言わずと知れた
夏目漱石の
代表作ですが
誕生100年を記念して
4月20日から
朝日新聞に
当時の体裁で
連載されるそうです。
文体は大事で
このブログも
「言わずと知れた夏目漱石の代表作ですが、誕生100年を記念して、4月20日から朝日新聞に当時の体裁で連載されるそうです」とやると
読まれ方が変わるわけです。
―仏教書を読むときは
なるべくそうしている。

宮崎駿は
夏目漱石の
3部作を真似て
―『三四郎』『それから』『門』
『崖の上のポニョ』
『借りぐらしのアリエッティ』
『コクリコ坂から』を
描きました。
『夢十夜』にも
「百年待ってください」って
出てきますよね。
明治の知識層が抱える
我執と


平成の知識層の抱える
我執には
表面的な違いはあっても
罪悪感PTSDでおかしくなるのは
同じことです。


こんなことばっかりしてたら
身を滅ぼすことになると
思います。
「漱石」カテゴリーアーカイブ
青空文庫アクセスランキング第一位は『こころ』のPTSD時代
西洋文明の究極の象徴『モナリザ』は縁起が悪かった
ケネディ大統領は
西洋文明の究極の象徴であるから
この創作の理念を
継承してゆかねばならないと
言ったわけですが

漱石が
『モナリサ』という
小品のなかで
登場人物に
語らせている
印象は
あまりよくないものです。
主人公は
古道具屋で
モナリザに出会い
「色具合が
現代を超越して
上昔(そのかみ)の空気の中に
黒く埋っている」のが気に入り
―近代を超えようとして
PTSDになった人ですからね。
温故知新の
退行イメージをつかんだのでしょう。
ちょっと値切って
家に持って帰ります。
奥さんは
遠慮がちに
「気味の悪い顔です事ねえ」
「この女は何をするか分らない人相だ。 ←【解離】顔?
見ていると変な心持になるから
掛けるのは廃(よ)すが好い」と
言います。
「御前の神経だ」と云って
聞かなかった主人公ですが
偶然落ちて
ガラスが割れたりしたこともあって
最後は
「この縁喜(えんぎ)の悪い画を
五銭で屑屋(くずや)に売り払った」
― 80銭で買いました。
役所で聞いても
ダビンチなんか誰も知らないし
開いた口をわざと
閉じたようにも取れる
口元が気になったようです。
―抑圧を感じたのでしょうか?
この時代に生きた奥さんも
【抑圧】を刺激されて
何かしでかしそうな自分が
怖かったのでしょう。


西洋の
魂の【死と再生】の秘密に関する
象徴は
近代PTSDを乗り越えようとする
東洋人のこころには
響かないようです。
PTSD予防には『銀の匙』だけでよい

あれもこれもの世の中ですが
大切な本が
一冊あればいいと
宮崎駿は言います。
そして
漱石への想いがあるようです。
現代日本人の
PTSD問題は
漱石の時代に
創造的退行すると
よいように思います。
―脚下照顧の脚下は
集合的無意識です。
温故知新とも言いますね。
ポニョも漱石に影響を
受けています。

伝説的灘校講師も
漱石が認めた
一冊だけを
中学生に
3年間使用しました。
不安がる学生には
「すぐに役に立つものは
すぐ役に立たなくなる」と
おっしゃったそうです。
合理化の時代は
確かによくないです。
抗精神病薬は
よく効くけど
すぐ効かなくなるそうですね。
―麻薬ですものね。
そしてそれだけでは
済まなくなります。
『銀の匙』は
日本語がきれいであるのも大事ですが
病弱で繊細な少年が
その繊細さを維持しているところに
意味があると思います。
―普通はキレます。
それができたら
PTSDを発症しないで
昇華できますから。
日本語が
ある程度正しく使えるのも
大事です。
伝わらないと
癒されませんから。
夏目漱石もPTSD
夏目漱石は
ロンドン留学して
精神不調を起こしたのでしたね。
カルチャーショックです。
―背が高くて
足が長く
鼻が高い
西洋人に
圧倒されたのでしょうね。
押しも強いし
『古事記』は
中国の陰陽五行説と出会った
カルチャーショックで
書かれました。
大文豪の小説も
PTSDの治癒の軌跡です。
命がけの
創作は大事です
姜尚中は漱石など読書でのこころのケアを提唱
被災地から遠く離れた
土地に住んでいても
日本人は
多かれ少なかれ
サバイバーズ・ギルトなど
感じています。
無力感や
やり場のない感情は
漱石の
『三四郎』などにあると
おっしゃいます。
読むことも大事だし
感じたことを人と
語り合うことで
こころのケアができます。
★意見が同じなら
共感になりますし
★意見が違えば
自分の発見になりますね。
古典を中心に
―そもそも漱石は
PTSD文学ですから
陰陽的に
思考を深める素材になります。

温故知新ですね。
ストレスに弱い人は
自分と違うというところに
反応してしまって
―解離してしまう。
(自我が振り切れて)
魔境に入りがちなので
配慮が必要ですがね。
読書もこころのケアになると思います。
―すぐ答えがでないところが
よいですね。
震災前はそういうのは
軽んじてきましたから
反省の時期です。
SSRIは安直の象徴ですね。
SMAP稲垣吾郎による『ぼっちゃま』夢十夜

