十牛図」カテゴリーアーカイブ

てんてんの「十牛図」入門でツレのうつが治らない

$PTSD研究家翠雨の日記
マイナス思考で
ずっと迷い続けてきた著者が
自信をつけ
迷わなくなるまでの半生を描いたら
その過程は
禅の教えである
十牛図
(悟りを開くまでの道筋を十枚の牛の絵で例える)と
同じだった!?
ユング心理学的には
そうですが
 ―発達障害研究に走った
 ユング派が
 投げ出した問題
 「1つの見方をしないほうがいい。
 いろいろあったほうが
 豊かになる」なんて
 1週間前言う奴がいて
 落胆した。
こういう人ですからねぇ…ダウン
$PTSD研究家翠雨の日記
牛追いかけてないじゃない!
 ―問題に向き合っていない。
 3者バラバラ
目からウロコが落ちて
見えたのが
大野裕かい?
哲学を我田引水すると
毒が回って
治らないのは
昔からの常識です。
そういう世に住む
未治療PTSDは
多いです。
 ―キレながら
 開き直りブログ書きながら
 (UP-DOWN激しい)
 思想語ったり
 支援活動したりしてます。
 体裁だけまねしても
 信用がないのがわからない。
 
この人の場合は
ツレがうつで
この人が
「あーだ、こーだ」
うるさいから
治りません。
 ―発達障害児の親に多いタイプですね。
 妙に元気です。
 否認してますからね。

『アリス・イン・ワンダーランド』も十牛図的PTSD克服の過程

PTSD研究家翠雨の日記
白兎を追いかけて
 ―夢中で
 いつのまにか
 気がついたら
落ちた穴の中は
独裁者赤の女王による
恐怖政治の世界です。
 ―恐怖の家族的無意識
 機能不全家族の
 ルールは
 非常識な宗教みたいです。
たくさんの人が
苦しんでいます。
そして
実はアリスは
予言された伝説の救世主でした。
$PTSD研究家翠雨の日記
『十牛図』も
牛を追いかけて
無意識的世界に
迷い込みます。
そして最後は
支援する側に変化します。
 
$PTSD研究家翠雨の日記

ダンテ『神曲』と十牛図PTSD克服パスポートは孤独

何気に発見
ひらめき電球
$PTSD研究家翠雨の日記
$PTSD研究家翠雨の日記
似てますね。
不安で心もとない
孤独感を
ごまかさず
存在することは
容易ではないけど
大事ですね。
若い人も
言わないだけで
みんな不安を共有しながら
不必要で妙な煽りに
怯えています。
自分の存在不安を
否認し
そういうことで
潜在的可能性を
かさ上げしようとする輩は
最低ですね。

PTSD治療の要は観えない自己治癒力を大事にできるかどうか

$PTSD研究家翠雨の日記
十牛図の最初
不安そうですが
これが
「発心」「発菩提心」
悟ろう、自覚しようとするこころの
起こりです。
 ―自己治癒力が発生してます。
自我が弱いと
ここで逃げ出す。
  ―ここで弾き飛ばされた果てが
 PTSDです。
  逃げ出しつつ
  十牛図をファッションのように
  語るブロガーも多しあせる
要するに
ここにい続けることができるか否かに
かかっています。
 ―わからなさやどうしようもなさに
 耐えられるか。
 人のせいにせず
 自分の問題として
 引き受けられるか。
似非治療者は
精神科を勧めたり
 ―問題を複雑にし
 致命的にする。
 今はそのスピードが速い。
校長先生あがりの
説得型カウンセラーに
人生論を語らせる。
PTSD治療は
自己治癒力が観えるかどうかに
すべてがかかっています。

『十牛図』はPTSDの【解離】から自己実現へ

$PTSD研究家翠雨の日記
考えてみれば
第一図は
「力尽きて
神疲れて
もとむるに処無し」

解離するほど
こころ(神経)が疲弊して
どうしていいかわからない。
それが
自己実現や悟り
自覚のはじまりです。
これが
【発心】【発菩提心】であり
自己実現しようとするこころです。
勢いのよい言葉に
勘違いする人が
多いのですが
意識で
「がんばるぞ!」
「自己実現するぞ!」
「昇華する!」
なんて言ってるうちは
全然ダメなんですね。
 ―これは【否認】【抑圧】【知性化】
わからなさを
自分の問題として
引き受ける覚悟が問われています。
 ―「自分しかわからない」と威張りつつ
  専門家攻撃する甘えの
  根源は1つです。

