ジブリ『コクリコ坂から』」カテゴリーアーカイブ

PTSD予防でつながるニセ1級建築士問題と『コクリコ坂から』  

詐称が相次いでいるそうですが
 ―15人
天下の
積水ハウスにも2名いて
910件の住宅の設計を
担当していたので
国土交通省は
安全性の確認を指示
積水ハウスは
懲戒解雇し
建築士法違反の疑いなどで
刑事告発するそうです。
 ―『ま、いいか』の一瞬の【解離】が
 大ごとになるとは
 考えないのです。
こういうのが
いきなり倒れてきたら
危なすぎですからね。
$PTSD研究家翠雨の日記如人千尺懸崖上樹のハルカス
『コクリコ坂から』が
建物=こころの
 ―ユングの集合的無意識の現れ
展開になっていますが
$PTSD研究家翠雨の日記
臨床心理士の資格問題と ☚乗り損ねた
建築士の資格は     
似てます。
 ―こういうのをつかんで
 作品にし
 世に問えるのが天才です。
時代の風に乗って
でっちあげた資格で
 ― 第一号は
  何と田中角栄
知的でカッコイイ
イメージがありますが
 ―安藤忠雄は
 西田哲学館作ったし
内容はお粗末で
 
$PTSD研究家翠雨の日記
こういうのの
図面は
なんと引けない。
個性がなく
その癖景観破壊の
 ―アスペルガー的
数十年しかもたない
箱が作れたらよいのです。
 ―人間の扱いも
 だいたいこういう風になってます。
 老衰で死ねません。
 (天寿を完うするのは憧れ)
ただ
地震が来たら
恐ろしいですからね。
臨床心理士も
同じです。
震災などPTSD問題がなければ
「新型うつ病が流行ってますよー」
「精神科がたくさんできてますから
いい時代ですねー」で
済んでいたのです。
 ―被害者は地獄の苦しみですが。
詐称はいけませんが
資格信仰の権化に
ナマズさま(土気)が
「待ったぁ!」をかけたわけです。
あらゆるものが縁起しています。

¥1963  幸先がいいかな

コクリコ坂からの
初講義をして
 ―反応を見ながら
 手直しします。
疲れて
食事をしたら
$PTSD研究家翠雨の日記
 ―消した部分が多く
 空白が目立ちますが
「1963円です」
目がまん丸にニコニコ
若い店員さんのお顔にも
花が咲きました。
コクリコ坂からの舞台が
1963年の横浜だからですが
そんなこと
店員さん知らないですよね。
でもポジティブな想像を
したようですね。
話すときや
書くとき以外は
主観型妄想頭です。
脳波でわかるようになったら
精神病院に送られますね。
$PTSD研究家翠雨の日記

『コクリコ坂から』PTSD克服しても平常底

1つのドラマが始まる前も
終わったあとも
日常はそのままです。
 ―宇宙に行くわけじゃない。
PTSD研究家翠雨の日記
PTSD研究家翠雨の日記
PTSD研究家翠雨の日記
自己実現と言っても
日常にあるわけです。
$PTSD研究家翠雨の日記
十牛図の
9図の
平常底です。
すごく変わったようで
何も変わっていないような
不思議な感覚です。
 ―だって当たり前に
 モノが見えるようになった
 だけですから。
 それがすごいんだけど。
でも
10図のように
人間関係がガラリと変わり
自分も変身してて
次の課題が
立ち現れています。
道ですから
いつまでも続くのです。
個性化の過程ですから。

『コクリコ坂から』健全な人間関係が癒す父母未生以前の面目としてのPTSD

PTSD研究家翠雨の日記
恋愛は
二人の自我だけで
 ―ロボットみたいに
発生するのではなく
PTSD研究家翠雨の日記
両親の人生の影響下にあります。
 ―二人の親は知り合いでした。
 これは象徴的な意味でしょうが。
戦後の混乱は
表面的には跡形もありませんが
子どもの人間関係に
影を落としています。
しかし
苦しみに気づいたお母さんが
 ―生きてれば
 知らないうちに
 誰かを傷つけています。
黙って抱きしめてあげ
 ―海ちゃん号泣
 
  カタルシスですね。
PTSD研究家翠雨の日記
さらに安心できるように
旧友に会いに行きます。
 ―できることをすればよい。
健全な人間関係の中には
無言で伝わる
癒しのメカニズムが
確かにあります。
心理療法なんかより
はるかに自然で
温かいハズです。
何もないような時代にも
存在したのです。
本当にないなら仕方がないけど
ちょっとの工夫で
蘇るなら
思い出すべきです。

『コクリコ坂から』朝鮮戦争PTSDは永遠に

$PTSD研究家翠雨の日記
1950年開戦で
1953年休戦です。
 ―つまりは終わっていない。
 
 北と南は38度線で
 にらみ合っています。
日本は
第二次世界大戦が終わり
戦争放棄しているはずですが
敗戦国で
アメリカからの要請を
断れず
国民に
極秘で戦争協力しました。
完璧な秘密ではないけれど
堂々とは言えない歴史の中で
トラウマを受けた人たちは
 ―メルちゃんのお父さんも
 物資輸送の船の船長をしていて
 命を落としました。
何とも言えない
葛藤を抱えています。
登場人物たちは
饒舌ではありませんが
 ―言葉にできない。
記憶を共有しているので
すぐにつながります。
 ―集合的無意識にある
 朝鮮戦争の記憶
今でも
政府が新聞が伝えない
いろんなことで
 ―医療や原発
複雑な想いを抱えている人が
たくさんいます。
1963年頃の話ですが
現在にも繋がる
普遍性があります。
 ―知らないのに
 懐かしい。
 魂のありかだから。

