先ほどから
日米で
トラウマの超え方に
違いがある
なんて話をしていますが…
日本の場合の
アジャセコンプレックス
とんでもない甘えが許されて
初めて自覚が起こり
反省する
という件
下手すると
反感ものでしょう?!
素朴な感想として
最もだと思います。
しかし
日本人は案外打たれ弱いんですね。
なので
悪いのは悪いし
間違っているのは
もう疑いようのないこと
なのですが
そんな状況にいても
バッシングされたりすると
まず
自分がかわいそうになってしまうことが
多いようです。
自分がかわいそうという気持ちで
一杯一杯
こころに
開きスペースはゼロです。
ここに反省の起こりようはないです。
究極の場合は
バッシングが【急性ストレス障害】を生み
【解離】が起きて
ますます会話が通じなくなります。
ここでは
正論が無効なんですね。
正論で攻めれば攻めるほど
相手の【解離】がきつくなるでしょう。
急がば回れ!
傾聴しかないんですね。
結局は…
鬼刑事でもそうでしょう。
カツどんくらいは出すでしょう?
そしたら
ほろりとして
しゃべってしまったりするでしょう?
アジャセマジック!
かな…
「哲学・宗教・倫理」カテゴリーアーカイブ
トラウマ対処法日米③
厳密には
日米でなく
日欧の比較になりますが…
西洋人には
エディプスコンプレックスが
あり
日本人には
アジャセコンプレックスがあります。
エディプスコンプレックスの
背景には
『ギリシア神話』
アジャセコンプレックスの
背景には
『観無量寿経』
あるいは
親鸞の
『教行信証』
があります。
コンプレックスの
解消において
西洋では
『罪と罰』
罪には罰ですが…
ギリシア神話の
エディプスは
盲目になることで
自分を罰し
放浪しますが
彼一代の問題で済まず
子どもたちも巻き込む
文字通りの悲劇です。
対して
アジャセは
母親への
とんでもない
甘えが
いろんな問題を起こしますが
それを罰せられるのではなく
許されることで
本人の
心からの反省が起こり
救済されます。
夢物語のようですが
これが
日本人の
コンプレックス解消の
理想です。
いわゆる
きれいな治り方でしょう。
身体の傷も
自然治癒力が充分活かされた
治療ではきれいに治りますが
あんまりムリすると
ケロイドになりますね。
トラウマも
文字通り向かい合うのではなく
子どもを護るお母さんのように
包み込みながら
溶かす方法があるような
気がします。
キーワードは
非暴力です。
トラウマ対処法日米②
アメリカのお母さんは
半分お父さんですね。
合理性から
まず子どもを
後ろにやるだけで
第一は
敵対の意識ですね。
浮かび上がってくるのは
日本のお母さんの
非暴力かな
ガンジーみたいですね。
敵対して
戦わないんですね。
でも
子どもは護りたい。
だから自分が
抱きしめる。
本能的行動には
無意識的な
宗教観・哲学観が
顕著だと思います。
「無宗教です」
と思っていても
何も知らなくても
人間は
存在自体が
宗教的・哲学的存在だと思います。
トラウマ対処法日米①
朝日新聞の天声人語にありました。
子どもを連れた母親が
危険に直面したとき
日本のお母さんは
たいてい
わが子を抱きしめて
うずくまる
防御姿勢を
とるのだそうです。
対して
アメリカのお母さんは
まず
子どもを後ろにはねのけ
敵に直面して
両手を広げて
仁王立ちになるのだそうです。
子どもの護り方にも
文化差があるのですね。
トラウマの超え方にも
それは言えるような気がします。
大地震の被災地に「千羽鶴」は必要か?
