ジブリ『君たちはどう生きるか』」カテゴリーアーカイブ

恩寵は 旋律となり 魂照らす @PTSD鎮魂歌『ジュピター』

 

平原綾香さんの『ジュピター』は

ホルストの原曲に

第4楽章「木星」の中間部Andante maestosoの旋律

千足学園の学生であった平原綾香さんから

“私の両手で何ができるの?”

“ありのままでずっと愛されている”

“いつまでも歌うわあなたのために” などの

歌詞をつけることを依頼された先生が作詞

平原綾香さんが歌う。

ロングセラーで

こころのケアにも貢献しています。

大震災の時に

ラジオ局などでよくリクエストされる。

Every day I listen to my heart

ひとりじゃない

深い胸の奥で つながってる

果てしない時を越えて

輝く星が

出会えた奇跡 教えてくれる

Every day I listen to my heart

ひとりじゃない

この宇宙の御胸に 抱かれて

私のこの両手で何ができるの?

痛みに触れさせて そっと目を閉じて

夢を失うよりも 悲しいことは

自分を信じてあげられないこと

愛を学ぶために 孤独があるなら

意味のないことなど 起こりはしない…

 

ホルストも

孤独な子ども時代を過ごし

8歳になるまえに母親と死別

3年後に来た継母は

神智学に傾倒し

— ある意味宗教二世

家庭内の物事にあまり関心を示さず

異母兄弟も含めて「良性のネグレクト」に晒された。

ホルストは神経過敏で哀れであった。

視力が弱かったにもかかわらず

彼が眼鏡の着用を必要としていることに誰も気がつかなかった。

生まれつき病弱で、喘息と弱視に加えて神経炎に苦しみ

それによってピアノの演奏が困難となった。

彼は上手く動かない腕について

「電気を過剰に流されたゼリーのよう」だと述べていた。

修行僧のような生活に導かれ

一部には倹約のため

また一部には生来の性向により菜食主義者、禁酒家だった。

経済的困難は若干和らげられても

自ら課した厳格な規律を守った

 

占星術に関心をもつようになり

メスメルもこんな感じでしょう。

表現がムズカシイのです…

文学などから霊感を得たうえで

当時流行のインド神話

ヒンドゥー教の心霊主義

イングランドの民謡の影響

39歳のときに『惑星』の着想を得たとのことで

 

普遍性が感じられる

どの時代にどの民族が耳にしても…

ローマ神話の最高神は

ギリシャ神話のゼウス

天皇なら北極星(太一)  君が代♪と似た重厚感?

≠ 皇帝

『地球儀♪』もこの系統かな🤔

瞑想的な曲になるというものです。

 

天より石 こころに灯る 古き声 @『君たちはどう生きるか』より神隠しと隕石

861年貞観3年)

易経』の「天地之道、貞観者也」より。

唐の「貞観」も由来を同じくする。

福岡県にある 武徳神社境内に

世界最古の隕石が落下したのだそうです。

「飛石」として伝わる。

5年に一度

公開され

天文学ファンが訪れるとのことですが

 

当時は

科学的な説明がつかない。

大変畏れられ

目撃しただけでも

不吉なものと感じられたりして

自然発生的に

感情を共有し

表現する。

集団的PTSD予防が行われ

阪神淡路大震災後は

こころのケアと呼ぶ。

お祭りの元型になりました。

 

『君たちはどう生きるか』の神隠しの場所も

隕石により誕生したのでした。

 

大叔父は今もここで哲学しています。

集合的無意識

 

隕石は

内からも落下してくるのでした。

自傷行為

集合的無意識の感官であり

火炉のような場所です。

 

 

 

らせんゆく 影とひかりの 気づきかな @精神分析を創始したのはPTSD(ヒステリー)患者さんたち

本日は

催眠をかけるという言葉の由来となった

 mesmerize

フランツ・アントン・メスメル のお誕生日です。

 

