あんぱんと言えばあんぱんまん
子ども時代をつづった一冊だそうですが
敬愛する父の死
母との別れ
引き取られたおじ宅での兄弟の差… とは
眞人の悲哀とそっくりです。
普遍的なPTSD事情
こうしてみると傷もあんぱんまんと一緒
やさしいエッセイが
イラストの版画の陰影☯と不思議と重なる
ものがなしい一冊だそうですが
読んだ人は
涙腺😿が崩壊するとのこと
あんぱんまんの与えてくれるあんこは
やなせたかしさんが得られなかった
親の愛かもと書いています。
眞人も
若い日の実母と神隠しの世界で逢う
― 父母未生以前の面目
そして
なんと今の朝ドラはあんぱんなんですね。
去っていく実母(生き別れ)
― 眞人は死別
お父さんを病気で亡くし
一年も経たないのに
お母さんに棄てられたのだとか。
本の中の『母とのわかれ』という詩がベース
眞人の哀しさはもらい婚で複雑化しますが
特に戦時中は家を守るためにふつうにあったらしい。
― お父さんの名前は戦時中よくあった勝一
―― 勝つことしか考えていない超リアリスト
――― 軍需産業であったことは作者のトラウマ
新しいお母さんについて疎開先の家へ
― 実母の妹だからよく似ていてこころは複雑骨折…
― これは複雑なきもちの投影
似たような養子縁組問題で
一族単位で考えると
夫が亡くなると居にくいから再婚するが
子どもは置いていくのが普通だったらしい。
当事者の心中には複雑なものがあったことがわかります。
弟の死について書いた
もう一緒にシーソーできない哀しみを深めた詩
①哀しみは癒すのではなく深める
― この過程で哲学的忍耐力が身につく =自我強化
②すると癒える。
③だから表現は大事
『シーソー』では
普通の子どもは楽しいと思うところ
絶対平等になることはない
哀しい遊びと感じるのですね。
PTSDは哲学の始まり
この本には哀しみが詰まっているとのことです。
トラウマの缶詰