韓国ドラマ」カテゴリーアーカイブ

解離しなければ、人を切れない斬首人 ~韓ドラ『風の絵師』第十三話

主人公の絵師が
国家反逆罪で
首を切られるシーン

むしろの上に
主人公が
座らされ

執行人が
死刑理由を述べ

人々が見守る中
最後に登場したのは

荒ぶれる大男

大鉈(おおなた)を
振り上げるまえに
したことは…

半分に切ったひょうたんに入った
マッコリ
(韓国のどぶろく
にごり酒)をあおること目
でした。

人間が人間の首を切る

そんな非情なことは
普通はできないんですね。

いくら強そうな大男で
仕事であっても。

こころ
ってものがありますから。

こころを
【解離】させて

自分の住んでいる現実を
物理の世界にするには

こんな大男にも
マッコリが
必要なのです。
続きを読む

笑わないPTSD男児を絵で治療?!  ~韓ドラ『風の絵師』第十四話

主人公らは
ニコリともしない男児を
見せられ
この子を笑わせる絵が描けたら
合格と言われる。
思案に暮れる師を部屋に残し
主人公は
水を汲みに井戸へ
行き、
女中さんたちに
「あの子はいつから
笑わないのですか」
と聞き
旅芸人が街にやってきて
母親と一緒に出かけた後
母親が亡くなってしまったのだが
その時からだという
情報を入手する。
主人公は
閃いたひらめき電球ように笑い
師に耳打ちした。
もうお分かりですね。
母親が亡くなったショックから
笑わなくなった
のです。
PTSDです。
少々ふざけたマンガを描いても
無駄です。
トラウマを溶かすような
絵を描く
のでしょうね。
十五話が楽しみ!

解離しなければ、人を切れない斬首人 ~韓ドラ『風の絵師』第十三話

主人公の絵師が
国家反逆罪で
首を切られるシーン
むしろの上に
主人公が
座らされ
執行人が
死刑理由を述べ
人々が見守る中
最後に登場したのは
荒ぶれる大男
大鉈(おおなた)を
振り上げるまえに
したことは…
半分に切ったひょうたんに入った
マッコリ
(韓国のどぶろく
にごり酒)をあおること目
でした。
人間が人間の首を切る
そんな非情なことは
普通はできないんですね。
いくら強そうな大男で
仕事であっても。
こころ
ってものがありますから。
こころを
【解離】させて
自分の住んでいる現実を
物理の世界にするには
こんな大男にも
マッコリが
必要なのです。

公式とその理解ではなく想像力と好奇心

『冬のソナタ』の第一話です。

冬ソナ=PTSDの教科書と知り、
第一話だけ見てみましたが、
これだけでもいろんなことを
教えてくれています。

チュンサンは高校生ですが、
父親はある大学の数学の教授ではないかとの疑いのもと
講義中の教室に向かいます。

大学生にも難しい問題を
彼は黒板ですらすら解きました。

一般的な解答法ではなかったので
驚いた教授が
「どこで習ったのか。あれ君は高校生じゃないか」と
さらに驚きます。

チュンサンは、数学で大事なのは
「公式とその理解ではなく、想像力と好奇心でしょう」
と答えました。(言葉自体は教授のモットーとする言葉です)

「公式とその理解ではなく、想像力と好奇心」は
PTSD克服にも言えます。

ポニョの記事で書いたように
問題は【公案】並みの難問なのですから
常識(公式はすでに教科書にあるものです)では解けないですね。

そして
難問の解答のしかたに興味はもっても
自分(チュンサン=教授の息子)には気づかず、
どうして問題が解けるのかについて考えようとしない
つまり
ちょっと想像力と好奇心を働かせば、目の前にいる青年が
自分と血のつながりがあるかもしれないと気づきそうなものなのに
これだけ判断材料があるのに!と
チュンサンは失望します。