大学卒業後に

医学の勉強を始めますが

関心は占星術的な心理学で

博士論文は

人体疾患に及ぼす惑星の影響について』

メスメルは人体の中にも潮の干満があり

その原因は太陽や月の運動に違いないと考えていた。

— ミクロコスモスとマクロコスモスの関連は古くからの哲学的問題

—— ヘンテコに聴こえるけど天皇の象徴性と似た説明

——— 太一は中国の宇宙神の神名 乗り物が北斗七星

独自の心理療法を考案しました。

人体のなかにある

目に見えない流体を

動物磁気と名づけた。

— 自然治癒力を作動させる論理と少し近い考え方

現在はほぼ治療できていないと考えられている

薬物療法しか受けられないので

薬害に苦しむ人たちが知られているのみ

PTSDをたくさん治し注目されると

後述のとおり

ヒステリー患者が多く集まっていたと判明

治療の是非を巡って大論争が起き

ルイ16世科学アカデミーのメンバーたちに判断させました。

 

侵襲的な治療でもなく

例えば薬物療法や電気ショックのように

治る人もいるなら問題はないと思われますが

メスメルが発見したという動物磁気などどこにもないとだけ

見える化できるものではなく

また

メスメルは

シンボル(記号)を使って説明するので

その知識がない科学者には理解不能

結論づけられ

治療がうまくいったとしても

それは想像力のおかげとした。

想像力でも治ればよいのに

— ユング心理学のイメージもこれにかなり近い。

想像力であるという証拠も示さずに

ブームは去りました。

細木数子現象と似たものかもしれない。

— 大絶賛とバッシング

—— 根っこはトラウマ物語

 

その後

患者さんたちは

想像力ではなく

被暗示性のために

ヒステリーは超外向性

言われなくても相手が期待したことを察して動くほど

催眠にかかっていたと判明しますが

これは

健常者に応用できる現象でもあるので

暗示にかかりやすい性質は誰にでもあるから

瞑想状態に近づける工夫をすればよい。

 

ジャネは催眠を利用して治療し

15歳でうつ病となり闘病

哲学教授のまま

解離について研究

心的外傷の意味で  traumaトラウマ)という術語を造語したので

フロイトより先に無意識を発見したとも言われ

ユングにも講義し影響を与えた。

— ミルトン・エリクソンに相当近かったのかもしれない。

一方

フロイトは

ヒステリー患者に対して

権威的な催眠を試みようとして失敗

催眠にかけようとしたが

勝手にしゃべり始め

抑圧がとれて

気づきが起きた症例に出会う。

— これもブロイアーの症例

精神分析学の基礎を築くことになりました。

患者さんが

自由連想法にさせた。

心理学研究も

頭で考えられた弁証法で

機械論的に変遷してきたわけではなく

…ヴントの如きは経験に基づいて推理せられたる知識をも間接経験と名づけ…(Wundt, Grundriss der Psychologie, Einl. §I)。しかしこれらの知識は正当の意味において経験ということができぬばかりではなく、…自己の意識であっても、過去についての想起、現前であっても、これを判断した時は已すでに純粋の経験ではない。真の純粋経験は何らの意味もない、事実其儘の現在意識あるのみである…

ジェームスが「意識の流」において説明したように、意識はその現われたる処についているのではなく、含蓄的に他と関係をもっている。現在はいつでも大なる体系の一部と見ることが出来る。いわゆる分化発展なる者は更に大なる統一の作用である。

ヴントは感覚の性質を次元に併ならべているが(Wundt, Grundriss der Psychologie, §5)、元来一の一般的なる者が分化して出来たのであるから、かかる体系があるのだと思う。

ぼんやりした気づきの萌芽が

メスメルは何もわかっていなかったと思うけど

治療の場所のようなものをぼんやり眺めていた

トリックスター的存在

らせん状に

行ったり来たりしながら発展してきたもののようです。

 

時空を超えた神隠しの場所がある。

 

