大統領が
国賓を
空港で出迎えるのは
異例のことです。
現地で活動する青年海外協力隊員ら46人とも
懇談
隊員一人一人に
「島がたくさんあるから大変でしょうね」
「良い成果が出るとよいですね」などと
声を掛けて回られたそうです。
「支援する人への支援」も重要ですね。
ゴーストライターが書いたそうですが
こんな話もありました。
戦争が本当に終わるには
時間がかかりますね。
皇太子時代にも訪問されて
二度目でもあるので
そのご姿勢が評価されているようです。
この人達の行う
こころのケアとは
全く異質な世界です。
近隣諸国との軋轢は、いかなる国家も或る程度あるものでしょうが、特にフィリピンに関しては、日本が一方的にご迷惑をお掛けしたので、謝罪した方がいいと思われます。ご高齢でお体も大変でしょうに、マニラに慰霊のご公務は頭が下がります。1933年にお生まれになり、ご生誕がサイレンで周知されたとき、昭和一桁生まれの父も子どもながらに「こんな時代は、いつまでも続くことはない」と思ったそうです。父方の祖母の話によれば、第二次大戦で戦況が悪化したとき(昭和)天皇陛下は、お狩場での狩りに使う銃弾も勿体無いとされ、鴨猟をおやめになりました。鴨猟をなさっていた時代には、乗馬ができない私の祖父には、必ず仕留めた鴨を2羽届けさせてくださいました。ところが、陛下が鴨猟をおやめになったとき、大臣クラスのバカどもは、戦利品だと言ってチョコレートを食らって「総理が…総理が…」と自慢話をしていたそうで、そういう奴らが日本の「ハイソサイエティ」だから関わらないようにと言われました。今も、そのままではありませんか。
人類史的なPTSDを認識し、負の連鎖を止める時代になりましたね。
興味深いお話をありがとうございます。
ご公務のなされ方には本当に頭が下がります。
利権に群がる「ハイソ」な方々の勘違いの醜さと対照的ですね。
その負の連鎖も何代目かになると、哀れで目も当てられないです。
自覚されない場合は、自滅により、淘汰されてゆくのでしょうね。