ジブリ『君たちはどう生きるか』」カテゴリーアーカイブ

悲しみは ビスケと消える 再生へ @カント発達障害論

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子どもの発達について

ピアジェの前操作期:2~7歳ころ

自分の視点や感情を中心に考え

— 他者の反応に無頓着

モノの量や数は見かけの変化に関わらず

一定であるという概念を理解できていない状態

 

例に挙げられる歌ですが

たとえ話であると考えると

ユング的に意味を探ると

深い哲学があるようにも聴こえます。

 

 

ビスケットが

2度焼く

— 陰陽・火気

たべもの

— 取り入れるもの

あるとても大切なおおきなものの象徴と考えると

こころです。

歴史的世界は

『古事記』の神代

1つのものから

破壊と再生を繰り返します。

一柱の神が亡くなると

神々がわらわらと増えてきた

そんな不思議なポケット♪はあるのです。

思議を超えた大事な世界に

スタップ細胞もこんな感じのモノ

不思議なことに

双子のぎんさん

そして

哲学とその現象学が呼応

カントが亡くなった日です。

詩も書き換えられようとしているとは奇遇👀

日本人は

カント風じゃなくて

考えることで人間や社会は変容・発展

西田哲学風にとらえるのです。

日本版ユング心理学

 

考えることでは解決できない

矛盾を抱えた人間というものが

歴史を通じて問いとして顕になってくる。

— 矛盾を解決しようと考えるのではない。

カントが説明する

 精神分析のようなこころのモデル =形而上学

——— 一般論ではないのは承知の上で敢て!

意識野に

意識一般 (誰でもない自己)が見ている。

見ているものもいつかどこかで見たその類のモノ(記憶)

その人自身がいて

真の自己、映す自己

記憶(昨日の自分と今日の自分)なども眺めていて

矛盾を解決する継起として

行為的直観などの働く

絶対矛盾的自己同一の場所があるということが

理論のはじまりなのです。

 

AI西田幾多郎に続き

カント風のものの考え方こそ

ピアジェの前操作期:2~7歳ころ

 

発達障害的なのかもしれないですね(^_-)-☆

次の

具体的操作期になって初めて

具体的な事物や状況に基づいて

論理的に考えたり解決策を見つけたりしようとするようになる。

ビスケットは1つということを疑い出す頃に

こんな歌詞が浮かぶのやも🤔

— 作詞家は映す自己・真の自己

虚無超えし 禅の道行き 西谷忌 @『君たちはどう生きるか』

本日は

西谷啓治先生の

死後も

— 神隠しの世界 @ジブリ

特に

— 考え方(哲学)はいわずもがな

 AIや生命科学など

急速に発展する現代の科学技術が人間や社会に及ぼす影響について

その倫理的な側面を深く考察するための基礎を提供中

お誕生日です。

1900‐1990

偉人にはこういう並びが多いような🤔

そして

久松真一の亡くなった日

1889‐1980

あのユングの家におしかけて💨💨💨

— 癒すには哲学的忍耐力が必須と書いてある。

集合的無意識は超えられるかと質問した人

— ユングの思考の限界を突破させた禅

旧約聖書創世記8:14~17で

神がノアに箱舟からでることを許された日でもある。

AIを包むような世界の哲学です。

大叔父は『神と絶対無』からの着想

— 神のような老賢者の世界 に主人公は降りてゆき突破する。

—— 木や石では満足しない…

心理学なんかそのごく一部ですが

ユングやフロイト、木村敏の精神医学も含めて

— これは心理学だと思う。

当事者も無視できない領域です。

学会のお話かと思えば…

創価学会でした。

— 要するに両者の境界(違い)がいつのまにか溶けていたという話

AI西田幾多郎は

発達障害を起こしているらしいです(^_-)-☆

他の分野はかなり成長を遂げ

専門家の権威は脅かされている。

— 学生も対等に向かってくるけど今のところ論破中

得て公🐒心理師に

クリニックを紹介してもらって

ユングもフロイトも木村敏も知らない

現在の悪しき薬漬け医療

コンサータでも呑ませると

叡智が宿るでしょうか🤔

コンサータを呑まされて

酔っぱらって哲学できない(>_<)

