土佐日記かな文字にした旅立ちの今日、悲哀の歌こころのケアに託す

本日は

935年

紀貫之が

土佐日記』の旅に出立した日です。

 

 

行政官というお堅いお仕事の男性が

地方での任期を終えて

土佐

京へ帰るまでの一行の55日間の旅日記とみられています。

 

 

普通に漢字で書いたものを

男性は漢字で書く。

ひらがなに書きなおすと

土佐国で亡くなった愛娘を思う心情など

— 望郷・孤独感・親子の情

単なる事実の記録ではなく

公的身分を離れた私的感情の開陳なので

漢字では気持ちが乗らないからではという説がある。

女性化した点がユニークであることで知られています。

紀貫之は歌人でもあったので

仮名文字も得意であり

女性(アニマ)的な要素はもともと持ち合わせていたので

引き出された。

 

諧謔表現の多用が多く

ジョーク、駄洒落などといったユーモアで

こころのバランスをとっていた。

— 今風に言うと自分の機嫌をとる

—— これを人にさせようとするとトラブルになる。

こころのケアになっていたようです。

PTSD予防

歌舞伎とかタカラヅカとか

サイコドラマのような

いろんな立場で内から考える。

現象学的方法がありますね。

フッサールのソレじゃなくて

— 脳内🧠完結

直指人心の弁証法過程

硬質な哲学で知られる西田幾多郎も

絶対矛盾的自己同一

…とか

 

哲学は悲哀から

沢山の書を残していました。

 

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