Alice Miller,
“Das Drama des begabten Kindes und die Suche nach dem wahren Selbst”
の邦訳書を私は読んでいませんが、ネット上に書評
新版『才能ある子のドラマ』書評 http://www006.upp.so-net.ne.jp/takagish/books/book004.htm
があり、拙ブログにブックマークを付けています。私は、2001年911をトリガーにして配偶者が急激に狂っていくなかでも対話を続け、あるとき上掲書のドイツ語版を取り寄せて渡しました。保護人格は理解できたのではないかと思います。だから、最後は「私は何をするか判らない人間だ。警察を呼べ」と言ったのでしょう。
仰るとおりですよ。
離婚を甘く見たらダメに決まっていますよ。
その原因には、深い先祖代々のPTSD問題があるわけですから。
「タレント」ということで、こちらに書きます。
Alice Miller,
“Das Drama des begabten Kindes und die Suche nach dem wahren Selbst”
の邦訳書を私は読んでいませんが、ネット上に書評
新版『才能ある子のドラマ』書評
http://www006.upp.so-net.ne.jp/takagish/books/book004.htm
があり、拙ブログにブックマークを付けています。私は、2001年911をトリガーにして配偶者が急激に狂っていくなかでも対話を続け、あるとき上掲書のドイツ語版を取り寄せて渡しました。保護人格は理解できたのではないかと思います。だから、最後は「私は何をするか判らない人間だ。警察を呼べ」と言ったのでしょう。
末田耕一医師の著書に関連して書いたコメント
http://ptsd.red/2016/03/09/%E8%A9%90%E6%AC%BA%E3%81%A7%E9%80%AE%E6%8D%95%E3%81%AE%E3%82%BF%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%88%E5%A5%B3%E5%8C%BB-%E8%84%87%E5%9D%82%E8%8B%B1%E7%90%86%E5%AD%9037%E3%82%82ptsd%E3%81%AE%E4%BE%9D%E5%AD%98/#comment-14663
で、現代の西洋精神科医は “cure” を目指すべきであり、
神田橋医師は「過去の人」ということです。
「過去の人」については、
http://bit.ly/2yOygET
翠雨先生のブログにあちこちコメントしました。
香山リカ教授は「タレント女医」の典型ですね。
現代の西洋精神科医は “cure” を目指すしかなく、
それをしない大野裕医師ら
http://bit.ly/DSMfaction
は日本を滅亡させます。日本人らしい日本人を
“deplorable” ということにしてしまうのが「彼ら」の目的ですから。
神田橋條治さんは、DSMには反対なのですから、
きちっとDSM批判をしていただけたらと思います。
アリス・ミラーは、精神分析を離れて改訂版を書いたと書かれていますが、どの程度離れたのか興味深く思いました。
精神分析は、cureには関心がないのに、週に何日も分析し続けていました。今は、解釈すら与えず、代わりに薬を出します。
心的外傷の自覚がある神田橋先生が、よい子であり続ける心理療法家から降りるためにもDSM批判は要になりそうですね。
ヒトラーなど「異常」とされて分析対象になる人の
“cure” には関心がないのに分析し、研究対象にする…
「実験動物」扱いをやる人が多いので、
分析する側は果たして「実験動物」と同レベルの精神状態ではないのか?