アメーバニュースに
この問いかけが
ありました。
2010年1月12日に
ハイチ共和国で起こった
マグニチュード7.0の大地震は
地震の規模が大きく
ハイチの政情不安定に起因する
社会基盤の脆弱さなどから
死者は20万人に及び
単一の地震災害としては
空前のものとなってしまいました。
崩壊した刑務所からは
受刑者4000人が脱獄し
首都ポルトープランスでは
混乱に乗じた略奪行為が発生し
ハイチ政府は
1月17日には
非常事態宣言を発し
午後6時以降の夜間外出禁止令を
出すなど
いまだに混乱状態が続いています。
一方で
世界の多くの国々から
人的・物的・金銭的な救援の手が
差しだされています。
そんな中に
日本のmixi内で
千羽鶴を送る活動が始まり
議論を呼んでいます。
「食糧不足が取りざたされる地域に
千羽鶴を送る意味があるのか」
「阪神・淡路大震災の経験から
千羽鶴は必要ではない」
「千羽鶴は
加熱調理の種火や放火程度にしか
使われない」
「千羽鶴を運ぶスペースに
医薬品や食料を詰め込むことが
被災者の望みである」
現地からは
「理解は難しい」
「宗教的な事情もあり配慮が必要では」
国内のPTSD支援も同じだと
思います。
上から目線で
こちらの常識を
押し付ける。
よかれと思っていても
偽善になることは
ありますね。
PTSD罹患者は
痛みを知っている分
他者配慮性が高く
(高すぎて振り切れることは
あっても)
表向きは
拒否しないことが
多いですが
【ひきこもり】と【摂食障害】は
精神的に高貴で
案外
拒否する傾向が高いです。
浅田真央選手の心理学
朝刊で
浅田真央ちゃんが
今後の抱負を語ってました。
印象的だったのは
「心理学を学びたい」
でした。
平坦な道を歩いていると
心理学とか
要らないですよね。
何か
とてつもない
大きなものに
ぶつかったとき
気になってくるものだろうと
思います。
西谷啓治ら
哲学者も
そう言ってます。
そして
そういうときには
スポンジが
水を吸い込むように
内容が理解できると
言われています。
殆どの
精神科医や
臨床心理士には
心理学が
まだひとごとなのかな?
自殺対策や
無意識も含めたこころの研究を
放棄して…
こんなに切羽詰まった
問題なのに…
真央ちゃんは
マラソンやティラピスのほかに
ヨガにも関心があるようです。
かつての
まじめな研究者が
命を賭して
取り組んだ
心身霊に対応する
心理学を
(もはや心理学ではないかも知れませんが)
是非
学んでほしいと思います。
そして
きっと
できると思います
続きを読む
大地震の被災地に「千羽鶴」は必要か?
アメーバニュースに
この問いかけが
ありました。
2010年1月12日に
ハイチ共和国で起こった
マグニチュード7.0の大地震は
地震の規模が大きく
ハイチの政情不安定に起因する
社会基盤の脆弱さなどから
死者は20万人に及び
単一の地震災害としては
空前のものとなってしまいました。
崩壊した刑務所からは
受刑者4000人が脱獄し
首都ポルトープランスでは
混乱に乗じた略奪行為が発生し
ハイチ政府は
1月17日には
非常事態宣言を発し
午後6時以降の夜間外出禁止令を
出すなど
いまだに混乱状態が続いています。
一方で
世界の多くの国々から
人的・物的・金銭的な救援の手が
差しだされています。
そんな中に
日本のmixi内で
千羽鶴を送る活動が始まり
議論を呼んでいます。
「食糧不足が取りざたされる地域に
千羽鶴を送る意味があるのか」
「阪神・淡路大震災の経験から
千羽鶴は必要ではない」
「千羽鶴は
加熱調理の種火や放火程度にしか
使われない」
「千羽鶴を運ぶスペースに
医薬品や食料を詰め込むことが
被災者の望みである」
現地からは
「理解は難しい」
「宗教的な事情もあり配慮が必要では」
国内のPTSD支援も同じだと
思います。
上から目線で
こちらの常識を
押し付ける。
よかれと思っていても
偽善になることは
ありますね。
PTSD罹患者は
痛みを知っている分
他者配慮性が高く
(高すぎて振り切れることは
あっても)
表向きは
拒否しないことが
多いですが
【ひきこもり】と【摂食障害】は
精神的に高貴で
案外
拒否する傾向が高いです。
浅田真央選手の心理学
朝刊で
浅田真央ちゃんが
今後の抱負を語ってました。
印象的だったのは
「心理学を学びたい」
でした。
平坦な道を歩いていると
心理学とか
要らないですよね。
何か
とてつもない
大きなものに
ぶつかったとき
気になってくるものだろうと
思います。
西谷啓治ら
哲学者も
そう言ってます。
そして
そういうときには
スポンジが
水を吸い込むように
内容が理解できると
言われています。
殆どの
精神科医や
臨床心理士には
心理学が
まだひとごとなのかな?