見牛や 心の景色 立ち上がる @西田幾多郎と南方熊楠

本日は

西田幾多郎のお誕生日です。

おうし座だなと思い

20日まで

確かにおうし座っぽい

昨日がお誕生日の

熊楠の『十二支考』を開いてみると…

牛だけがありません👀

十一支考

熊楠は

寅年🐯の1914年から

その年の干支について

雑誌に掲載を開始し

亥年🐗の1923年までは順調だったのですが

翌24年の子年🐭は

執筆したのに掲載せず

『十二支考』には収録

丑年🐂論考は出来上がらなかったのだそうです。

資料があまりに膨大なため

「全然出来おらず」と弟子への手紙で訴えていた。

亡くなったのは1941年

2019年になって

新聞紙の裏面に書かれた

大きいので一覧できるのが気にいったらしいが

新聞紙でも

入りきらず

収拾がつかず…

腹稿100枚が

「詩文の草稿を心中に組み立てること。また、その草稿」

熊楠の場合、論文執筆にあたって記した自筆のメモ書きがこう呼ばれている。

「中国の古い言葉で、現在はほとんど使われていないが、熊楠には使う」

和歌山市立博物館に所蔵されているのが見つかったのですが

悪筆で判別が難しく

内容は分かっていないものの

熊楠の論文は難解なので

研究に役立つと専門家を歓喜させたのは

西田哲学と同じです。

同じころ

— 2015年  熊楠は2019年

心理学ノートなども見つかり全集更新

哲学館がみつかったノートを復元

私は、こういうビジョンがあったことを知って嬉しくなった。

さて

なぜ牛だけ欠けたのでしょうか🤔

牛と人間のかかわりは密で古く

ラスコー洞窟の壁画は躍動的な野牛

— 2万年ほど前とされる。

ヒンズー教では神聖な生き物

『説文解字』によると

— 最古の部首別漢字字典

天地の事柄は牛を引く耕作に始まる。

— 「物」のヘンは牛

禅宗で真の自己を表すのも牛でしたね。

AI熊楠なら

『十二支考』をまとめ上げることができるでしょうか。

牛だけで全集が出来てしまい

バランスが悪いでしょうか。

一即多の不思議な構造です。

善の研究では

たとえばを打って火を発する以前に、火はどこにもないのである。或はこれを生ずる力があるというでもあろうが、前にいったように、力とかとかいうのは説明のために設けられた仮定であって、我々の直接に知る所では、ただ火と全く異なった或現象があるのみである。それで或現象に或現象が伴うというのが我々に直接に与えられたる根本的事実であって、因果律の要求はかえってこの事実に基づいて起ったものである。しかるにこの事実と因果律とが矛盾するように考うるのは、つまり因果律の誤解より起るのである。

石も重要そうですけどね。

— 原初以来の恒常性を保つものとしての石  金気

たとえ話に牛が採用されていますよ。

同一の意識といっても決して真に同一でない。たとえば同一のを見るにしても、農夫、動物学者、美術家に由りて各その心象が異なっておらねばならぬ。同一の景色でも自分の心持に由って鮮明に美しく見ゆることもあれば、陰鬱にして悲しく見ゆることもある。仏教などにて自分の心持次第にてこの世界が天堂ともなり地獄ともなるというが如く、つまり我々の世は我々の情意を本として組み立てられたものである。いかに純知識の対象なる客観的世界であるといっても、この関係を免れることはできぬ…

