでは聖牛
中国では生活や農耕に
なくてはならないもの

普段は静かだけど
怒らせると
手がつけらなくなり
生命の危険にさらされる
こともある。

トラウマや
ユングの影と考えても
分かりやすいです。

この図のように
人と牛
つまり自我と自己
2つのこころが調和したら
いいのですが

ここまでくるのが
なかなか大変とも
言えます。

でも
ここまでくることが
絶対できるんだと確信して
あきらめないことが
肝要でしょうね。
続きを読む

十牛図十図  社会活動するようになる

PTSD研究家翠雨の日記
存在の不安から
仕方なく始まった
苦闘でしたが
こんなにゆったりしたひとに
変化しました。
太るってことじゃないから
ご安心を!
着物の着方がだらしない?
これはスーパーリラックスを
象徴してます。
かのダライラマみたいな感じかな…
人前でも寛いでるでしょう。
あんな感じ。
不安げな若者
 ―いつかの自分みたいな
近寄ってきます。
偉そうに武勇伝語るんでもなく
先輩づらするのでもなく
非指示で導きます。
導くことで
新しい課題に取り組み始めます。
個性化の過程は
永遠に続きます。
それが生きているということです。

十牛図三図  非指示&自己克服のコード

PTSD研究家翠雨の日記
自分を見失って
不安でした。
なのに
だれも
どうしていいか
教えてくれませんでした。
こんなんじゃ
探せっこないじゃないですか!
と思いましたが
しかたがないので
 ―仕方がないのがコツですひらめき電球
あきらめずに
自分なりに探してたら
みつかりました!
この人走り出してます目
これが大事です。
いくら辛くても
難しくても
自分で発見したら
エネルギーが沸いてくるんです。
それでがんばれるんです。
上から目線で指示しちゃ
これが出てこないし
不安を
抗不安剤で
収めようとしたら
牛が暴れて
大変なことになります。

十牛図六図  影の統合

PTSD研究家翠雨の日記
牛は
真の自己の象徴です。
インドでは聖牛
中国では生活や農耕に
なくてはならないもの
普段は静かだけど
怒らせると
手がつけらなくなり
生命の危険にさらされる
こともある。
トラウマや
ユングの影と考えても
分かりやすいです。
この図のように
人と牛
つまり自我と自己
2つのこころが調和したら
いいのですが
ここまでくるのが
なかなか大変とも
言えます。
でも
ここまでくることが
絶対できるんだと確信して
あきらめないことが
肝要でしょうね。

十牛図第二図と『わらしべ長者』の直観

二図は【見跡】

PTSD研究家翠雨の日記

足跡が見つかりました。
足跡じゃ

牛のものかどうか
わかりませんし

牛であったとして
自分の牛である確証は
ないです。

PTSD克服の過程でも

自分のつかんだ直感が
正しいのかどうか

小耳に挟んだ情報を
信じていいのかどうか…

不安はつきません。

でも…

PTSD研究家翠雨の日記 ←よぶのんさん勝手に使用してます!

第一図で絶望して
牛をさがしている
(真の自己を探している
 自己実現しようとしている)
人の直観

正しいことが
多いように思います。

つかんだものを祈るような
気持ちで
まっすぐに温めてゆくことが
大事だと思います。

わらみたいなもので
なーんだぁ
こんなもの…って
思うようなものが
多いのかも知れませんね。
続きを読む

十牛図第二図と『わらしべ長者』の直観

二図は【見跡】
PTSD研究家翠雨の日記
足跡が見つかりました。
足跡じゃ
牛のものかどうか
わかりませんし
牛であったとして
自分の牛である確証は
ないです。
PTSD克服の過程でも
自分のつかんだ直感が
正しいのかどうか
小耳に挟んだ情報を
信じていいのかどうか…
不安はつきません。
でも…
PTSD研究家翠雨の日記 ←よぶのんさん勝手に使用してます!
第一図で絶望して
牛をさがしている
(真の自己を探している
 自己実現しようとしている)
人の直観
正しいことが
多いように思います。
つかんだものを祈るような
気持ちで
まっすぐに温めてゆくことが
大事だと思います。
わらみたいなもので
なーんだぁ
こんなもの…って
思うようなものが
多いのかも知れませんね。