漱石」カテゴリーアーカイブ

『グーグーだって猫である』とPTSD

漫画家・大島弓子の自伝的エッセイ漫画
だそうです。
PTSD研究家翠雨の日記

あらすじはダウン

愛猫サバを亡くした
女性漫画家の麻子は

悲しみで
漫画を描けなくなってしまう。

  ―PTSDです!

ナオミらアシスタントも
心配で仕方がない。
  ―「先生認知症だ」なんて
    失礼なこと言う人いません。

そんなある日
麻子は小さな子猫と出会う。
  ―象徴的な意味で
   出会うべき自分でしょう。
   外に見つけるのは【共時性】です。
   何にも考えず
   仲良くしたらいいのですが
   悲しきかな一言居士…汗

グーグーと名付けたその子猫と
暮らしはじめて
麻子の日常は一変
元気な表情が戻ってきた。
 
暫くして
グーグーの避妊手術のために
動物病院に向かうが
その途中
グーグーが逃げ出してしまう。
 ―禅では牛が逃げます!
  (十牛図)

必死で探す麻子を助けてくれたのは
近所に住む青年・沢村だった。

偶然であった猫と
きちんと対面できたら
助けてくれる人間にも
出会うのでしょうね!

『わらしべ長者』も
ちょっと入ってます。

特別なものでなくても
身近なものを大事に貫き通せば
いいんじゃないかなニコニコ
続きを読む

『グーグーだって猫である』とPTSD

漫画家・大島弓子の自伝的エッセイ漫画
だそうです。
PTSD研究家翠雨の日記
あらすじはダウン
愛猫サバを亡くした
女性漫画家の麻子は
悲しみで
漫画を描けなくなってしまう。

  ―PTSDです!
ナオミらアシスタントも
心配で仕方がない。
  ―「先生認知症だ」なんて
    失礼なこと言う人いません。
そんなある日
麻子は小さな子猫と出会う。
  ―象徴的な意味で
   出会うべき自分でしょう。
   外に見つけるのは【共時性】です。
   何にも考えず
   仲良くしたらいいのですが
   悲しきかな一言居士…汗
グーグーと名付けたその子猫と
暮らしはじめて
麻子の日常は一変
元気な表情が戻ってきた。
 
暫くして
グーグーの避妊手術のために
動物病院に向かうが
その途中
グーグーが逃げ出してしまう。
 ―禅では牛が逃げます!
  (十牛図)
必死で探す麻子を助けてくれたのは
近所に住む青年・沢村だった。
偶然であった猫と
きちんと対面できたら
助けてくれる人間にも
出会うのでしょうね!
『わらしべ長者』も
ちょっと入ってます。
特別なものでなくても
身近なものを大事に貫き通せば
いいんじゃないかなニコニコ

夢十夜『第二話』PTSD克服の過程

参禅の話。

和尚に
「おまえは武士だろう。
 武士なら悟れるはず。
 悟れないなら
 人間の屑だ」と
けしかけられ

怒り心頭に達しながら
悟ろう
とする。

悔しくて
情けなくて
痛くて
切なくて
耐え難くて

それでも
自分の頭を嫌というほど
なぐりながら

我慢して我慢して
じっと坐禅を続ける。

頭が変になって
色即是空 空即是色の
心境に近づいた。

周囲のものがあるような
ないような…

離人的感覚

最後は…

右手を短刀にかけて
どうしたのだろう。

自分を切ろうとしたのか(自傷)
和尚を切ろうとしたのか(他害)

ほこを収めるのが
【武】

【一太極二陰陽】の法則の上での
微妙な表現

漱石のPTSD克服の程度が
漠と示されている。
続きを読む

夢十夜『第二話』PTSD克服の過程

参禅の話。
和尚に
「おまえは武士だろう。
 武士なら悟れるはず。
 悟れないなら
 人間の屑だ」と
けしかけられ
怒り心頭に達しながら
悟ろう
とする。
悔しくて
情けなくて
痛くて
切なくて
耐え難くて

それでも
自分の頭を嫌というほど
なぐりながら
我慢して我慢して
じっと坐禅を続ける。
頭が変になって
色即是空 空即是色の
心境に近づいた。
周囲のものがあるような
ないような…
離人的感覚
最後は…
右手を短刀にかけて
どうしたのだろう。
自分を切ろうとしたのか(自傷)
和尚を切ろうとしたのか(他害)
ほこを収めるのが
【武】
【一太極二陰陽】の法則の上での
微妙な表現
漱石のPTSD克服の程度が
漠と示されている。