見るというときに牛なのでしょうか。

見牛は第三図

— 見性 ~ 立ち上がってくる   …生成AI

影ゆらぐ 夢の底より 策ひとつ @『三国志』司馬懿の読心術と夢分析

司馬 懿

しば い

179ー251

はうるわしい・立派な

魅力的な英雄として描かれていますが

(司馬懿が仕えていた)曹操

操るものは☯司られるもの

司馬懿を大変畏れていたようです。

同じ理由で

日本の思想家にも評判が悪かった。

— 思想を牛耳る人たち

どらまでは

その恐ろしさが

イメージで象徴的に強調されています。

まずは狼顧の相です。

野心や権謀に満ちた危険な人物の相

そのようにみえないように細心の注意を払っていても

—  東洋型チャップリンかも🤔

にじみ出るのは影の『独裁者』タイプ

中国の古い説では

「体は前を向いたまま

首だけをぐるりと後ろまで振り返ることができる相」のことを

「狼顧」あるいは「狼顧の相」と呼びました。


字面通り

「狼のように振り返る顔つき・首の向き」というイメージです。

司馬懿もこのタイプだと噂されていたので

曹操が後ろから恐る恐る呼びかけてみると

狼のように振り向いたそうです。

中国の史書『晋書』宣帝紀

医学的にはありえないので

夢同様

否定 = 殺害

つながる = 結婚 みたいな

外見的な特徴を大げさに表現した比喩でしょうが

ドラマの三国志では毎回狼顧の相を最初に

気弱そうな顔とセットで

信長と秀吉のような関係で

— ヒトラーとチャップリン

前者が亡くなったとき髭を立てる。

象徴的に映し出します。

否応なしに意識させられる。

そして三頭の馬の夢です。

① 槽に飼葉を入れあり

② 三頭の馬が首を並べて一心に食べている。 

イメージは受け取り方も重要ですが

目覚めたときには

強い不快感と不安を覚えたとされます。

ドラマでは「殺意を覚えた」

— 殺意を覚えたのは7回目

これまで殺意を覚えた人物のうち

まだ生きているのは司馬懿のみ

なぜそう感じたかというと

以下、本人の夢分析

は自分の名前なので

しかもる立場にあるのに…

— 言うことをきかないので馬の世話に降格させたこともある。

—— 本性通りに動かし自己実現させてしまった⁈

「自分の築いたものを三頭の馬が食い荒らすイメージ」と直観します。

「これは吉夢ではない…」

「自分の支配や功業を蝕む何かの前兆だ」と本能的に感じた可能性

それで

「司馬父子三代=三頭の馬」が

曹氏から政権を奪うとまで解釈したというのは

脚色ではないかとされている。

— 見た感じもそこまで考えられる人物に見えない。

易者もいなかったので

なじみの文官は退庁

— 当時の文官は陰陽五行説に通じていたハズ

司馬懿には同等の才能があると感じていた。

— 陰陽五行説は哲学なので心理戦にも必須

ドラマでは

周礼に通じていないから

— 周王朝の行政に関する法規 儒教の経典 科挙の試験科目

夢解きはできないと逃げるが

農民でも話すようなことだと無理強いされる。

司馬懿本人に分析させました。

創作色の濃い物語上の設定とされますが…

的外れになっても許してほしいと畏れながら

— たびたびひれ伏し謝罪しながら…(>_<)

夢はこころが生むもので…と

— 華厳経にあるように

3人の軍師を揚げて時間稼ぎ…💦

— 劉備・関羽・張飛 今真ん中と闘っている。

馬じゃない💢オカシイだろ!と詰め寄られて

馬氏の3人を揚げ

— 涼州の馬騰・馬超・馬岱

お前も馬だと窮地においつめられ

人数が足りないとか

命を落として馬の皮に包まれ凱旋することになっても

犬馬の労を惜しまない…と夢談義の攻防も空しく

そのように巧妙なのは

人心術がつかえるからだと脚本家は語らせている。

陰陽説・五行説は

— 『易経』にもとづく易学

「天地と人を貫く理」として受け取られていて

漢代にはすでに儒教の重要経典となり

哲学であると同時に占いの書として広く用いられていました。

馬は

五行で

火に配され

強いエネルギーや上昇力を象徴します。

禅語に見られる

丙丁童子が火を求めにくるといった表現も

干支・五行の象徴を用いて悟りや心の転換を語る典型例で

お孫さんのお名前には

「炎」が選ばれていますよね。

ヒミですが

火見 卑弥呼 イザナミ

奥さんは丙午みたいなイメージの人でした。

中国人の夢分析にも

キリスト教学じゃなくて陰陽五行説と知りました。

影の底 記憶は溶けて 時を呼ぶ @ダリ式PTSDトラウマケアの現象学的方法

本日がお誕生日の

ダリは

根っからの奇人というわけではなく

本当に親しい友人の前では

非常に繊細だったそうです。

気くばりの行きとどいた常識人ながら

— コントロールは内なる闘いだったかも🤔

妻が死去すると

「自分の人生の舵を失った」と激しく落ち込み

引きこもり

絵画制作をやめ

火災を起こしたりしながら

心不全で84歳で亡くなった。

なぜそんなに繊細になったのかということですが

「サルバドール」という名前の兄が

幼くして亡くなったことが

大きな心理的影響を与えたとされ

アドラーの場合などは

たくさんの原因の1つだったが

これ1つでも大きなことだと教えてくれる。

少年時代から絵画に興味をもち

才能も認められていました。

つまり

ダリにとって

アート

現実世界と対峙するための鎧のようなものでありつつ

精神分析からヒントを得た

ギリシアの時代には

単なる新プラトン的であった人体が

秘密の引き出しで満たされていることを示したとして

フロイトの心理分析手法を高評価

現象学的方法論の場所であったようです。

フッサールのように頭で考えるのではなく

「偏執狂的批判的方法(Paranoiac Critic)」を実践

 

