ドラマのなかで
パニック障害の治療を
されていました。
パニック障害もPTSDですね。
ドラマのなかで
パニック障害の治療を
されていました。
パニック障害もPTSDですね。
『海辺のリア』の
初日舞台挨拶が
東京・テアトル新宿にて開催されました。
仲代達矢さん(84)が
かつてスター俳優だった
認知症「疑い」の老人を演じます。
高級老人ホームから
抜け出し
海辺をさまよい歩く部分は
「徘徊」と呼ばれるものになるでしょうが
よく話すご老人のようで
(セリフを覚えたのは奇跡的と評価されている)
表現力が豊かであり
妻とは別の女性が産んだ娘と
突然の再会を果たします。
徘徊は
人生を哲学的に統合する目的でなされているようですから
行動を制限しては
(右下隅にも書いてあるように)
リア王のように「絶望」しながら
死を迎えることになります。
また
死期が迫っていて
時間がないからと言って
アミタール分析なんかしなくても
(精神分析の促進法)
適切な時代に退行して
後悔のないようにやり直す力が
人間にはあるということを示しているのが
素晴らしいですね。
認知症患者が集まらなくて頓挫したJ-ADNIの話ではないですが
認知症って
本当は
そんなに多くはなくて
専門家がよってたかって
認知症扱いしたがっているだけだという現実を
表現者たちは
みな知っているのです。
オープンダイアローグが話題になっていますが
発祥地から
ムーミンたちも
来日中です。
「専門性という鎧を脱ぎ捨てられますか?」とのことですが
バレリーナたちが
ぬいぐるみの重圧に耐えながら
プロフェッショナルなパフォーマンスを維持している姿は
陰陽真逆で
興味深い現象です。
ちゃんとポワント履いてますよ!
テーマは
なんと『ムーミン谷の彗星』
戦争PTSDを連想させますが
事実
作者は日本の原爆にショックを受けて
描いたそうですね。
ここは
宣伝のための催し会場で
踊っているのは
日本人女性です。
解説者は
フィンランドのものをそのままでは伝わらないので
このようなしあがりになったと言っています。
オープンダイアローグにも
そういう視座が必要でしょう。
かぐや姫をわがままだと言ったり
象徴が使えていない発達障害が流行っているとの
愚説を垂れ流した
本邦ユング派の二の舞いをしないように
お気をつけ遊ばせ✨
「月9」の30周年を飾る話題作
「貴族探偵」ですが
主人公は
「推理などという雑事は
使用人に任せておけばいいんですよ」と言い放ち
事件関係者の女性と会話を楽しみ
遊んでばかりで
自分は何もしないという異色の探偵です。
しかし
心理療法に置き換えて見れば
理にかなっていて
自我というものは
ついシャカリキになって
(釈迦力とは書きますが?)
場当たり的に無駄な行動をしますが
真実を知っているのは
異次元の自己(セルフ)です。
最初の事件が
地下にある井戸で起こるのも
興味深いですが
またあとで♪
普通のささやかな生活が
事件に巻き込まれて
一変してしまうことがあるわけですが
事件の引き金となったのは
ヒロインの夫の教え子の嫉妬でした。
自分のレポートをすぐに読んで返事せず
3歳の息子と楽しそうにしているのを見て
逆恨みから
息子を誘拐し
自殺してしまいました。
そこまでしてしまうのは
生育歴のなかに
父親に関するコンプレックスが潜んでいるからでしょう。
子どもを失った母親は
落ち度もないのに
罪悪感に苦しみ
夫婦仲に亀裂が入り
おばあちゃんは
認知症のようになって
よその子を誘拐しようとし
子どもはは
どうも親を知らないまま
つまり自分が誰なのかわからないまま
生きているようです。
PTSDの負の連鎖ですね。
これも
結局は
コメントがもらえないと
ストーカー化するような
危険なサインである「SNS連続送信」の問題と
同じではないでしょうか。
殺人事件になることもあれば
自殺してしまうこともありますが
自傷と他害はコインの裏表にすぎません。
学生さんは
ちょうど連続誘拐事件が世間を騒がせていたので
面白そうと思って便乗したと言っていました。
ストーカー殺人が増えているからと
真似するのと同じ
ヒステリー(PTSD)心理ですね。
女優の
芦田愛菜さん(12)が
都内の
複数の超難関中学に合格し
芸能活動が可能な
慶応義塾中等部に入学したそうです。
幼い頃から
あんなこんな
児童虐待物語を身をもって
演じてこられましたからね。
忙しすぎて
小学校にはあまり通えなかったのでしたね。
次は
悪徳精神科医とか
演じながら
PTSD否認薬漬け社会を
バッサリ斬って下さい。
正しい方は
こちらでしたね。
絵本「たべてあげる」がトラウマ級に怖いとTwitter騒然だそうです。
この現象が起こった背景を分析してみました?