これも交通事故や記憶喪失に至る原因の1つになっていたかもしれません。

お父さんも【解離】あるいは【否認】を起こしているのですね。

知能とは別のものであることも教えてくれています。
数学の教授ですから
頭が悪いはずがないのに
簡単なことがわからないことがあるという一例です。

判断能力の【解離】
過去のフクザツな対人関係に関する記憶についての【否認】ですね。
続きを読む

『冬のソナタ』の呑んだくれ

『冬のソナタ』に
酔っ払いが出てきます。

飲んだくれて
ユジンに「来い!」と絡みます。
嫌がるユジンに対して
しつこく腕力で連れ去ろうとします。
チュンサンが通りかかって危機を回避しましたが…

警察署で、
酔っ払いはユジンが誘ってきたから
お酒くらいなら一緒につきあってもいいかと思ったんだと言います。

悪い大人ですね。
しかし街中で日常的に起こっていることでもあります。

高校生にとっては事件もショックなら
しゃあしゃあとうそをつく大人もショック
警察官の尋問もショック
父親に電話しなさいとしかられる理不尽もショック
ショックだらけです。

ユジンはチュンサンと一緒だったけど
たった一人で
もしかしたら小学生で
こんなショックを受けている子も少なくないはずです。

PTSD増加の背景がたくさん浮き彫りになってきます。

そして酔っ払いですが…
これも依存症ですね。
依存症の背景にはやはりPTSDがありますね。
何の理由もなく依存症になったりしないです。
最近
父親自死のトラウマから依存症になり
国際的にその重篤度を証明したあと死亡した大臣がいました。

ドラマの呑んだくれも
何らかのつらい経験があったのでしょう。
続きを読む

『冬のソナタ』のチュンサンとポニョ

『冬のソナタ』の続きですが…

チュンサンはユジンと自分がきょうだいかもしれないと知り、
ショックを受けました。

母親は亡くなった父親についての話を避けています。
チュンサンにも父親については不問のまま封印して生きることを望んでいます。
これがチュンサンの家族(母子)の共通の物語です。

しかし父親がいないというのは
寄る辺なく、さびしいものですね。
父親がいる子どもが遭遇しないようなフクザツな思いを積み重ねることにもなります。
(こころに深みは出るでしょうが)

第一話では
事件に巻き込まれたチュンサンとユジンに警察官は
はやくお父さんに電話しなさい、なぜしないか!と怒ります。
最後の最後に二人はぽつり「いません…」と答えます。
ユジンの父親は病死、チュンサンの父親は不明です。

「そんなことで!」と否認しがちですが
また必ずトラウマになるというものでもありませんが、
頭ごなしの否認に再考を促しているような気もしました。
子どもたちのこころは思いのほかフクザツなんですよと。

さみしい思いや複雑な思いをした子は
もはや【母の物語】を共有することはできず
【自分の物語】を生きなければならなくなります。
これが【自己実現】あるいは【個性化】の物語です。

実はポニョも同じです。
父フジモトは人間に失望し、海の底に住んでいます。
そしてポニョを海の底に閉じ込めます。
かわいいからですが、ポニョはそれが嫌で家出をするのです。
続きを読む

『冬のソナタ』はPTSDの教科書だった…

読売TVで『冬のソナタ』の再放送をしてるなあと思っていたら、
今日は最終回だった。

韓流ブームはもう終わったのかなと思っていたけど、
まだまだのようです。

人気の秘密は何かなあと考えてみて

びっくり!

そうっかあ
冬ソナってPTSD物語じゃないか目

幸せの絶頂にいたのに
交通事故で恋人が死亡してしまう。
悲哀のなか気持ちをたてなおして新しく生き直そうとしていたら
死亡したと思っていた恋人が現れる。

叫びしかも彼は記憶喪失&解離により別人になっている。

実は、交通事故に会う前に
解離を起こすほどのショックを彼は受けている。

若き日の母が、出会ったばかりの自分の恋人の父親と手をつないでいる写真を見つけたのだった。
父親を知らず、母も教えてくれないから、密かに父親探しを始めた矢先に出会った恋人が、実のきょうだいかもしれないという事実はあまりにショッキングだ。