それで

積極的に想像力に働きかけることで

個人の心のもっとも奥底に眠っているイメージを蘇らせることを試みた。

代表作『記憶の固執』について

自身の心情を投影させ

「私たちを楽園から駆逐した

生誕についての恐るべきトラウマが描かれている」と解釈

 

時計が溶け

時空を超えた神隠しの退行の世界

人体をたんすにみたて

集合的無意識の層 @ユング心理学

「我々の引き出しの各々から上る多数の自己愛的なにおいをたどるために

ある洞察を説明するのに役立つ一種の寓話」を形成する

— 神話

松葉づえのようなものに支えさせるわけです。

 

クリスチャンに改宗したようですが

妻を

— ダリのミューズであり支配者でありダリのミューズであり支配者

聖母に見立てた宗教画を連作

~ ポール・マッカートニーの母子関係みたい ~

不思議な

「ダリの作品は誰にもわからない。ダリにもわからない」

覚醒と夢想のはざまで見えてくる

 

弁証法の世界には

科学に興味を持っており

異なる分野の科学者が討論する会議を主催したり

学会のポスターを制作するなどした。

特に

当時最先端のDNAに関心を示し

ジェームズ・ワトソン

自伝「二重らせん」の表紙を依頼するため面会

東洋思想的なモチーフもみられます。

麒麟は最後に出てくる聖獣

 『燃えるキリン』

 

 

一太極二陰陽

代表作は

崖の上のポニョと同じ

百尺竿頭 であり

祖師西来意  ~伝統的時空

構図は十牛図の七図

 