政治学者姜尚中は文豪夏目漱石のPTSDに共鳴する

姜さんは

漱石の『三四郎』を
かばんに忍ばせることが
あるそうです。

自分の分身みたいに
共感するから
らしいです。

よい家庭だったけど
在日朝鮮人だから

周囲を気にして
生きて来られました。

韓流ドラマが
市民権をえた現在では
想像できないかもしれませんが

昭和の在日の方々の苦労は
ひどいものです。

醜い差別が
当たり前のように
ありました。

姜さんが
少年時代に病まれた
【吃音】は
PTSDでしょう。

青年時代も
憂鬱は続いたそうです。

その憂鬱は
ロンドン留学して
自己卑下からPTSDに罹患した
漱石に共感できたのです。

美智子さまも
雅子さまや愛子さまを理解して欲しいです。

表面上の問題は全く別々ですが
PTSDと言う根本原理においては
同類項なのですから。

同類を哀れまないのは
一番悲しいことでしょう。
続きを読む

政治学者姜尚中は文豪夏目漱石のPTSDに共鳴する

姜さんは
漱石の『三四郎』を
かばんに忍ばせることが
あるそうです。
自分の分身みたいに
共感するから
らしいです。
よい家庭だったけど
在日朝鮮人だから
周囲を気にして
生きて来られました。
韓流ドラマが
市民権をえた現在では
想像できないかもしれませんが
昭和の在日の方々の苦労は
ひどいものです。
醜い差別が
当たり前のように
ありました。
姜さんが
少年時代に病まれた
【吃音】は
PTSDでしょう。
青年時代も
憂鬱は続いたそうです。
その憂鬱は
ロンドン留学して
自己卑下からPTSDに罹患した
漱石に共感できたのです。
美智子さまも
雅子さまや愛子さまを理解して欲しいです。
表面上の問題は全く別々ですが
PTSDと言う根本原理においては
同類項なのですから。
同類を哀れまないのは
一番悲しいことでしょう。

文豪の象徴漱石が提示する世紀の公案小説『門』とPTSD

PTSD研究家翠雨の日記

ロンドンに留学して
イギリスの文化、文明に圧倒され
心身症を病んでのち

日本人とは何か
誇るべきものがあるとすれば
それは何なのか

そんなこと
ばかりを考えつめていた
漱石の無意識は

漱石を苦しめている心身症(PTSD)が
いずれ日本で大流行すると感じ

漱石に
この小説を書かせたのだと思う。

主人公は
『崖の上のポニョ』ならぬ
『崖の下の宗助』なのだから
   ちなみにポニョを助けるのは宗介

【如人千尺懸崖上樹】
(百尺竿頭のほうが通りがよいだろう)
という公案は
数ある公案のなかでも
最もPTSDを切実に提示した
公案と言ってよいだろう。

あなたは高い崖の上の木の枝にかじりついている。
「あなたはだあれ?」と聞かれて
答えなければならないが、
普通に答えたら墜落して死んでしまう。

トラウマを理解するむつかしさと
直面する恐怖心を見事に
示している。

しかし
この公案に答えることなしには
もはや生きていくことはできないのである。
続きを読む

夢十夜『第三夜』子殺しとトラウマ

6歳になる自分の子を
背負っている。

目がつぶれているが
(見えない)
道をよく知っているし
勘が鋭くて
恐ろしくなる。

こんなものを
しょっていては
末恐ろしいから
置いてゆこうとしたら

重くないかと聞いてくる叫び

重くないと言うと
「今に重くなるよ」

恐ろしくも妙な会話のなか
100年前に犯した殺人を
思い出す。
同時に背中の子どもは
石地蔵のように重くなった。

この子どもは
かつて無意識のうちに
抑圧し
忘れ去られたトラウマでしょう。

常識や分別と違うレヴェルの
存在で

夢見手のことを恐ろしく知っているし
何とか存在に気づいてもらおうという
ある種の【うらみ】がある。

抑圧したままで
同じ間違いを犯そうとしている
(自分をまた捨てようとしている)
夢見手に

そろそろトラウマを直視せよと
警告しています。

子殺し・子捨てのモチーフには
このような意味も
あるように思います。
続きを読む

文豪の象徴漱石が提示する世紀の公案小説『門』とPTSD

PTSD研究家翠雨の日記
ロンドンに留学して
イギリスの文化、文明に圧倒され
心身症を病んでのち
日本人とは何か
誇るべきものがあるとすれば
それは何なのか

そんなこと
ばかりを考えつめていた
漱石の無意識は
漱石を苦しめている心身症(PTSD)が
いずれ日本で大流行すると感じ
漱石に
この小説を書かせたのだと思う。
主人公は
『崖の上のポニョ』ならぬ
『崖の下の宗助』なのだから
   ちなみにポニョを助けるのは宗介
【如人千尺懸崖上樹】
(百尺竿頭のほうが通りがよいだろう)
という公案は
数ある公案のなかでも
最もPTSDを切実に提示した
公案と言ってよいだろう。
あなたは高い崖の上の木の枝にかじりついている。
「あなたはだあれ?」と聞かれて
答えなければならないが、
普通に答えたら墜落して死んでしまう。

トラウマを理解するむつかしさと
直面する恐怖心を見事に
示している。
しかし
この公案に答えることなしには
もはや生きていくことはできないのである。

夢十夜『第三夜』子殺しとトラウマ

6歳になる自分の子を
背負っている。
目がつぶれているが
(見えない)
道をよく知っているし
勘が鋭くて
恐ろしくなる。
こんなものを
しょっていては
末恐ろしいから
置いてゆこうとしたら
重くないかと聞いてくる叫び
重くないと言うと
「今に重くなるよ」

恐ろしくも妙な会話のなか
100年前に犯した殺人を
思い出す。
同時に背中の子どもは
石地蔵のように重くなった。
この子どもは
かつて無意識のうちに
抑圧し
忘れ去られたトラウマでしょう。
常識や分別と違うレヴェルの
存在で
夢見手のことを恐ろしく知っているし
何とか存在に気づいてもらおうという
ある種の【うらみ】がある。
抑圧したままで
同じ間違いを犯そうとしている
(自分をまた捨てようとしている)
夢見手に
そろそろトラウマを直視せよと
警告しています。
子殺し・子捨てのモチーフには
このような意味も
あるように思います。