スクールカウンセラーも『コクリコ坂から』読んでPTSD学ばないとね

創元社の広告ですが
$PTSD研究家翠雨の日記
いじめ対策で
スクールカウンセラー千人増員の
ニュースがありましたから
すぐ本が出てますね。
臨床心理士のみなさんには
久々の朗報ですから
すぐ対応してます。
 ―河合隼雄が死んでから
 ボロボロですからあせる
そして
精神医学づいてますね。
脳や哲学
精神分析で解離を扱うとか
トーンはいろいろですがね。
でも哲学が一番にありますね。
 ―人間的にやらないとね。
 伝統を大事にね。
 新しいものがいいとは
 限らないのです。
そして一番の目玉は
戦後史
コクリコ坂からの
世界です。
$PTSD研究家翠雨の日記
混乱期のPTSD的問題を
まだ引きずっているのです。
ユング的に
PTSDを見ないと
『発達障害支援の可能性』とか  ☚そんなもんないよ!
精神科にリファーさせようとか
そういうのだと
今度こそ
国家資格化の可能性は
否定されるでしょうね。
国民が注目するうなか
結果が出てしまうのですから。
そう言えば
香山リカも臨床心理士で
大学教授で
著書多数だから
コメントしないとね。

『コクリコ坂から』 PTSD究極の分かれ目 克服するかヤクザになるか死ぬか

ヒロインと主人公が
出会う前のシーンですが
 ―よい出会いには
 前段階があります。
 もちろん悪い出会いにも。
$PTSD研究家翠雨の日記
三島由紀夫を
連想させます。
飛び降りるのではなく
自死するのですがね。
 ―それが悪かったのかなと
 今気づきましたひらめき電球
そして
宮崎駿が意識する漱石の
『坊ちゃん』ですが
あるヤクザが
「生まれ変わったら
何になりたいですか?」と
聞かれ
「ぼっちゃんでんな。
ぼっちゃんに生まれたら
こんなことせんでも
すみますやんか」
見かけは全然違う
それぞれに
1つの原理が流れているように思います。
 ―ユングでは元型と言います。

大阪で府立高校3年生がマンションからPTSD解離自殺 無意識の意図は?

遺書はなく
自宅のベランダから
転落
警備員さんが通報し
運ばれた病院で
亡くなったようです。
瀕死だと
理解されたら
 ―悩んでいても
  瀕死に見えなかったり
  するんですよね。 
「おいしっかりしろ!」
「大丈夫か!」と
真顔で
無条件に
救出されますね。
 ―消えかかる意識の中で
 (苦しかったと思います)
 癒しがあったのかもと
 ふと思いました。
哀しい話です。
PTSD研究家翠雨の日記
PTSD研究家翠雨の日記
PTSD研究家翠雨の日記咄嗟に歩み寄る海ちゃん
よくも悪くも
人間のこころにある
魔境に迷い込むことが
伝統のなかにはあるから
 ―如人千尺懸崖上樹
人間関係が
ガラリと変わって
 ―悪の組織に入るとかいうのではなく
人生が展開し始めるような
方法があるのだと思います。
 ―死ぬような思いはしますが
 そこから本当に学んで
 癒しが起こり
 人間が大きくなる。
自殺は
次元の違う解決法で
アクティングアウト
【解離】になります。
そういうことを
どこかで
教えないといけないんだと
思います。

華原朋美さん精神科処方薬断ってPTSD治療 『コクリコ坂から』がお勧め!

$PTSD研究家翠雨の日記
奇行の多い人ですね。
 ―PTSDだから
薬って
病院のかな?    ☚精神科処方で合法
そうじゃないなら  ☚違法
書かないですね。
薬中毒が
PTSDをややこしくしてしまったと
言っているようなものです。
恋愛自体には
罪はないので
 ―二元論ではない。
 お酒とかも同じですね。
$PTSD研究家翠雨の日記
『コクリコ坂から』で
人を恋うる
まっすぐな気持ちを
学ぶといいですね。
 ―宮崎駿が
 お互い尊重しながら
 きちんと向き合わないとダメだと
 書いてた。

『コクリコ坂から』 おばあさんも気遣ってPTSD予防

$PTSD研究家翠雨の日記
おばあさんも
海ちゃんの頑張りをねぎらいながら
辛くないかと
聞いています。
海ちゃんは
自分のこころに気づいて
ハッとした感じですね。
これも心理療法的です。
何も特別な方法じゃないんですが
これがないと
こじれにこじれて
統合失調症みたいにさえ
なっちゃうのです。
これも
PTSD予防装置ですね。
ちなみに
アリエッティの時も
おばさんが
心配してくれてましたが
主人公は
「平気です」と
お利口に答えてました。
 ―自分の気持ちを否認
それで心臓病なんですね。
普通に見える何気ない会話が
こころの健康や
人生を左右します。
日常は大事ですから
平常底と言います。