不治となって

ヘンな哲学を継承しているフリをしているのでしょうか🤔

人間の当事者さんに訊いてみよう(^_-)-☆

— 先輩

ナポレオン 傑作生み出す 脱出劇 @理不尽なPTSD克服術

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1815年2月26日

エルバ島から脱出した

ナポレオンの話が出てくる

『巌窟王』は

モンテ・クリスト伯』

実際の事件から着想を得たフィクションに

ナポレオンのエピソードを導入

— 空即是色 即空

PTSD当事者にとって

理不尽なハラスメントに遭って

PTSD予防中

とても勇気づけられる物語です。

あきらめずにいれば

奇跡のようなことが必ず起こるように

— 塔のなかに老賢者がいて必要な道具をすべて与えてくれる。

—— 集合的無意識にある智恵と出会う。

世の中はできている。

作者のデュマと

『レ・ミゼラブル』のヴィクトル・ユゴーは

なんと2月26日生まれ

バルザックとともに

パリの三大文豪と称されていますが

同時代に生きた3人は

ユングと西田幾多郎みたいに

同じものを眺めていた。

— 使用言語と言うことが違う。

お友達ではありませんが

性格が三つ子のように似た

— 西田とユングは精神的苦労人で新学問創設

超俗物な☯豪傑でした。

漱石も

文豪という高尚なイメージとは裏腹に

— 人間くさいともいえなくはないが家族は苦労…

パンクな性格でしたね。

「金」「愛」「名誉欲」といえば

フロイトですが

IDとかESとか

特にバルザックの作品は

追い込まれれば追い込まれるほど

あきらめなければ

創作の原動力になる。

傑作となったそうですよ。

いろいろと時空を超えてリンクする

神隠しの世界があります。

これをどう描くかの違い

 

ナマズ跳ね 石となりて悟る 世の理 @『君たちはどう生きるか』

漱石の日の翌日が

猫の日とはよくできたものですが

 

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どちらかと言えば

😿~ ナマズ ~😿の日です。

 

 

皇室でご研究されるほどの

神道

象徴的なナマズですが

 

禅宗でも象徴的な存在です。

仏教

 

この作品では

主人公は

鯰たちに囲まれ

盛大に煽られ

🐸カエル🐸だらけになり

まるで塔のようになったことがありました。

塔は神隠しの場所

 

感官に🐸還ってゆく🐸ということですが

アリエッティが

集合的無意識に還ってゆくときの川にも

鯰がいました。

ジブリは実際に飼育して研究したうえで

— アニメーターは絵を描くだけではないらしい。

絵にしたそうです。

鯰は土気の象徴で

地震よけになるそうです。

科学の話ではない。

吉野裕子先生に教えていただきました。

石の謎も解けました。

要するに

要石の呪術です。

瓢鮎図の実際は

瓢箪で鯰をとらえるとは

— ナマズのことをと書くのはカエルと鯰みたいな意味があるかも🤔

こういうことだということではないでしょうか。

この作品も

『崖の上のポニョ』同様

公案の模範解答をアニメにしたものでした。

頑なな 石に心と 哲を積む @PTSD哲学

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肩書を拒否した日

得て公🐒心理師とは真逆の立場

漱石には

頑固者とか負け惜しみという意味があり

漱石はこれを気に入って

名前を夏目漱石としたようですが

には

洗う、漱ぐ、漱ぎ洗うという意味があります。

洗った石を砂の上に置いて→見る @箱庭療法

石庭の解釈は陰陽五行説から

出版社が西田幾多郎のアイコンにしたのは

「西田哲学といえばこの石」という視覚的アイコンとし

多くの読者が

「この石を見ると西田哲学が頭に浮かぶ」と感じる時点で

「哲学的アイコン」として機能している。

「木や石」といった無生物にも

山川草木悉有仏性から

主人公に

敢て「木や石」と言わせたジブリ

人間と同じように

宇宙の真理が宿っているという発想があるからで

哲学が

悲哀が

隕石が落ちてくることから始まることもあるし

路傍の石で自傷することもありますが

そうはならないように

悪意のしるしを漱いで

薄氷をふむような祈りの時間をもつことが大事です。

墓にも石(や木)ですね。

水の中というのもあるけど

純粋経験の象徴としての石ですが

『善の研究』の観光名所

「純粋経験」の説明にも石

「ここに一個の石がある」という例を挙げていて

鈴木大拙の言葉にも「石のようであれ」というのがある。

「ただそこにあるもの」

「判断や意味づけ以前のありのままの実在」の象徴

孤独なユング少年も

お父さんが牧師でも解けない

宗教的難題に苦しんでいた。

石で遊んでいたし

秘密の遊びというのがポイント

賢者の石なんて言葉もありますね。

錬金術のお話は自己実現のたとえ話

多喜二忌 時代を映す 君どう生き @PTSDがつくる作風

本日は

小林多喜二さんの命日だそうです。

小林多喜二の生涯を小樽文学館で知った時ショックで資料の前からしばらく動けなかったです https://t.co/SIDYzlmTgo

— うさつめ (@x8Jh6K3jxaBq9SV) February 20, 2026

Wikipediaを読めば

その人生はプロレタリア文学一色という感じですね。

原作に関わった哲学者たちのような

子どもの頃に

伯父の影響を受けながら

過酷な労働者を見て育ったことも

人生観が変わる。

よく似ています。

良寛忌 – 「空」の風吹く 深き哲学 @惨事PTSD予防より

 