お金も権力もない子どもたちは
日々
「好き嫌いは駄目?」
(…?…)
「残しては駄目?」と言われて
理不尽な状況をどうしたらよいのか
生きるために頑張って考えています。
そんな哲学的実践活動の参考になるのが
この本です。
人間は
内的には多重人格ですから
「食べたくないなぁ」と困惑すれば
「食べなくていいよ」という
内なる声が聞こえてくることもあるでしょう。
食べたくない気持ちは
ほっとしますね。
でも
ここで考えるのをやめてしまうと
問題がこじれて大変なことになることを
この本は教えてくれているわけです。
本を読んだ孤独な子どもたちは
そういう架空のお友達の事例を参考に
自分はどうするとよさそうか
自分の頭で考え続けるようになります。
答えなんか要らないのです。
考え続けられる人間になるために
本や学問や心理療法というものがあるのですから。
ユング心理学では
個性化の過程=自己実現と言います。
好き嫌いをする子=発達障害
ピーマン嫌いな子=アスペルガーと書きそうな勢いの
DSM10でも参考にしているのかと思われる
専門家による
「発達障害です」「コンサータ呑んで下さい」=ゴールの選択は
その二番煎じの
適応論と呼ばれ
「食べてあげる」おばけ?と同居する人生を選ぶことを意味します。
お化け屋敷ですから
今後もお化けは出放題ですよ?
内なる声に呑み込まれてしまうことを
精神分析では
「抑圧」と言います。
抑圧したまま生きるということは
「影」を育てることになりますが
そういうことを教えた物語は
図書館にたくさんありますね。
食べる=受け入れるということですから
「食べろ!」「食べなさい!」と言いながら
メタボのパパやママも
実はこの問題がまだ解決できていません。
なので子どもに
自分が生きられなかった影を
過剰に託すのでしょう。
「影」の行ってきた悪行をなかったことにしようとする
スクールカウンセラーに
知らないところで無断で実名をさらされたブロガーさんもいますよ。
(心理療法には
時空を超えて
親子問題が持ち込まれますからね)
食べるか食べないか
影をどうするかは
誰にとっても
他人事ではない問題です。
だから話題になっているのでしょう。
平成の怪談です。
確かにコワい
日本を覆っている「影」に関する絵本なのでした。
インターネット上の掲示板に
ハルシオンなどの向精神薬を譲ると書き込んだ
館林市東美園町の
塗装業の女性(39)が
逮捕され
「販売して生活費に充てようと思った」と
話しています。
所持していた
数百錠は
心療内科を騙して
手に入れたものでしょうか。
ドクターラムネキットには
薬の瓶と
白衣
黒縁メガネが入っているそうですが
それで
リカちゃん人形の真似の真似をすると
危険だという注意書きを読ませないのが
【解離】というものです。
PTSDは真似る病(ヒステリー)なので
逮捕者が出ても
この手口が繰り返されます。
ヒロインは
「一週間で友達の記憶がリセットされてしまう」体質を持つという
設定ですが
医者も
「心因性」だろうと診断
治療ではなく
現実の人間関係のなかで
治癒し
そのなかで
原因も明らかになるようです。
『思い出のマーニー』なんかにも表現されている
心理療法における記憶の秘密の基本です。
ここを外すと
お話になりません。
(最初に
原因とかどうしたらよいのかを知りたくなるのは
普通のことですが
そこにこだわり続けると治らないので
究極的には
愚問ということになります)
小学生のときに
(冬ソナは高校生くらい?)
ちょっとした勘違いから
ショックを受けて飛び出し
交通事故に遭った後
記憶障害を起こしたけれども
脳のダメージが問題ではなく
こころのダメージが問題だったので
回復できたというのは
韓国ドラマの『冬のソナタ』と同じですね。
『東京喰種』と違い
実写には無理がなかった
PTSD物語です。
埼玉県
上尾市の
コンビニエンスストアに
ミニスカート姿で入店し
レジにいた
女性店員の前で
露出した下半身を見せた
公然わいせつの疑いで
会社員の男(46)が逮捕されました。
陰陽混乱していますね。
人間は
内的には両性具有であり
(また
そうでなくてはならず)
昔から
文化的にいろいろあり
こういうご時世となりましたが
「ストレスからやった」とのことであれば
話は別で
精神分析で病理とされた
性的倒錯(PTSD)の依存症で
治療の対象になります。
JKビジネスの大人も
ビョーキです。
清水富美加さんは
JKビジネスではありませんでしたが
いやいや従事させられ
こころを病む女性が増えているのです。