月別アーカイブ: 2010年2月

見えないものに橋をかける

美智子さまの御著書『橋をかける』のサブタイトルは…

『子供時代の読書の思い出』

一方『崖の上のポニョ』のパンフレットにある監督企画意図の最後は
こう結ばれています。

『少年と少女、愛と責任、海と生命、
これ等初源に属するものをためらわずに描いて、
神経症と不安の時代に立ち向かおうというものである。
                           宮崎 駿』

見えないものにも
橋は架かります。
それ(ラポート)は
奇跡を呼ぶ魔法でもあります。

監督企画意図にも書かれています。

『魔法が平然と姿を現す世界。
誰もが意識下深くに持つ内なる海と、
波立つ外なる海洋が通じ合う』

誰もが持つ無意識の世界での現実について描かれているのです。
特殊な人の特殊な話ではありません。
絵空事ではありません。
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まっすぐな男と曲げられない女が基本

『崖の上のポニョ』は
5歳の少年宗介が、さかなの子ポニョと出会い、心を通わせる物語です。

5歳に何ができる?!と
思われるかもしれません。

しかし宗介がまっすぐさを貫くことが
ポニョのまっすぐさとリンクすると、

お母さんのリサや
デイケアセンターのおばあちゃんたちなど
周囲の人が変化し
応援してくれるようになりました。

それは嵐を呼ぶような大変化で
なんとポニョのお父さんフジモトまで改心させました。

まっすぐな【橋】が1つ架かると
いろんなものにつながり
それらの力も得ながら
大きく変化してゆけるのだと思います。

宗介ひとりの力ではないけど
宗介ひとりの力です。

最近のTVでも
『まっすぐな男』と
『曲げられない女』が
別のテレビ局で同時進行中です。
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こころが通うと魔法が使えるようになる

『崖の上のポニョ』のストーリは…
海沿いの崖の上に住む5歳の少年宗介が、さかなの子ポニョと出会い、心を通わせる物語です。
ポニョは家出しようとしますが、一度は成功しても、すぐ父フジモトに海へと連れ戻されてしまったりして容易ではありません。でもあきらめないでいると、「魔法」が使えるようになって、願いが叶いました。

【ラポート(心を通わせる)】で【魔法】が使えるようになります。

魔法とは何か。
ブリュンヒルデという名前から、ポニョという名前に変わることです。

生まれ変わるんですね。
もちろんこの世で!

昔の日本人はよく名前を変えたようです。
子どもから大人になる時や襲名、僧籍に入るとき、あるいはそれを踏襲したのでしょうが、
茶道や華道、書道など【道】のつくようなお稽古事にもそれは見られます。
【翠雨】もそんな名前です。

【無我】っていうのはそういうことのようですね。
難しいことではなく、その場その場で生まれなおす。
それが本当に生きているということです。

一日のなかでも自分のことを
「私が」と呼んでいるかと思えば、
携帯に出るとたちまち「俺?」
家に帰ると「お父さんはねえ」
というように、ころころ変わります。
日本人特有ですね。
相手にあわせ、立場にあわせ、状況にあわせ…
なかなか凄い芸当です。

自分の誕生を祝福してくれ、名前をつけてくれた親には感謝するけれど、
そのときこめられた願い(第一の名前)だけで生きていくには
人生は長すぎる。

そして『崖の上のポニョ』って名前は【公案】でしたね。
魔法といってもありもしない魔法ではなく
難しいけど、答えのある問題を解くことなんです。
PTSDに罹患すると、お坊さんでなくても【公案】に取り組むようになります。
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PTSD雑感

いろいろ書いてて気づいた。
PTSDは
★精神科では【うつ病】周辺の診断名
★心理療法では【知的障害】か【適応障害】あるいは【人格障害】の見立て
★世間では【仮病】【怠惰】【わがまま】【どうしようもない性格】との切捨て
になりやすいしょぼん

断食道場は厳選しましょう

摂食障害について書いた記事で
【断食】のことに触れましたが、
こんな記事をみつけました。
安室ちゃんとロンブー淳が訪れて、日本では話題になっている様子のセドナですが、ここのスエットロッジで、昨年死亡事件が起き、先日、とうとう主催者が逮捕されました。
スエットロッジセレモニーは、アメリカインディアンのラコタ族に伝わる儀式の1つ。
文字通り、「汗の小屋」という意味で、ラコタ語では「イニーピー」といいます。「子宮回帰」を意味し、身体と心、そして魂の浄化と統合の儀式だそうです。
ラコタの聖数、4と7の倍数の枝を使い、子宮をシンボライズした半円球のドームを作り、その中に焼石を入れ、それに水をかけサウナのような状態の中、セレモニーが行なわれます。儀式後、イニーピーから出てくるとき、新しい命を与えられるんだそう。
主催者は日本でもベストセラーになった「ザ・シークレット」のDVDにも出演していたジェームス・アーサー・レイ。彼には「成功の科学」「引き寄せの法則」などの著書もあり、こちらではグルのような存在です。
彼が主催した「スピリチュアル・ウォリアー」というセミナーでは、36時間の断食を行なった後、精神浄化の儀式としてスエットロッジに入ります。
これが行なわれたのは、エンジェルバレーという宗教法人の非営利組織が運営する高級リゾート。セミナー参加費は1週間で$9,695!
ここに用意されたスエットロッジ内には、60人もの人が詰めこまれたそうで、この儀式で、多くの人が気分が悪くなり入院、40歳の男性と38歳の女性をはじめ3人が死亡しました。この管理責任を問われ逮捕となったわけです。
スエットロッジは、いわゆるサウナ。簡単に脱水症状になり得ます。スピリチュアルイコールすばらしいとは限りません。みなさん気をつけて下さいね。