稲垣吾郎が逮捕されたのは
ショッキングな出来事でしたね。
あれも急性ストレス障害で
前後不覚になって
解離していたのでしょう。
スピッツのボーカリストも
罹患し治癒したのですから
―犯罪とは無縁に終始してます。
普通はこちらです。
誰でも
急性ストレス障害を
起こすことがあるのを
この際
しっかり学ばねばなりません。
敗戦後の
旧家の坊ちゃんと
唯一の理解者の「ばあや」と
きたら
『坊ちゃん』平成版
でしょうね。
―昭和を見直します。
夢十夜の一話は
死にゆく女性が ←アニマ
「百年待ってください」と
言います。
百年なんてあっという間に
くるようです。
親譲りの 無鉄砲で
学校の二階から飛び降りて
一週間ほど 腰を 抜 かすような
無闇は
PTSDを病んだ漱石のつかんだ
こころの闇です。
愛らしいですが
大人になるまでに
哲学性を更新させ
貫きゃいいというのは
卒業しないといけないですね。
滑稽さの中にある悲哀は
実は大人向けであるからのように
感じます。
時代は変わり
多くの人が
PTSDに苦しんでいます。
震災ショックで気づいた『吾輩は猫である』はPTSD解離小説である
猫の飼い主は
―そもそも
猫というものは
人の家に居候しながら
飼われている意識なんかない
不思議な存在です
陰陽超越
苦沙彌(くしゃみ)先生
―なんで今まで
気がつかなかったのだ?
ハックション!って
くしゃみした直後
―八苦ションて転換されるから
面白くて仕方がないけど
くしゃみしたら
周囲の人必ず
笑いますしね
脱線(解離)せずに次行きます!
算数ができますか?
頭お留守でしょ?
―解離の象徴ですね。
くしゃみしただけで
病気ではなく健康ですが。
しかも
(漱石もそうですが)
英語の先生
日本人なのに
英語しゃべるのです。
―今はたくさんおられますが
猫の目で見ると
―人間の常識を離れると
先生(解離)の周囲に集まる人が
―エリートだと思いますよ。
西洋的な意味ではなく
日本的な意味で
おかしく感じられてくるのです。
―猫の視線をもつ子は
(居場所がない子ですね)
世の中斜めに見ます。
そして猫じゃないから
苦しみます。
それがPTSDの素です
小説らしい筋書きがないと
悪口言われるのも
解離小説だからですね
―ユング派はPTSD児の箱庭には
物語がないから
発達障害だと言います。
漱石は発達障害か?
ならポニョもそうだな?
かぐや姫は発達障害だと
既に公言してるか…
めちゃくちゃだ
日本の落語や歌舞伎など
江戸文化の粋と
西洋文化が
パッチワークのように
詰め込まれた作品でもあります
つめこまれた箱庭は
発達障害の証とかも
言われますが
整合された世界に

(その人のタメを思って
)
人工的に詰め込まれることはありますし
虐待児やDV家庭の子の表現に
多い現象です。
アリエッティより
怖がらせといて
「あなた怖がりすぎ!」
「安定剤飲んでますか?」
「考えすぎです」
「わがままですね」
日露戦争の非常時に
ロンドン留学で
PTSDに苦しむ漱石が
デビュー作として書いたというのは
興味深いです。
―初作には
その後のすべてを
俯瞰したものが出るものです。
PTSD克服の普遍的条件としての【気合】

願望がそのまま
現れた夢でしょうが
こんなわかりやすい夢を
見ることはあんまり
ないですね
これは
漱石の時代から
ちっともかわらない
悩ましい問題で
『二百十日』にも
「布団のなかで
世の中の寒さを一二寸の厚さに
遮ぎって……」
海老のように丸くなっている
人がでてきます。
出るのには
「気合」が必要ですね。
―五気の気合です。
リセットはいつも陰陽五行です。
DVシェルターの子は
じゃんけん
(五気を3つにした遊び)が好きです
気合の欠如の背景には
トラウマがあるのでしょう。
カメさんみたいです
カメならいいんですがね。
―ゆっくりゆっくり
コツコツ
歩み続けていれば問題ないわけで。
それを回避して
いつまでも
観念の世界で遊んでいる人は
おかしいですね
『坊ちゃんの時代』はPTSD時代

難しいこと抜きで
イメージから入るのも
いいです。
―言葉より多弁です。
凛冽で近代的な明治人
だそうですよ
凛としながら
熾烈に
(古臭い=たましいの死ですから)
近代的に
取り組みましょう。
漱石の問題は
PTSD問題そのものです。
ロンドン留学中に
発症しました。
―原因となるトラウマは
日本で創られています。
代表作『門』は
禅的公案的内容です。
かつては
禅僧の専売特許だった
哲学的問題が
漱石の時代には
一般男性の問題になり
今は
子どもも巻き込む問題に
なっています。
『門』で
崖下に住んでいた宗助は
『崖の上のポニョ』では
宗介として
崖の上に住んで
ポニョを待っています。
―如人千尺懸崖上樹

トキ(運命の瞬間)を見定めて
飛ぶような
勇気と審美眼を養うことが
命綱です