翳りゆく 旋律ひとつ 聖(ひじり)の庭 @チャイコフスキー

チャイコフスキーは

ブラームスと7歳違い

バレエ音楽を席巻

作品は多岐にわたるが

「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「くるみ割り人形」の3曲は

チャイコフスキーの三大バレエとして

そのままバレエ界全体の三大作品

— 芸術諸分野に類例の少ない現象

欧米において

日本における『第九』のように

年末になると頻繁に上演される

「くるみ割り人形」は

華やかで効果的なオーケストレーションですが

『白鳥の湖』などは

叙情的で流麗

メランコリックな旋律で

『ウンディーネ』に下書きがありそうです。

水の精の物語をもとに書いたが

— 離人症の世界

破棄してしまったので

一部しか残っていない。

本人が一番お気に入りだったのも

悲壮だそうです。

最後の交響曲である交響曲第6番『悲愴』

初演時は不評だったが

— 虚無感と不吉な終結による

「この曲は

私のすべての作品の中で最高の出来栄えだ」と周囲に語るほどの自信作

音楽教育を受けたのも遅く

幼少から才能が認められ

本人も音楽に夢中になったが

両親は音楽家にするつもりがなく

法律学校の寄宿舎に入れた。

つまらない書記官の生活を送ってから

音楽学校へ

家系に職業音楽家はおらず

先天的な音楽の才能というものではなく

PTSD予防の昇華の結晶という天賦だったということ

軍に関係のある人が多く

曽祖父は初代ロシア皇帝のもとで活躍し有名に

祖父軍医の助手

父親は軍の中佐として鉱山を指揮

— のちに市長

母親には懐かなかったものの

4歳ころには家庭教師になつき

—家庭教師も母親のように感受性に気づき子ども時代を記録した。

母親に代わる精神の拠り所となった。

10歳で

法律学校に寄宿生として入学させられたまま

14歳で

コレラで亡くした時には

まだ40歳

大きな打撃を受け

離れて暮らしていたうえ

母が死んだというトラウマは

チャイコフスキーの心の中に死ぬまで残った。

直後から

こころのケアとしての鎮魂歌

音楽に一層専念するようになり

作曲を始めるようになったとのことです。

最も古い作品

アナスターシャ・ワルツ

— 祖母の名前なのか父親の前妻の娘の名前なのか…🤔

—— 前妻の娘の子どもが孤児になったのを養育したという記述もある。

——— 実母は亡命中に孤児となったので繊細で音楽の才能もあった。

音楽家としては成功しましたが

どの女性にも母親のイメージを求めるので

孤独を好むのに

人懐っこく

過度の愛情欲求をもつ狂気と

家庭教師への手紙で書いている。

結婚はうまくいかず

婚約解消となったり

— 『ロミオとジュリエット』の年

破綻後にストーカー化され

入水自殺未遂においこまれたり…

— 『白鳥の湖』の頃

母親と同じコレラで亡くなったようです。

自殺説などもある。

チャイコフスキーという名前は

ウクライナの伝統的な姓で

カモメを意味する言葉から改めたものだそうです。

いわゆる神隠しのお話 

杞憂より 芽ぶく声あり 春の底 @忌野清志郎版『君たちはどう生きるか』

本日は

忌野清志郎さんが亡くなった日です。

大変カリスマ性のあった人らしく

その存在が神隠しの場所のようになっています。

— 再生のために☯退行して考える時空を超えた場所

 

死後も

ファンの哲学を更新させ

話題のAIについても語ってくれているようにみえます。

お母さんの心配は

18歳の時

① 寝坊で学校に遅刻する。

② バンド活動でプロになるから進学しないと言う。

杞憂だったわけですが

一般には

もっともなことで

やらせてみるとよいとはなかなか言えないものです。

正論であり

やってみなければわからないが…

 

回答者(男性)は

歴史家にして参議院議員の父親と

社会活動家の母親に育てられ

大局的にものを見る。

幼少期は

のんびり屋の動物好きで

母方の祖父母が創立した自由学園小学校すら

よくサボっては

近くの林で昆虫観察をするのが日課だったけれども

両親も放任主義

記者生活を経て

学園には

小学校の卒業証書しかないので

最終学歴は小学校卒業

映画監督になりました。

相談者(忌野清志郎の母親)と

実際に面談しているわけではなくても

忌野清志郎青年を

内からみて

科学的には見えません。

よく眠るのは

学校を休んだ日は一日寝ている。

不安と闘っているからだと

過眠 即 治癒

見抜いています。

本人が一番不安なのに

外から追い打ちをかけ

反発して

自分を見失ってしまうよう仕向けるのは

甘やかしだと指摘

— 不安に耐える力が育とうとしているのをスポイル

行と瞑想で

バンド活動と過眠

お顔に絵を描いて

美大に行かないと言い出した。

自己実現したのですね。

RCサクセション

— The Remainders of the Clover succession(クローバーからの継続)

「King of Rock」「King of Live」の異名をとる。

傷の音 聴きとる手より 道ひらく@ウィトゲンシュタインのPTSD現象学

ウィトゲンシュタインは

ケンブリッジ大学教授となり

言語哲学分析哲学科学哲学に強い影響を与えた人物ですが

4歳になるまで言葉を話すことができず

今の日本なら発達障害の診断ですが

言葉が遅かったからこその自己実現?

その後も

重度の吃音症を抱えていたので

あいだ(人間関係)の病

両親の考えで

小学校に通いませんでしたが

兄弟も多く

8人兄弟の末っ子(兄が4人、姉が3人)

刺激に満ちた家庭環境で育ち

明るい意味では

ロダンやハイネなど

多くのハイカルチャーの名士たちを招き

庇護を受けたクリムトは

姉マルガレーテの肖像画を描いた。

暗い意味では

うつ病自殺の傾向がある家系

4人の兄のうちパウルを除く3人が自殺しており

本人もつねに自殺への衝動と戦っていた。

音楽に傾倒したこともあって

最もラディカルな特徴は「メタ哲学」です。

哲学的著作には

しばしば音楽の例や隠喩が用いられる。

木村敏系

のちに学校に通うようになり

同じ学校の生徒にはアドルフ・ヒトラーがいた

信仰を喪失

ユングなども

宗教的な問いから研究へ

姉から

哲学書を読むように勧められ

学びたいと思った人物のいる大学に進学しようとすると

その人は自殺してしまい

いわゆる哲学の道に入ることを

セルフ(自己)が回避?

