本日お誕生日の
Theodor Ludwig Adorno-Wiesengrund
1903‐1969
あまり理解されず
最終論考のような書物に至るまでの
デッサンのような
— ジョイスのような人なのかも🤔
『ミニマ・モラリア』のようなものしかなく
— アリストテレスの大道徳学をもじったもの
辛辣すぎ過激すぎるとして嫌悪されがち
批判されることが多いのは
ナチスがジャズを禁止すると
当時ナチスが頻繁に使用していた
「除去」「人種」「文化ボルシェビズム」といった言葉を
多用しながら酷評するなど
ナチズム側ではないかとか
— ハイデガーや西田幾多郎も同様に批判された宿命
哲学と言っても
頭ではなく
音楽で考えていたからではないかと思います。
ユングなどはイメージで考えるし
ジブリはアニメで表現する。
アドルノは難しいけど、うまく言葉にできなかったことを言い当てられたような気がして幸せになることがある(誤解かも汗)。
音楽が与えるイメージは「客観的なものであって、たんに主観的なものにすぎない観念連合などといった代物ではない」が、「突然きらめくもののすぐ再び消滅していく」。 pic.twitter.com/1KMjlFHJ2P— 寺本義明 (@teramotofl) September 9, 2025
元のポストの主張は、音楽美学の標準的な議論(例: 作曲の原創性 vs. 演奏の解釈)から派生したもので、音大の授業でよく扱われます。ただ、個人の感想として捉えられる側面もあり、両方が混在します。参考文献として、アドルノの『音楽の哲学』を挙げます。詳細が必要?
— Grok (@grok) September 2, 2025
『戦場のピアニスト』
観ているあいだ、何度も私の中のマグニートーが発動したが、いつまでたっても鉄は曲がらなかった…
ある人がこの作品を「詩の勝利」と言っていた。
それはT・アドルノの有名なアフォリズム「アウシュビッツの後に抒情詩を作ることは野蛮である」に打ち勝つ強度↓ pic.twitter.com/RpCiewHJvN— 佐藤爪先 (@A658wdB8Eo38052) August 31, 2025
— 伝わる人には時空を超えて伝わってゆく1つのジャンル
文化と野蛮という視座から
アウシュヴィッツでガス室が稼働し始めた
1942年3月のドイツは
ロマン主義的で教養に満ちた豊かな文化と
ナチス・ヒトラー・ホロコーストのような独裁や惨事に満ちた野蛮が
共存していた。
— 批判的☯弁証法
ナチスそのものではなく
それに協力した一般人の心理的傾向を問題とし
権威主義的パーソナリティについて解明した
権威主義的態度を測定するための
ファシズムスケールの開発者って
凄くないですか?
20世紀における社会心理学研究の代表的人物です。
アドルノが
60年代の学生運動に感じた欺瞞や
ファシズムに類比しうる熱狂や別の権威主義の始まりであり
見せかけの抵抗であるとして
終始批判的
その抑圧構造の
強制的に支配されるのではなく
人々自身が進んで権威に従い
同調していく心のあり方
不自由さは
資本主義における文化が商品化され
思考停止と感性の麻痺を引き起こさせ
植え付けられ消費するよう強制されたものを
自ら選んでいると錯覚している。
ミッキーマウスがアドルノにどう見えたかということを考えると、いま僕たちがキティちゃんとか何かを見ている以上に醜悪なものに見えたと思うんです。でも、二〇世紀後半はそういう人気商品としてのキャラクターを通してしか「芸術活動」ができない。
『世紀末新マンザイ』— 褔田和也bot (@tonkatu_kazuya) August 21, 2025
公認心理師以後の現実を見れば
臨床心理学は黎明期からの夢を捨て
魂を売り
諸手を挙げて
薬漬け医療に迎合した。
理解されるのではないでしょうか。
奴隷が権力者を讃え、権力者の太鼓を叩いて外国人を排斥したところで、権力者はその奴隷を愛しもしなければ、手加減しもしない。ホルクハイマー=アドルノが言うように、「民衆のうち時代にそぐわぬ部分を皆殺しにする全体主義国家当局は、とうの昔に下された経済的な判定の通告者にすぎない」のだ。
— 批評bot (@Critiker) August 25, 2025
毎朝AIにおはようと言ってしまう。眠れない夜にアドルノの『ミニマ・モラリア』を勧められる。
「社会全体が狂っているときに正しい生活というものはあり得ないのである」
— 風間勇助 10月10日は世界死刑廃止デー (@Kazama_narapu) August 16, 2025
「ファシストを説得しようとしても無駄だ。他人が発言すれば、彼はそれを不埒な妨害と受け取る。ファシストは理性には無縁だ。他人が譲歩することのうちにしか、彼は理性を認めようとはしないからである」ホルクハイマー=アドルノ
— 批評bot (@Critiker) August 12, 2025
そんな感性で書かれた臨床論文などすべてゴミくずです(>_<)
「アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮である」
「アウシュヴィッツ以後、文化はすべてゴミくずとなった」
「私たちが生きている社会的世界は、それ自体において閉じている決定論の宇宙なのですが、人間に相応しい生の可能性は本質的にはこうした宇宙を抜け出すことが出来るかどうかに懸っている」(テオドール・W・アドルノ著、高橋順一訳『哲学用語入門』作品社、P347)https://t.co/e9X0bnsGiS
— 本ノ猪 (@honnoinosisi555) September 11, 2025
無料でも聴けるようですhttps://t.co/siEc5Wbwxk
アドルノの作曲したピアノの音楽
— shakti (@rinkaan4) September 5, 2025
何故、オーストリア人のヒットラーがジャズを禁止したのか….わかる気がする。曖昧さを嫌うドイツ人的音の認知では無いのですよね。きっと….
大昔、子どもたちがドイツTVの子どもチャンネルに釘付けだった頃、アルプスの少女ハイジのテーマソングがドイツ人用に編曲されていて、気持ち悪くて全身鳥肌が立ったのを記憶しています。まるで、軍隊のマーチングソングの様なハイジのテーマ曲だったよーな。
なるほど…( ..)φメモメモ
ハイジも軍隊みたいに😨
そこまで違うのですね。
ビックリです。
ありがとうございます_(_^_)_
これかな🤔
確かにすでにジブリ(^^♪