ユジンは悲哀に絶えながら現実を生きているから正気を保っている。
そういえば彼女はいつも少し高いところでバランスを取りながら歩くのを好む女の子だった。

チュンサンは、ショックのあまり現実から逃避(黙って海外へ)しようとした結果、
交通事故に遭い、記憶喪失という名の解離性健忘を起こした。

否認したらPTSDに呑み込まれるから、つらくても逃げてはいけないんですね。

チュンサン(罹患者)もつらいが、ユジン(親しい人)もつらい。
また周囲の人間関係も複雑になる。

PTSDの教科書そのもののような『冬ソナ』
PTSD蔓延の世の中で心に響き続けるは当然でしょう。
続きを読む

公式とその理解ではなく想像力と好奇心

『冬のソナタ』の第一話です。
冬ソナ=PTSDの教科書と知り、
第一話だけ見てみましたが、
これだけでもいろんなことを
教えてくれています。
チュンサンは高校生ですが、
父親はある大学の数学の教授ではないかとの疑いのもと
講義中の教室に向かいます。
大学生にも難しい問題を
彼は黒板ですらすら解きました。
一般的な解答法ではなかったので
驚いた教授が
「どこで習ったのか。あれ君は高校生じゃないか」と
さらに驚きます。
チュンサンは、数学で大事なのは
「公式とその理解ではなく、想像力と好奇心でしょう」
と答えました。(言葉自体は教授のモットーとする言葉です)
「公式とその理解ではなく、想像力と好奇心」は
PTSD克服にも言えます。

ポニョの記事で書いたように
問題は【公案】並みの難問なのですから
常識(公式はすでに教科書にあるものです)では解けないですね。

そして
難問の解答のしかたに興味はもっても
自分(チュンサン=教授の息子)には気づかず、
どうして問題が解けるのかについて考えようとしない
つまり
ちょっと想像力と好奇心を働かせば、目の前にいる青年が
自分と血のつながりがあるかもしれないと気づきそうなものなのに
これだけ判断材料があるのに!と
チュンサンは失望します。
これも交通事故や記憶喪失に至る原因の1つになっていたかもしれません。
お父さんも【解離】あるいは【否認】を起こしているのですね。
知能とは別のものであることも教えてくれています。
数学の教授ですから
頭が悪いはずがないのに
簡単なことがわからないことがあるという一例です。
判断能力の【解離】
過去のフクザツな対人関係に関する記憶についての【否認】ですね。

『冬のソナタ』の呑んだくれ

『冬のソナタ』に
酔っ払いが出てきます。
飲んだくれて
ユジンに「来い!」と絡みます。
嫌がるユジンに対して
しつこく腕力で連れ去ろうとします。
チュンサンが通りかかって危機を回避しましたが…
警察署で、
酔っ払いはユジンが誘ってきたから
お酒くらいなら一緒につきあってもいいかと思ったんだと言います。
悪い大人ですね。
しかし街中で日常的に起こっていることでもあります。
高校生にとっては事件もショックなら
しゃあしゃあとうそをつく大人もショック
警察官の尋問もショック
父親に電話しなさいとしかられる理不尽もショック
ショックだらけです。
ユジンはチュンサンと一緒だったけど
たった一人で
もしかしたら小学生で
こんなショックを受けている子も少なくないはずです。
PTSD増加の背景がたくさん浮き彫りになってきます。
そして酔っ払いですが…
これも依存症ですね。
依存症の背景にはやはりPTSDがありますね。
何の理由もなく依存症になったりしないです。
最近
父親自死のトラウマから依存症になり
国際的にその重篤度を証明したあと死亡した大臣がいました。
ドラマの呑んだくれも
何らかのつらい経験があったのでしょう。

『冬のソナタ』のチュンサンとポニョ

『冬のソナタ』の続きですが…
チュンサンはユジンと自分がきょうだいかもしれないと知り、
ショックを受けました。
母親は亡くなった父親についての話を避けています。
チュンサンにも父親については不問のまま封印して生きることを望んでいます。
これがチュンサンの家族(母子)の共通の物語です。
しかし父親がいないというのは
寄る辺なく、さびしいものですね。
父親がいる子どもが遭遇しないようなフクザツな思いを積み重ねることにもなります。
(こころに深みは出るでしょうが)
第一話では
事件に巻き込まれたチュンサンとユジンに警察官は
はやくお父さんに電話しなさい、なぜしないか!と怒ります。
最後の最後に二人はぽつり「いません…」と答えます。
ユジンの父親は病死、チュンサンの父親は不明です。
「そんなことで!」と否認しがちですが
また必ずトラウマになるというものでもありませんが、
頭ごなしの否認に再考を促しているような気もしました。
子どもたちのこころは思いのほかフクザツなんですよと。
さみしい思いや複雑な思いをした子は
もはや【母の物語】を共有することはできず
【自分の物語】を生きなければならなくなります。
これが【自己実現】あるいは【個性化】の物語です。
実はポニョも同じです。
父フジモトは人間に失望し、海の底に住んでいます。
そしてポニョを海の底に閉じ込めます。
かわいいからですが、ポニョはそれが嫌で家出をするのです。