航空工学への興味から

宮崎駿系

機械工学や数学への関心を経て

哲学に進むようになるも

この頃には

— 遣唐使時代の空海と似たエピソード

哲学について専門の教育をまったく受けていなかったのに

ラッセルは

少し話しただけで

即座にウィトゲンシュタインの類い稀な才能を見抜いた。

但し

見知らぬドイツ人が現れた。頑固でひねくれているが、馬鹿ではないと思う。

学界では学問にならないと感じ

学者たちに囲まれたなかでは

最も根源的な問題に到達できない。

ノルウェーの山小屋に隠遁

研究に没頭する日を送ったけれども

学位論文が書けず

先行研究の引用がないなど

論文の規定を満たさない。

学位も友人も失い

才能を見込んで間にはいってくれた友人に

「どうしてそんなくだらない規定があるのか」
「地獄へ落ちたほうがマシだ」
「さもなければあなたが地獄へ落ちろ」と罵倒

取り戻すのは15年後

兄が重傷を負ってピアニスト生命を絶たれたと聞いては

共感能力があるのかないのか微妙な人物

「こんなときに哲学がなんの役に立つのか」との疑問に陥り

しばしば自殺を考え

トルストイによる福音書の解説書や

ニーチェの『アンチ・キリスト』などに救われたりしながら

信仰の念を強める。

小学校の教師や

庭師をしたり

絶望の淵にあって

修道僧になって世捨て人として生きようとしたが

動機としては不純であると諭された。

家を建てたりして

建築業者泣かせの無理な注文

ユングも晩年に塔を建てながら瞑想した。

精神を回復させる人生だったようです。

当事者研究@臨床心理学

学界となじまず

「いま何時ですか?」と聞かれれば答えやすいが

「時間とは何ですか?」との問いは

— 事実上の答えがない。

問題たりえておらず

哲学者がかかずらうべきほどの問題ではないから

そういう議論は意味がないと拒絶

生前に出版された著書も少ないのですが

学問的体裁が整いにくい…

生き方に浮かび上がる哲学が支持されているのではないでしょうか。

例えば

小学校の教師時代は

教師というより

本人が

不適応を起こしたまま

— 暴力教師

子どもたちのこころの傷から

深く学んでいます。

紙の上の知識よりも

子供たちが自分で好奇心をもって見聞を広めることを重視

理科の授業では

猫の骸骨を生徒と集めて骨格標本を作ったり👀

夜に集まって天体観測をしたり

顕微鏡で道端の植物を観察させたり

銅鉱山や印刷所、あるいは古い建築様式をもつ建築物のある

ウィーンなどへの社会科見学もたびたび行なった。

無骨なまでに

きわめて厳格で

覚えの悪い生徒への体罰をしばしば行なう

トラブルメーカーで

狂人扱いののち辞職に追い込まれる。

現象学的に生きたようです。

ある女の子に対し

いつものように体罰を加え

字を誤った理由を問いただしたが

黙ったままなので

「病気か」と尋ねると

女の子は「はい」と言った。

ようやく現象のなんたるかに気づき

女の子に涙を流して許しを請うた

— アジャセ王みたい…

自己治癒の生涯から得た

哲学者は

哲学的命題を扱う職人であるよりは

むしろ苦悩や混乱を解決するセラピストのようであるべきなのだ」との

メタ哲学は

現代臨床心理学が取り入れるべき

現象学ではないでしょうか。

田辺元のみた

フッサールの現象学じゃなくて

土の息 弁証法より 影あがる @黒沢 明『七人の侍』のPTSD哲学

あなたもスタンプをGETしよう

日本らしい映画とされる

世界で最も有名な日本映画のひとつ

『七人の侍』には

生きることについての哲学がありそうです。

生の哲学とは

人間や世界を

「理性や概念」よりも

「生きられている生命の流れ・衝動・感情」から理解しようとする

近代哲学の潮流

生きる』の撮影中に発案されたもので

「『七人の侍』の息が長いのは