自殺対策や
無意識も含めたこころの研究を
放棄して…
こんなに切羽詰まった
問題なのに…
真央ちゃんは
マラソンやティラピスのほかに
ヨガにも関心があるようです。
かつての
まじめな研究者が
命を賭して
取り組んだ
心身霊に対応する
心理学を
(もはや心理学ではないかも知れませんが)
是非
学んでほしいと思います。
そして
きっと
できると思います
ひきこもりには【適応指導】ではなく【内観療法】を!
フロイトは
エディプスコンプレックスが
普遍的なものだと思っていたようですが、
ミードによって
グローバルなものではないと
わかりました。
古沢平作は
日本人には
アジャセコンプレックス
というものがあると
発見しています。
今現在、
母親が
自分に対してどうであるか
ということだけではなく
出生前後の愛まで問うという
壮大な【甘え】です。
本当に望まれて生まれてきたのか
という点は外せないんですね。
なので
顔を見せない状況で
食事だけ(ライフラインの維持)
運ばせるんですね。
【父母未生以前の面目】
を観察しているわけです。
本当は
なんであれ
人間として生まれてきたことは
奇跡であり、
それ自体有り難いものですが。
確かに
日本では
何かと
【場違い】を気にしますね。
乾杯の音頭を
誰が取るか
凄く大事です。
お酒が呑めたら
それでいいというものではなく、
どうスタートするか
ですね。
仕事も
依頼されないと
してはいけないものが
多いです。
扱いに困るからですね。
中途半端に
ポニョ的な人は
窒息しそうになってます。
うまくいかないことがあると
「生まれてきてよかったんだろうか」
と思いはじめ、
「生きていていいですか?」
となるんですね。
いいに決まっています。
当たり前です。
なのに
【自明性の喪失】
という非常に哲学的な
存在論に取り組んでいるのです。
だから
その路線の
延長にある
【内観療法】は有効で
(屏風の隅で回想→偉大な愛を知る)
お兄さん風ふかして
先生風ふかして
行動療法的な慣れや
教育で
【適応】させようとすると
「【自力】で自立します」と
拒否されてしまうのでしょう。
この国では
依存症でも【自力】克服ですからね。
ひきこもりの
彼らの方が
現実をよく見て
深く哲学してることに
専門家は気づくべきです。
続きを読む
ひきこもりには【適応指導】ではなく【内観療法】を!
フロイトは
エディプスコンプレックスが
普遍的なものだと思っていたようですが、
ミードによって
グローバルなものではないと
わかりました。
古沢平作は
日本人には
アジャセコンプレックス
というものがあると
発見しています。
今現在、
母親が
自分に対してどうであるか
ということだけではなく
出生前後の愛まで問うという
壮大な【甘え】です。
本当に望まれて生まれてきたのか
という点は外せないんですね。
なので
顔を見せない状況で
食事だけ(ライフラインの維持)
運ばせるんですね。
【父母未生以前の面目】
を観察しているわけです。
本当は
なんであれ
人間として生まれてきたことは
奇跡であり、
それ自体有り難いものですが。
確かに
日本では
何かと
【場違い】を気にしますね。
乾杯の音頭を
誰が取るか
凄く大事です。
お酒が呑めたら
それでいいというものではなく、
どうスタートするか
ですね。
仕事も
依頼されないと
してはいけないものが
多いです。
扱いに困るからですね。
中途半端に
ポニョ的な人は
窒息しそうになってます。
うまくいかないことがあると
「生まれてきてよかったんだろうか」
と思いはじめ、
「生きていていいですか?」
となるんですね。
いいに決まっています。
当たり前です。
なのに
【自明性の喪失】
という非常に哲学的な
存在論に取り組んでいるのです。
だから
その路線の
延長にある
【内観療法】は有効で
(屏風の隅で回想→偉大な愛を知る)
お兄さん風ふかして
先生風ふかして
行動療法的な慣れや
教育で
【適応】させようとすると
「【自力】で自立します」と
拒否されてしまうのでしょう。
この国では
依存症でも【自力】克服ですからね。
ひきこもりの
彼らの方が
現実をよく見て
深く哲学してることに
専門家は気づくべきです。