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本日は

良寛さまが永眠された日です。

神社の神主の

名主で俳人

長男として生まれましたが

見習い途中の

18歳のとき

全国各地で米騒動が頻発

越後でも天災・悪疫・凶作によって餓死者が出て

村人の争いを調停したり

盗人の処刑に立ち会わされたりして

「この世は救いのない人間がいる哀れな世界」と感じた。

突如出家して

両親の説得を振り切り

曹洞宗の僧侶になりました。

質素な生活をしながら

やさしい言葉でわかりやすく教化し

子どもにはさらに遊戯療法

歌人である点は相続し

号の大愚よろしく

子どもたちとよく遊んだ様子を残しています。

「この里に手まりつきつつ子どもらと遊ぶ春日は暮れずともよし」

こころのケアのコツは

PTSD予防

ありのまま受け入れることでしたね。

地震で子を亡くした俳人への見舞文

災難に逢う時節には災難に逢うがよく候

死ぬる時節には死ぬがよく候

是はこれ災難をのがるる妙法にて候

別に辛いよ~😨と言っても泣いてもいいのですよ。

一休宗純の辞世の句は

「死にとうない」

実弟に形見として送った歌も

うらを見せおもてを見せてちるもみぢ

絶対矛盾的自己同一 一太極二陰陽 のニヒリズム

いろいろに変化しながら

ありのままを見せてきたということですね。

大叔父のイメージについて

ジブリに参照された

西谷啓治先生もご注目👀

グリ下は 神隠す場所 魂の @PTSD予防教育

大阪で殺人事件が起きましたが

中国が日本に行かないようにと勧告するほど

ちょっとややこしい話のようではありますが

 

恐ろしいニュースです。

恐ろしさの核心は

事件そのものではなく

こんな危険な構造傍観されているという事実です。

 

逮捕された男は

キレやすいのに

— 解離人格

ナイフを所持し

— 護身のためという意識

—— 「手負いの熊」

先手必勝とばかりに威嚇する。

重度の加害者型PTSD

 

グリ下という場所について書かれた

新宿の「トー横」みたいなところ

コメント欄は秀逸な現象学です。

ここも神隠しの場所だと思うのです。

ニュースはすぐ消えてしまうので記録しておきましょう。

 

通称グリ下。そこは溜まり場やなく、行き場を失った若い魂が吹き溜まる路上の港や。家を失った未成年、金に詰んだ女、勧誘屋、半グレの下っ端。誰も救われへん代わりに、誰かに拾われる可能性だけが漂う。顔見知り同士の諍いに刃物が出るのは必然や。 理由は軽い、メンツが傷ついた、それだけで十分。行政は遠巻き、警察は巡回、NPOは手が足りん。秩序は薄く、暴力は早い。ここでは年齢は免罪符にならん。弱い者から沈む。今回の一件は事故やない、構造の結果や。観光の光と路上の闇が同じ空気を吸う街。グリ下は場所やなく状態や。 孤独と貧困と承認欲求が同時に点火する。覚えとき、ミナミで一番危険なんは銃でも刃でもない。居場所を失った若い群れや。ここはロマンの現場ちゃう。腐臭のする現実や。

場所論として書かれていますよね。

 

医師が詐欺師になって不正受給してまで

前記事は接骨院で患者さんと共謀の詐欺事件

覚醒剤を買うのですから

この問題に

向精神薬は効かないということです。

この問題に対する標準医療

 

 

PTSD予防教育をきちんとしないからですよね。

スクールカウンセラーや

公認心理師は何をしているのでしょうか。

 

別れゆく 聖なる愛と 時の縁 @聖バレンタイン禍

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バレンタインが

3世紀頃のローマの司祭

ウァレンティヌス

496年ごろから

実際に

エピソードが語られ始めたのは中世

— 日本だと11世紀後半から16世紀後半

恋人たちの守護聖人として崇敬されるようになり

皇帝は

戦士の士気の低下をおそれて

— これも戦争PTSD問題の1つかも

兵士たちの結婚を禁止したが

ウァレンティヌスは

この禁令に背いて結婚式を執り行った。

— 自分の庭から摘んできたばかりの花🥀も贈った。

 

