本日は ミルトン・エリクソンが亡くなった日です。
戦後の精神科医ですが
向精神薬を使うようになった。
心理療法家として注目されています。
手法は
いろいろな心理療法がある。
古典的な催眠を超えて
他者催眠
― 催眠をかける
瞑想的なものであったために
瞑想すれば事足りるのはわかっていても
自分で瞑想するのは難しいので
― 頭を真っ白にすることだとの勘違いも多いし
人にかけてもらえばいいのではないか🤔ということで
― 知らない間にかかっていることもあるし
催眠術が誕生した。
― 他人が自己(セルフ)の座に着席
―― 麻原正晃が座った日には(>_<)
魔術師とか名人芸等と呼ばれ
サイコセラピストとしての能力が高かった。
後継者が育ちませんでした。
短期療法等、安直なものにした一派は
ユング心理学を学んで公認心理師になる
現代の得て公🐒現象と似ている。
大学教育は受けていますが
精神医学も臨床心理学も
ごく最近まで実質みんな独学です。
カリキュラム等が整っていない時代で
フロイトの『夢判断』が1900年
身体が弱かったために
17歳でポリオにより眼球以外が麻痺
人間をよく観察したことで
退屈しのぎに
観察しようという意識もなく
無意識的に観察していた。
自然に身についた感覚をもとにしたもので
目には色覚異常があり
耳は音楽を理解できなかった(失音楽症)
― おそらくショックで五感のゲシュタルトが崩壊していた。
物や音が1つのまとまりをもったものと感じられないのは
― 人の言葉にも普通に2重・3重の意味が含まれている。
―― 言葉裏腹とか忖度させることを意図した命令形である場合さえ
困ったことだが
― 障害と呼ばれるし当人も困惑する。
常識ではない次元でものを見ることになる。
― ありのまま
つまり英才教育を受けていた。
とらわれがないので
弟子たちは
短期療法にしようとしたので
公式を人にあてはめる必要があった。
クライエントごとにアプローチを変えるエリクソンは
そういう技法化は好まなかった。
現実に即して自在にふるまうようです。
言語化された数少ない技法の1つは
ユーティライゼーション
(Utilization:利用できる物はなんでも利用する)
臨機応変・変化自在
精神分析では
抵抗が問題になるのですが
抵抗@無意識 は必ず起こる
治りたいけど☯治りたくない
それで心理療法の場を破壊にかかる。
エリクソンは
「治療に抵抗するクライエントなどいない。
柔軟性にかけるセラピストがいるだけだ」と言います。
『君たちはどう生きるか』の主人公の経験へと誘うのは
教えられなくても自己治癒し
自分の哲学をつかんで自己実現
エリクソンのようなセラピストかな。
無意識の感官をたどって
夢や幻覚を見ながら
どんどん水没してゆく眞人
「治療に抵抗するクライエントでは無く、柔軟性に欠けるセラピスト。」
このフレーズ。何だか希望を与えてくれます♪
ドラゴン🐲が言いたかった言葉。
S先生に「スコットランドの崖から落ちて消え失せろ。」と言われた時に、私が言いたかった事かもしれません。笑笑
瞬時に否定する気持ちが潜在意識に芽生えていたのは幸いです。
黒魔術的な催眠にかけられそうになっていたわけですからね(>_<)
おはようございます😃
クリニック内に居るセラピストの凝り固まった思考展開が、クライエントの不自由さを生み出して抵抗を引き起こすのだと感じています。
囲うことは安全性を強化するのですが、クラエントの自由を奪ってしまう。即ち、クライエントの思考展開を提示するentityの数を極端に少なくしてしまうのだと思います。
クリニック外の要素をたくさん取り入れる柔軟な思考展開をするセラピストの方が、クラエントは受容されてる感がアップしますよね。
人間観察は、「なんでもあり」という前提で構えていないと間違った分析をしてしまう事になるわけですね。いや、抵抗と転移で人を観察する精神分析ではセラピストの偏りが余計に露出されて、クライエントに更なる抵抗が引き起こされるのかもしれません。スコットランド🏴の崖に行かなくて良かった🥸
精神科界隈は何かと選択肢がなく、常に一択ですからね。
外れると崖に行くという一択が提示され…(>_<) 人間観察は「なんでもあり」という前提ですよね。 脳内で何を考えても自由なのだし、とりあえず自由に表現してもらわないと始まりません。 それが教科書にある自由にして保護された空間の本当の意味です。
お返事ありがとうございます♪
精神分析と文化の関わりって、体験してみないと実感が湧かないのですよね。
異文化体験の全くないセラピストが、人を観察し解釈することはかなり難しい😓のだと思います。アフリカからの留学生の謎解きが不可能だった事、英国在住の日本人女が言う事聞かずに抵抗ばかりされた経験をした純ジャパセラピストも、そこから何かを学んだかもしれない…
クリニック外で精神分析を使うことって、ホンマに難しいどすなぁ〜あれ〜京女が憑依してるw
私もAIちゃんに分析されているらしく
最近はちょっと怖いのまで流れてきます(^^♪
京都の有名な箱庭の先生がカメルーン🇨🇲に行って木の絵(バウム🌳テスト)を集めてきたのを学会で見せてくださったのですが、それまでの臨床感覚が一気に吹き飛びましたよ😵💫
アフリカと言っても、そこはそれぞれの国の文化と植民地時代からの世代間トラウマが複雑に絡まっていますから、一言で「アフリカ」と括ってしまうのは大雑把すぎますよね。カメルーン🇨🇲、ケニア🇰🇪とのやり取りも結構手こずる事が多かったですが、今関わってるナイジェリアの方々とのやり取りも苦戦することが多々ありますので、先生の臨床感覚が一気に吹き飛んだというのも想像出来る様な…..
もう見たことがないようなのばかりだったのですよ。
なんでそうなるの~⁈というような。
辺境の1つの村でそういうことですから、アフリカ大陸全体ではどんなことになっているのやら…
一方で、ご老人が亡くなると、図書館が1つ消えると言われるくらい人間は智恵の宝庫なのでした。
本邦臨床心理学なんて軽いものですね(^^♪