危ないのもありますから気をつけましょうね。
それから、こういう場所があるからと言って
なにも【断食】自体が無意味であるわけではないし、
摂食障害と断食の関係が否定されるわけでもありませんよ。

格差とPTSD

2月4日朝日新聞によると
昨年12月中旬
中国の山間の小さな村で
6歳から86歳までの村民13人の殺害と放火の容疑で
34歳の男性が逮捕された。
犯行を悔やむ供述はないらしい。
地元警察当局者は
容疑者の意識は極めてはっきりしていて
精神を病んでいると疑う余地はないと語っている。
しかし北京の心理学者は
「出稼ぎで受けた不公正さ、被差別感といった小さな怒りが積み重なって
大きな恨みを生んだのではないか」と
北京紙に語っているし
村の老人は容疑者についてこう言っている。
「以前は自信にあふれた男だった。
それが出稼ぎから戻ってきたら
一変して、
おどおどと何かにおびえるようになっていた。
驚いたよ」
格差社会もPTSDを生むことがあるだろう。
日本でも本当はたくさん起こっているのだろう。
大きなショックがPTSDを引き起こし
自傷他害の事件を起こすことがある。
自傷と他害のあいだにあるのはこの世の地獄だ。
何も『ホームレス中学生』ばかりではない。
「貧しさに負けるな!」だけではもはやムリである。
こころの橋をかける事業対策が焦眉の問題である。

どうしてPTSDは否認されるのか

本当は
PTSDは思いのほかよくあちこちで発生していると思います。
心的外傷後ストレス障害のことだから。
ストレスなんてありふれたものの度合いがちょっと基準値をオーバーすると
知らない間に起こるわけで
この知らない間というのがまた厄介ですね。
ストレスを緩和しようとして
【解離(この場合は麻酔と訳したほうがわかりやすいでしょう)】が
起こる。
そういうのは無意識に処理されているから
意識的には平気なんですね。
でも不思議なおみやげがもれなくついてくる
「食べられない」
「眠れない」
「仕事にならない」
そして
「食べられないだけ」
「眠れないだけ」
「仕事ができないだけ」
と思う。
心的外傷(トラウマ)となるようなショックな事件は
思い出せないし、そんなのないと思う。
必要があって忘れてるのだから
思い出せるはずがない。
早く直したいから
できたら薬で治りたいと思うかもしれない。
しかし駅前のクリニックの自動ドアにたどり着くまえから
その人の診断名は決まっている。
『精神科医はシャーマンか?』 ←冗談でなく大昔はそうでした
うつ病とかバイポーラとか新型うつ病とか
流行の最先端の診断ではあるけど…
心理療法でも
傾聴せず、常識にとらわれたものでは
とてもPTSDにたどりつくことができません。
【知的障碍】【適応障碍】として
処理されます。

ラポート形成能力の解離

をかける
リンゼイさん殺害容疑の市被告、バラバラ殺人容疑の三被告
共時性(意味ある偶然の一致)
私が京都で呑んだら、ナミビアのブッシュマンが踊りだす
…ことはないっか。
無意識の研究によれば、まあそういう意味になります。
ラポート形成(橋をかける)能力は誰でも持っています。
5歳の宗介でも持っています。
当たり前にできることができなくなることを
当然知っているはずのことがわからなくなってしまうことを
怖いはずのものが怖くなくなってしまうことを
【解離】と言います。
PTSDを否認する心理療法家のラポート能力は
【解離】しています。

かぐや姫を救え!

摂食障害とかぐや姫には密接な関係があることが知られているわけですが、
摂食障害に苦しむ人は
『私はかぐや姫かあ』
と知っても少しもうれしくない。
ましてや
【わがまま】【知的障害】扱いされて
適応指導されるなんて…
『私はアリスか?』
病院にはトランプの女王とか時間厳守の車掌とか(ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』より)
わけわからないのばかりいて
多数に無勢
負けそう!
実はかぐや姫も現実で結婚(現実でみんなと同じように適応)させられそうになり
『ダメかも…』と気弱になるシーンがあります。
気弱になってもあきらめないことが大事ですね!
牛島定信『神経性無食欲症にみるかぐや姫コンプレックス』(季刊精神療法 1987)を紹介しましたが、かぐや姫と摂食障害の関係について知られてからもう20年が経過しています。
もうそろそろかぐや姫の本心を誰か理解してあげないと…
古典のかぐや姫も摂食障害に苦しむ人たちも
もうこれ以上待てません!