…ということが反省としてあって、初期は、ヒトラーなど「異常」とされて分析対象になる人ばかりをケースとして取り上げていましたが、その態度を改め、
誰しもが多かれ少なかれ心的外傷はあって、それが病原化すれば危ういのだという姿勢に変更したわけですね。
逆に言えば、いくら大事に育てても心的外傷フリーにはならないので、
それを病原化しないように何ができるだろう?…という問いを中心になさったでしょう。なので、PTSD予防に考察と実践のウェイトが移動したとも言えます。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/takagish/books/book004.htm
「健康な人は讃歎してもらうために休む間もなく努力を続けたりせず、何とかして目立たなければともせず、落ち着いて自分のあるがままでいられる」
ところが、こうすると、ヒラリーさんから “deplorable” と言われてしまうのです。
こうして、米国が大学でも実行する「オーバーキル」とPTSD否認はセットになっているというわけです。
日本人は道教ベースの人が多く、その極意は
「成り上がりも成り下がりもせず」
なので、「健康な人は讃歎してもらうために休む間もなく努力を続けたりせず、何とかして目立たなければともせず、落ち着いて自分のあるがままでいられる」そのままなのですが。
翠雨先生のブログにも、以前、コメント
http://ptsd.red/2017/10/27/%e9%ab%aa%e6%8a%9c%e3%81%8f-%e6%8a%9c%e6%af%9b%e7%97%87%e3%80%80-ptsd%e3%80%80%e3%81%ab%e3%82%82-%e3%83%88%e3%83%a9%e3%82%a6%e3%83%9e%e3%80%80%e4%b8%8d%e5%95%8f%e3%81%ae-%e8%aa%8d%e7%9f%a5/#comment-14556
書きました。もちろん、アメブロで教室のご案内を出しておいでのブロガーさんも賛成してくださいました。
『「教育困難大学」で大暴れする不良学生の実態
学ぶスキルも意欲もないのに入学できる現実』
http://toyokeizai.net/articles/-/195668
が紹介されたブログ記事コメント欄でやり取りしている最中です。
https://ameblo.jp/minshushugi/entry-12328314014.html#cbox
学ぶスキルも意欲もあって卒業したものの、
「いかなる問題が起きようとも人道的に対処しようとする倫理学の構え」を外しているために、衒学者になってしまって最早、学問とは言えないことをしていて「大学人」なのが最悪だと思います。ハイデガーのように反省しないと仕切り直せませんよね?
補足です。
http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/karuta/amenimomakezu.htm
「にほんごであそぼ」 – キッズワールド NHK Eテレで、息子が幼児期にやっていたのでCD買って〜と言われて買ったらアメニモマケズのポスターがあったので、トイレに向かう途中の本棚に貼りました。兄も子ども時代は、毎日これでしたね、遺伝か?…
「ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい」というところが
「健康な人は讃歎してもらうために休む間もなく努力を続けたりせず、何とかして目立たなければともせず、落ち着いて自分のあるがままでいられる」
…そういうものに わたしはなりたい。
と、ピッタリ。その書棚には、兄が観て模写をした画集があり、ちょうど、その部分を「うお〜」と唸りながら刃渡り30cmの洋包丁を振り下ろして傷をつけました、DV化した配偶者が。そのときは、クールダウンを待つのに、息子と二人で外出したのですが、帰ったら表情が変わっていて、こんなふうに凹むなんて安普請だ…とケロっとして言いました。人格の交代ですね。そのあと、息子の遊び仲間が来たとき「あれ、どうしたの?」と訊いたので、「オヤジがトチ狂って包丁を振り下ろした」と説明しました。普通は、危ないよねえ…という話になるわけですが、警察は、そんな傷はいつ付けられたものか示されないので何の証拠にもなりません、DVなんてなかったんでしょ、証言者がいますよ…っていう態度で、すべてをオープンにして、専門家とされる人々も含めて誰の精神機能がどのように障害しているのか、議論したいところです。
「ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい」というところが
「健康な人は讃歎してもらうために休む間もなく努力を続けたりせず、何とかして目立たなければともせず、落ち着いて自分のあるがままでいられる」
…そういうものに わたしはなりたい。
と、ピッタリ。
これで何の問題もないのですから。
英才教育ですね(^_-)-☆
親御さんが押しつけたわけでもなく、見えない空気を読みながらの文化的遺伝ですね。
人格の交代を目撃した(恐怖とセットというのがキツイですが)経験は、いずれは、その人の人格に深みを与えるはずです。
ありのままでいる人に嫉妬して突撃する人を立証の壁が守りますが、おまわりさんにわからなくてもお天道様と世間さまは見てますから、語り草にしてPTSD予防に貢献できれば、結局は無問題です。
アリス・ミラーについての疑問にもお答えいただきまして、ありがとうございます。
精神分析の理論そのものを否定したわけではなく、理論を深めながら「精神分析」という立場を離れて、実用可能にする途を開いたわけですね。
確かに、このような考え方をきちっと書かないと、「殴られたら必ずPTSDになるのか」と言いがかりをつけられたり、生育歴を聞き出されPTSDラベリング(実際は精神病ラベリング)される人が出てきます。診断名をつけるのが目的のDSMと真逆で、病気かどうかは二の次で、1つの現象として、どういう状態でどうすればよさそうかということを中心に考える立場や、その結果、予防(未病を治す)中心になるのは東洋的です。
教育困難校の問題も、やっと話題になりました。
職人になるにも大学に行かねばならなくなり、認可しすぎたのも問題でしょう。
私なんかも、本来は職人ではないかと思うので。
okinawahisui2さんも参戦されてますね。
ユニークな方です(^^ゞ