子どもの頃
あるプロテスタントの牧師がいた。
大人たちは
その雄弁で劇的な説教を
賞賛していたが
実のところ
なんと絵に描いたようなDV牧師
子どもへの聖書解釈では
恐怖と罪の意識を強調するし
ため息でもつこうものなら
みさかいなく叩かれる。
牧師の5人の子どもは
からだ中に青黒いあざをつくり
おなかをすかして
やせほそり
疲れて
学校に通っている。
彼女は
いちはやくそれに気づき
子どもたちにこっそり食べ物を
分けてあげたり
傷を和らげてあげたり
していたが
ある日
とうとう牧師に反抗して
教室を飛び出し
自分が一番
神聖を感じる場所にゆき
母なる聖性と畏怖
全能者を身近に感じていた。
ユングなんかも
神に対する疑惑や恐怖
そこからくる孤独と不安で
精神障害を病みましたが
キューブラー・ロスは
(自我は恐怖を感じていても)
どこか確信犯的に
突き抜ける強さがあったようです。
「障害受容」カテゴリーアーカイブ
キューブラー・ロスにとっての精神分析と投薬治療
投薬に関しては
クライエントの
文化的・家族的な背景に対する考慮なく
薬に頼りすぎていると
感じ
傲慢で権威主義的な
精神分析家に
彼女はなんと
「意味不明」
「言語障害」と断言されています。
のちに
もう少し相性のよい
分析家と出会い
自分の強情さと
自立心の強さに気づいた
ようですが
精神分析には期待しなくなります。
また
論文本数がすべてをきめる
学会の体制にも
相当辟易していたようです。
―その過程で人間性を失い
クライエントに横柄になる…
彼女も
相当なあつかいを受けたようですね
キューブラー・ロスの宗教性と科学性
彼女は
医学校では
この2つを教えないと言う。
★医学には限界がある
★慈悲のこころが殆どすべてを癒す
クライエントにあたえうる
最大の援助は
①やさしく
②こまやかで
③感受性に富み
④情のこもった人間でいること
…
真に科学的であるには
自分の知らない世界が
あること
あらゆるものは
発展途上なのだと
いうことを
知っていなければ
ならないだろう。
こころがこころを癒すのだから
人間であることをやめては
ならないだろう。
キューブラー・ロスは
科学者であり
宗教家でもあると
思う。
子どもみたいな万能感から
狭い学界の論理を押し付け
人を傷つけるようなことをする輩とは
対極の存在である。
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「カーライフをトータルでサポート」
交通事故後学力低下したら【発達障害】
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そういうのは
トータルなサポートではありません。
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交通事故にあったらソニー損保でこころのケアをしてもらおう!
つかこうへいさん元日の遺書に至るまでの障害受容
戦後の演劇界を代表する
人気劇作家で
直木賞作家の
つかこうへいさんが
肺がんのため亡くなりました。
62歳でした。
つかさんは
在日韓国人2世として
生まれ
日本国籍を取得せず
再婚時は夫婦別姓でした。
20年ほど前に
事故でむち打ち損傷となって
自律神経失調症に苦しんだ時期があり
ここ数年は糖尿病の治療も
受けていたようです。
ストレスフルですね。
でも
昨夏に体調を崩し
9月に肺がんと告知され
抗がん剤治療を受けながらも
病床から仕事のダメ出しを行いつつ
終末医療で知られる病院に転院
死を受け入れ
今年1月1日に遺言を書いています。
凄い方です。
「娘に日本と韓国の間
対馬海峡あたりで
散骨してもらおうと
思っています」との遺言どおり
日本人でもなく
韓国人でもない
日本人であって
韓国人でもある
創造的な生き方が
完結し
後に続く人たちの
勇気として
以遠に
生き続けることでしょう。
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つかこうへいさん元日の遺書に至るまでの障害受容
戦後の演劇界を代表する
人気劇作家で
直木賞作家の
つかこうへいさんが
肺がんのため亡くなりました。
62歳でした。
つかさんは
在日韓国人2世として
生まれ
日本国籍を取得せず
再婚時は夫婦別姓でした。
20年ほど前に
事故でむち打ち損傷となって
自律神経失調症に苦しんだ時期があり
ここ数年は糖尿病の治療も
受けていたようです。
ストレスフルですね。
でも
昨夏に体調を崩し
9月に肺がんと告知され
抗がん剤治療を受けながらも
病床から仕事のダメ出しを行いつつ
終末医療で知られる病院に転院
死を受け入れ
今年1月1日に遺言を書いています。
凄い方です。
「娘に日本と韓国の間
対馬海峡あたりで
散骨してもらおうと
思っています」との遺言どおり
日本人でもなく
韓国人でもない
日本人であって
韓国人でもある

創造的な生き方が
完結し
後に続く人たちの
勇気として
以遠に
生き続けることでしょう。


