精神病院廃止したいならこころの健康教育が不可欠

$PTSD研究家翠雨の日記
精神病院のない
イタリアの映画が
話題ですが
イタリアの国は
歴史的に翻弄され
★国家なんてあてにならない
 ―日本人もそう言いますが
 やはり依存してます。
★自力で生きるのだという精神が
集合的無意識の中に
宗教的とさえいえる
常識として
存在しています。
PTSD患者も
ところ変われば…で
 ―そもそも
  現代日本のPTSDは
  現代日本型PTSDです。  
自我も相当鍛えられ
 ―それがよいか否かは
  別問題として
「馬鹿」と言われたら
「馬鹿じゃない
 PTSDだ!」と返すくらいの
 ―脳の病とこころの病を
 分別し
 適切に気持ちを言語化する。
気概があります。
母親の作る日々の食事が
家族的無意識のなかに
これまた宗教的なまでに
インプットされ
 ―母親の作った料理が
 当てられますか?
 母親の作った料理が
 世界一と本気で思ってますか?
自分は大事にされてきた
守られているという感覚が
基本にあります。
 ―これがあれば
 相当なストレスにも
 耐えられるでしょう。
外食産業を充実させようとし
それに乗せられる日本人とは
異質な精神文化の上にある
精神病院廃止成功なのです。
この点も一緒に
整備してゆかねばなりません。
つまりは
こころの健康教育なしに
表面だけまねしても
無理だということです。

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