被災地に多発するPTSD解離性飲酒運転の原因は『十牛図』の【不安】

解離行動は
PTSDで起こる
 ―心的外傷後ストレス障害
わけですから
ストレスが原因ですが
自覚の高い
被災者によれば
ストレスの原因は
不安
のようです。
しっかり活動し
啓蒙活動されていても
時々
自分は廃人か?と思うくらい
落ち込むとのことです。
$PTSD研究家翠雨の日記
考え方が
これまでとガラリと変わり
 ―役立っていた知識など
 すべて無効
もはやTVのお笑いなど見ても
楽しくなく
笑えない心境
『十牛図』の第一図に
紛れ込んだ人の心境です。
 ―不安は自己実現のパスポートとか
  これまでのように
 お気楽に言えなくなりました。
 もちろん薬で抑制するのは
 大間違いです。 
厳しさが伝わってきます。

PTSD勘違い自己治療への処方箋『夢見るゾウ』

成功法則書を読んでも
人が成功しないのはなぜか?
「人生を変えよう」と
夢ばかりデカく
 
 ―押尾男の条件
  ストレスあると逃げてしまうのが
  玉にキズあせる
何かを始めても
全部三日坊主ではだめですネ。
 ―「あ、私はニーチェだ!」  ←誇大妄想
  「服喪追悼か。
   いい言葉だな。
   私もやろう」
  昔話の
  ★よいおばあさんと    ←コツコツまじめ
  ★欲深いおばあさんみたいな   ←わがまま
  構図です。
甘えも禁止です。
 ―自分は変わらなくても
 だれかが助けてくれるし
 助けるべきだとかいう幻想で
 攻撃に終始
 抗精神病薬の後遺症ですね。
  夢破れて
  悪思考のみ刻印されている状態。
ゾウの姿をした奇妙な生き物が
ニートのように住みつき
師匠面してますが
なーんにもしてくれません。
 ―実はこれ
 究極のサイコセラピストの象徴です。
 あんみつ(甘いもの)好きで
 主人公を観察しながら
 自分が食べます。
 甘えの脱感作ですかねニコニコ
 悪口じゃなくて
  ―そういう意味で悪い奴もいますがあせる
 余計なことをせず
 人を導くのです。
 『十牛図』のラストの老人も
 このモデルです。
$PTSD研究家翠雨の日記
慢才で示そうと
意識されたそうですよ。
 ―ボケと突っ込みは
  陰陽五行の
  一太極二陰陽
  リセットの法則です。
ベストセラーには
法則がありますニコニコ

PTSDは看病という名の見性で治癒する

PTSDは
治療ではなく病で治る。

仏教ではそれを【見性】と言う。

「探そう、探そう」とするのではなく
「どこにあるのですか」と
人に質問するのではなく

ただ素直に前を向いていたら ←これが極意

オーダーメイドのプログラムが  ←セルフからの
現実に立ち上がってくるから
それに対応してゆけばよいのだ。

PTSD研究家翠雨の日記

実際のやり方はいろいろである。

明恵上人は
PTSD研究家翠雨の日記

夢を記録し続けた。

私のクライエントは
基本的には箱庭を置くし

設備のない場所なら
絵を描く。

落語家は
おろかな人物になったり
賢人になったりしながら

PTSD研究家翠雨の日記

自己と対話

$PTSD研究家翠雨の日記核心

核心に還っていく過程を
示してくれている。
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PTSDは看病という名の見性で治癒する

PTSDは
治療ではなく病で治る。
仏教ではそれを【見性】と言う。
「探そう、探そう」とするのではなく
「どこにあるのですか」と
人に質問するのではなく
ただ素直に前を向いていたら ←これが極意
オーダーメイドのプログラムが  ←セルフからの
現実に立ち上がってくるから
それに対応してゆけばよいのだ。
PTSD研究家翠雨の日記
実際のやり方はいろいろである。
明恵上人は
PTSD研究家翠雨の日記
夢を記録し続けた。
私のクライエントは
基本的には箱庭を置くし
設備のない場所なら
絵を描く。
落語家は
おろかな人物になったり
賢人になったりしながら
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自己と対話
$PTSD研究家翠雨の日記核心
核心に還っていく過程を
示してくれている。

【十牛図】によれば、PTSD治療後に人助けをするようになる

『歎異抄』第四章でも
親鸞が同じようなことを
述べています。

「困っている人がいると
何とか助けてあげたいと
思う。

これが聖道の慈悲
自力の慈悲だ。

だが残念なことに
私たちは思うように
助けられない。

限界がある。

むしろ
自分が往生し
仏となってから       ←トラウマ氷解後
思うがままに救済すべきだ。

遠回りなように見えるが
この浄土の慈悲の方が
より優れた慈悲なのだ」

【顔施】なんてのも
  ―笑顔が人を元気にする   ←赤ちゃん
ありますから
分相応な人助けは
誰にでもできますが

PTSD克服中は
それどころではありません。

【十牛図】のことを
少し前に書いて
PTSDの完成形は
こうなると
書いたからか

「無理!」
「やる気なくなる…」など
お叱りの言葉を頂戴しましたが
そのとおりです。

克服後に
第十図メタボおじさんみたいに
こころが豊かになり
外界に慈悲があふれ出すと
言ったつもりでしたが…

ここにお詫びいたしますしょぼん
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