演出スタイルが華麗であるからではなく

皮肉なスタイルを交えながらも

人生と人間らしい心を強く肯定したメッセージが

高らかに宣言されているからである」

ロサンゼルス・タイムズ紙のケヴィン・トマス英語版

複数カメラや望遠レンズの効果的使用

ジブリはDolby Visionの映像など

緻密な編集技法などを駆使しながら

前半部と後半部の間に

5分間のインターミッション(途中休憩)を含む上映形式

前半部では主に侍集めと戦の準備が

後半部では野武士との本格的な決戦が描かれるが

「侍集め」、「戦闘の準備(侍と百姓の交流)」、「野武士との戦い」が

時間的にほぼ均等であり

3部構成のような2部構成

ジブリ作品もモノローグで区切られた

神隠しの時間

既存の考えられた時代劇の

哲学界における

考えられた哲学に相当

— フッサールの現象学やカントの捉え方

安易なつくりかたを排し

歌舞伎の影響を強く受けており

殺陣は

歌舞伎的に立回りの形を美しく演じるもので

衣装や風俗なども歌舞伎で美化されて変形されたものが多かった。

役者も「時代劇の演技をするな!」と徹底的に指導された。

— 時代劇はこういうものだというイメージを壊す。

歴史的身体に忠実に

今の時代劇で一番いけないのはあの「形式」です。

あれはみんな歴史的な事実を無視し変形した

カブキからの型なんだ。

動作も服装も小道具も

カツラの形までみんなコシラエものなんだ。

あれは一度

正確なものを考え直すことが必要だね。

— 黒澤明「私の作品」

これまでにはない徹底したリアリズムを確立したことが評価されました。

「本物の時代劇」を作ろうと考えた

リアリズムといえば生活ですから

最初は

城勤めの下級武士の平凡な一日を描く

侍の一日という作品を構想したのですが

特に食生活が把握できずに断念し

現在は

今の食生活と全く違うために

驚異的な心身を保っていたことが判明している。

— 断食で読める神隠しの世界

浪人が

全国を旅して回る雲水のような立場

「宿泊先の道場や寺院がない場合は

百姓に雇われて飯と宿を与えてもらう代わりに

盗賊などから村を守っていた」という史実をつかみ

百姓が侍を雇うという無茶ブリ風とみえたストーリーの根幹が誕生

この関係も一枚岩ではないことを示し

— さらには代官やプロが役に立たないという普遍性まで

長年にわたる双方の感情をぶつからせる

ダイナミックな弁証法

脚本執筆は

黒澤を含む3人の弁証法的な方法での

Aが初稿を書き

AとBが根本的に書き直し

同じシーンを書いたものを

Cが判定して良いところだけを取り完成すると

次のシーンに移るという形

真剣勝負の連続だったそうです。

鬼気迫る

緊迫感は

お茶を運びに来た女中も怖くて部屋に入れないほど

黒澤が愛読した

トルストイの長編小説『戦争と平和』と

アレクサンドル・ファジェーエフの長編小説『壊滅』

ドヴォルザークの「新世界より」の影響を受け

撮影期間中に何度もこの曲を聴いて

野武士が襲来するシーンなどのイメージを膨らませていた

アメリカ西部劇のスタイルを意識していたそうです。

馬が駆けるシーン

人魚姫がポニョに

矢の羽の撮影には苦心したようですが

時間論の哲学の比喩によく使われる。

アニメでは簡単でしたね。

主役は二人で

そのうちのひとりのトラウマ克服物語ともなっていて

名前や身分を偽って参戦したが

トリッキーな活躍をし

クライマックスで

赤ん坊のいのちを救いながら

出自を語り号泣

『源氏物語』等同様

十牛図の哲学

ラストは主人公なき

何事もなく

一大事なのに

なにも変わっていないような

トラウマが癒えたあとの感慨

ただもとに戻っただけ…に見える だけ

日常あるのみです。

つちくれが4つと

陰陽五行説的象徴を置く。