殉教の日を

恋人たち以外に対しても

ローマ皇帝クラウディウス2世のキリスト教迫害下で

キリスト教の信仰を捨てず

熱心に宣教活動を行い

捕らえられても

監獄で

イエスのように

盲人の目を治す奇跡を起こしたので

— 盲目の看守の娘が説法を聴きに訪れていた。

皇帝の怒りを買い

— キリスト教徒になる人が出始めたので焦った。

絞首刑にされたとされる。

バレンタインデーとしたそうです。

 

処刑された日も

最初は死後に処刑されたことになっていたので

前年に改められた。

人物の特定もあいまいで

伝説が何パターンかあり

この日に同名の司教が殉教している。

もう一人の聖職者を含む3人についての

伝説や奇跡などのコンプレックスらしいことが分かったからか

現在のカトリック教会では「聖人」から除外されている。

 

宗派によるようですが

東方教会にはバレンタインデーの習慣が生まれず

宗教的雑食の日本では

何でも拝む。

— すべてが仏なので

殆どの人が意識する日で

流注

古事記の神々のように

バレンタインデーに便乗して

いろんな言の葉が

義理チョコ・チョコレートの日・ネクタイの日

制定され

もともとは

煮干しを食べる日だったことは忘却の彼方に……( = =) トオイメ目

 

恋人たちの間でヒットした信仰であって

ジャニーズ現象みたいなもの

バレンタインの偉業は

人間として

命懸けで正しいことをしたところにあるのではないでしょうか。

 

バレンタインを処刑した皇帝のようなものが蔓延り

 

住みにくい世の中になって

子どもが

学校に行きたがらず

精神科を受診したり

自殺したりする。

— 死因第一位

結婚したがらない人が増えたのは

晩婚化しかも離婚増加

— ビジネスになるほど

それを忘れた報いでしょう。

 

嘆き越え 句と哲学に 我が道探る @おらが春のPTSD予防

 

おらが春』が詠まれた日だそうです。

「目出度さもちう位也おらが春」

小林一茶

幼い頃に母を失い

継母との関係が悪すぎるので

引き離すため

15歳で江戸に奉公に出され

非常に苦しい生活をしていたが

25歳ころから

俳諧師として頭角を現すようになる。

— 個性化の過程

57歳のときの

一年間の出来事を詠んだものが

素朴に詠んだものを

— 生まれたばかりの長女の死去など

作品にしようと推敲中に亡くなる。

没後25年に刊行されたものです。

こころのケアの作用があった

苦難のなか俳諧と出会って

その表現のなかで自己実現

俳諧ですが

当時の俳諧師は

修業中に俳諧行脚するなど

雲水のようであり

俳諧や古典

そして当時の風俗や文化を貪欲に学ぶ。

— PTSDのお勉強

とても宗教的です。

浄土真宗他力本願への

帰依が中心を占めているといわれている。

よく知られた代表的な句は

おおらかな童話のようなイメージですが

名月を取ってくれろとなく子哉

這へ笑へ二ツになるぞけさからは

雀の子そこのけ/\御馬が通る

ゆうぜんとして山を見る蛙哉  …などなど

俳諧師となっても

40代に入るまでは生活は不安定なままで

51歳の時になってようやく定住することになり

俳諧師としても全国的に名が知られるようになった。

52歳にして結婚を果たしても

初婚の妻との間の4人の子どもは全て夭折

妻にも先立たれ

再婚相手との結婚生活は早々に破綻

身体的には中風の発作を繰り返し

脳血管障害(脳卒中)の後遺症

64歳の時に3度目の結婚をするものの

65歳で亡くなる数カ月前には火事で自宅を焼失

故郷でも受け入れられず

本人も故郷に対して被害意識を最後まで持ち続けたといいます。

俳句にも

2万句以上という多作は

こころのケアとしての意味の

切実な必要性を物語る。

苦労続きの人生が反映された

生活苦や人生の矛盾を鋭く捉えた句が多く

反動としての

童謡を思わせる子どもや小動物を詠んだ句

— 宮沢賢治的に

一茶の俳句は「生」をテーマとしていると言われています。

継母との関係は進化した現代的テーマ

故郷の柏原(長野県信濃町)と言えば

記念館も建設されている。

西田幾多郎が晩年に講演した地と

どこまでも西田哲学的なのには

逆に

センセイ曰く驚愕ではない…

驚きしかありません。