魔王の奥さんは
一見優しい人で
オツボネにはよい人ですが
こころの闇に支配された
ドンキに煽られて
加担したり
それを子どもたちに諭されても
揚げ足取りをしたり
―悪気はない。
途中から
影が見え始め
最後には
魔王と別離することを
選択しました。
―魔王ショック
相手を恨んでばかりで
相手が必死に罪滅ぼしをしている間
浮気をしていたという
罪悪感に苛まれて
どうしようもないからです。
「逃げてただけ」と回想します。


感情のままに
行動化するのではなく
ファンタジーのなかで
逃走したらよかったのにね。
―かぐや姫の場合は「夢」
苦しい現状に
踏みとどまっていると
夢に抜けることができる。
解離するたび
坂道は急になるから
しない方がよいのです。
「哲学・宗教・倫理」カテゴリーアーカイブ
死刑執行人の仕事はPTSD解離リスク
スリランカで絞首刑執行人の選定が難航、死刑台見た後に辞職も
[コロンボ 13日 ロイター] -絞首刑の執行人を募集しているスリランカで、執行人の選定が難航してい……….≪続きを読む≫
スリランカで
執行人の選定が難航しています。
選ばれても
仕事に現れなかったり
絞首台を見た後に辞職したり
取り乱したり…。
これが人間的な姿だと思います。
サクサク執行する人が
自我が強いとは
言えないし
―PTSD解離性無差別殺人犯なら
嬉々として志願するでしょうから。
外国人を認めないのは正解でしょう。
倫理的にどうかと思いますね。
死の驚愕で発症するPTSD問題は
究極の哲学です。

ADHDやアスペルガーの背景にも
―架空の病

こういうことがないか
―子どもにとっての死の驚愕
これからは考える時代です。
海外でもPTSD解離おバカツイッター増殖中
「知事印偽造&無断で賞」PTSD解離行為の北国新聞社
石川県の地方紙だそうです。
「北国写真展」で
富山、福井両県の知事賞を
両県の知事に無断で渡していました
知事印は
ネットの画像を使っての偽造です
書道の
「全日展」で
架空人物が知事賞を受賞していた問題で
調べていたら
発覚したそうです。
音楽界では
佐村河内事件ですが
これも
いつ発覚してもよかったわけで
「布置」的出来事みたいに思えます。
―意味ある偶然の一致
星座を見るみたいに
広い視野で見渡すと
PTSDの流行が観えますね。
PTSD解離同窓生のせいで卒業アルバムがない大東文化大学昨年の卒業生
卒業から
1年経つのに
大東文化大学を
昨年卒業した人には
卒業アルバムが
届かないそうです。
制作担当だった学生全員が
作業を放り投げたまま
卒業したようで
大学は
「大変申し訳ない。
一日も早く届けたい」と
発表しました。
解離投稿ツイッターとか
痴話げんか自殺とか
教員逮捕とか
大学も大変ですね。
PTSD学習は必修にしましょう。
京都の交通課巡査部長(30)PTSD解離性酒気帯び運転事故後逃走
送別会で飲んだ後
酒気帯び運転し
踏切遮断機の防護柵に
衝突
―人身事故につながる
自殺行為
大破した車を放置して
遁走しました。
すぐバレるのに
「怖くなって
立ち去った」そうですから
―悪いことだとは
分かっている。
【解離】行動ですね。
ゴルファーの松山英樹(22)さんPTSD解離行動を謝罪
クラブでグリーンに
2センチほどの傷を付け
―「無意識だった」と主張
放置しているのを
英国のイアン・ポールター(38)が気づき
「なぜ、クレーターをそのままにしたのか。
修復のために審判を呼ばなければならなかった。
愚か者だ」と批判しましたが
―後続のゴルファーに影響し
全米でも大きく報じられた。
謝罪し
和解しました。
佐村河内さんと違うのは
★すぐに
★真摯に
ということですね。
「佐村河内氏謝罪会見」PTSDに翻弄される人々
長髪を短く切り
スーツ姿で登壇
「私のうそで
多大なご迷惑をみなさんにおかけして
まことに申し訳ございませんでした」と
謝罪しました。
今が人生のどん底だそうですが
その中で
きちんと謝罪できたことは
よかったと思います。
―崖の上のポニョ状態での
行動が大事
「みるみるうちに巨大化する
自分に翻弄されていた」という
言葉は
含蓄があります。
PTSDは何らかの
理不尽な出来事や被害から起こりますが
知らず知らずのうちに
加害者側に立っていることが
多いからです。
アイドルはみんなそこで
おぼれそうになって
もがくのですよね。
マルセル・マルソーの演じる
―パントマイム
『道化』の仕業かなと思います。
ポニョの父母ですが…
『明日ママ』の魔王は
衝動を抑えるのは
大事な人の顔だと
言いましたが
おかあさんも被爆者で
―PTSD予防中
余裕がなく
スパルタ教育だったようですね。
―良かれと思って
自分の夢を投影
無意識が暴れると
舟は簡単に転覆するのです。
『明日ママ』PTSDと仏教説話
ドンキの実の母親は
恋人を殴って逮捕され
釈放されると
結婚すると言って
―「彼が虐待するところはみたくない」とか
合理化して
ドンキを捨てながら
急に迎えに来たりして
子どもを振り回します。
ロッカーらの計らいで
実母と里親候補の間に立った
ドンキは
一瞬双方から引っ張られたかたちになり
―里親側から離れないドンキを
実の母親が引っ張った。
里親候補の母親が
手を放します。
これは
仏教説話の
―『ジャータカ物語』
「二人のお母さん」という
お話がモチーフだと思います。
―子どもを取り合う二人の女性に
王さまは引っ張り合って決めなさいと
命じました。
実の親なら
手を放すということですが
ドンキの母親は
結果が明らかになっても
悪態をつきながら
出て行きましたね。
毒親の醜さは
昔からそう変わっていないのだと
思います。
ドキュメンタリー映画『ガレキとラジオ』で佐村河内事件的やらせPTSDに悩む女性
東日本大震災の被災地
宮城県南三陸町の
ラジオ局に密着した
ドキュメンタリー映画
『ガレキとラジオ』で
娘と孫を津波で失った女性が
ラジオに励まされる場面は
やらせでした。
女性は
制作者の求めに応じて
―「そんな気持ちになれないと」断ったが
しつこく要請されて折れてしまった。
演技をしてしまったことに
罪悪感を抱き
苦しんでいます。
撮影班は
「聴いてるふりをしてください」と指示
撮影現場には
災害ラジオ局の電波が届いておらず
地元中学生の合唱のCDを聴かされながら
「いつも聴いている」
「音がないと寂しい」などと
言わされたそうですが
映画が評判になるにつれて
罪悪感を覚えるようになり
「映画を見た人に申し訳ない」と
話しています。
佐村河内事件のゴーストライター先生も
同じような経験をしたのでは
ないでしょうか。
善意から
知らず知らずのうちに
加害者になってしまった人の
こころの傷も深いです。
