投稿者「翠雨」のアーカイブ

天より石 こころに灯る 古き声 @『君たちはどう生きるか』より神隠しと隕石

861年貞観3年)

易経』の「天地之道、貞観者也」より。

唐の「貞観」も由来を同じくする。

福岡県にある 武徳神社境内に

世界最古の隕石が落下したのだそうです。

「飛石」として伝わる。

5年に一度

公開され

天文学ファンが訪れるとのことですが

 

当時は

科学的な説明がつかない。

大変畏れられ

目撃しただけでも

不吉なものと感じられたりして

自然発生的に

感情を共有し

表現する。

集団的PTSD予防が行われ

阪神淡路大震災後は

こころのケアと呼ぶ。

お祭りの元型になりました。

 

『君たちはどう生きるか』の神隠しの場所も

隕石により誕生したのでした。

 

大叔父は今もここで哲学しています。

集合的無意識

 

隕石は

内からも落下してくるのでした。

自傷行為

集合的無意識の感官であり

火炉のような場所です。

 

 

 

らせんゆく 影とひかりの 気づきかな @精神分析を創始したのはPTSD(ヒステリー)患者さんたち

本日は

催眠をかけるという言葉の由来となった

 mesmerize

フランツ・アントン・メスメル のお誕生日です。

 

大学卒業後に

医学の勉強を始めますが

関心は占星術的な心理学で

博士論文は

人体疾患に及ぼす惑星の影響について』

メスメルは人体の中にも潮の干満があり

その原因は太陽や月の運動に違いないと考えていた。

— ミクロコスモスとマクロコスモスの関連は古くからの哲学的問題

—— ヘンテコに聴こえるけど天皇の象徴性と似た説明

——— 太一は中国の宇宙神の神名 乗り物が北斗七星

独自の心理療法を考案しました。

人体のなかにある

目に見えない流体を

動物磁気と名づけた。

— 自然治癒力を作動させる論理と少し近い考え方

現在はほぼ治療できていないと考えられている

薬物療法しか受けられないので

薬害に苦しむ人たちが知られているのみ

PTSDをたくさん治し注目されると

後述のとおり

ヒステリー患者が多く集まっていたと判明

治療の是非を巡って大論争が起き

ルイ16世科学アカデミーのメンバーたちに判断させました。

 

侵襲的な治療でもなく

例えば薬物療法や電気ショックのように

治る人もいるなら問題はないと思われますが

メスメルが発見したという動物磁気などどこにもないとだけ

見える化できるものではなく

また

メスメルは

シンボル(記号)を使って説明するので

その知識がない科学者には理解不能

結論づけられ

治療がうまくいったとしても

それは想像力のおかげとした。

想像力でも治ればよいのに

— ユング心理学のイメージもこれにかなり近い。

想像力であるという証拠も示さずに

ブームは去りました。

細木数子現象と似たものかもしれない。

— 大絶賛とバッシング

—— 根っこはトラウマ物語

 

その後

患者さんたちは

想像力ではなく

被暗示性のために

ヒステリーは超外向性

言われなくても相手が期待したことを察して動くほど

催眠にかかっていたと判明しますが

これは

健常者に応用できる現象でもあるので

暗示にかかりやすい性質は誰にでもあるから

瞑想状態に近づける工夫をすればよい。

 

ジャネは催眠を利用して治療し

15歳でうつ病となり闘病

哲学教授のまま

解離について研究

心的外傷の意味で  traumaトラウマ)という術語を造語したので

フロイトより先に無意識を発見したとも言われ

ユングにも講義し影響を与えた。

— ミルトン・エリクソンに相当近かったのかもしれない。

一方

フロイトは

ヒステリー患者に対して

権威的な催眠を試みようとして失敗

催眠にかけようとしたが

勝手にしゃべり始め

抑圧がとれて

気づきが起きた症例に出会う。

— これもブロイアーの症例

精神分析学の基礎を築くことになりました。

患者さんが

自由連想法にさせた。

心理学研究も

頭で考えられた弁証法で

機械論的に変遷してきたわけではなく

…ヴントの如きは経験に基づいて推理せられたる知識をも間接経験と名づけ…(Wundt, Grundriss der Psychologie, Einl. §I)。しかしこれらの知識は正当の意味において経験ということができぬばかりではなく、…自己の意識であっても、過去についての想起、現前であっても、これを判断した時は已すでに純粋の経験ではない。真の純粋経験は何らの意味もない、事実其儘の現在意識あるのみである…

ジェームスが「意識の流」において説明したように、意識はその現われたる処についているのではなく、含蓄的に他と関係をもっている。現在はいつでも大なる体系の一部と見ることが出来る。いわゆる分化発展なる者は更に大なる統一の作用である。

ヴントは感覚の性質を次元に併ならべているが(Wundt, Grundriss der Psychologie, §5)、元来一の一般的なる者が分化して出来たのであるから、かかる体系があるのだと思う。

ぼんやりした気づきの萌芽が

メスメルは何もわかっていなかったと思うけど

治療の場所のようなものをぼんやり眺めていた

トリックスター的存在

らせん状に

行ったり来たりしながら発展してきたもののようです。

 

時空を超えた神隠しの場所がある。

 

情の灯 思索の影を 越えにけり@西田哲学からみた小泉八雲と夏目漱石<華厳の滝>

若い人たちの死因の第一位が自殺という昨今ですが

10代・20代 @厚労省

高校生の自殺が話題になった時代もありました。

本日の出来事@Wikipediaに

藤村 操さんの忌日があります。

1886‐1903

華厳滝投身自殺

自殺現場に残した遺書「巌頭之感がんとうのかん」によって

当時の学生・マスコミ・知識人に波紋を広げました。

 

本日がお誕生日のネルヴァルの自殺と

似たところがあります。

精神を病んで苦しんだ挙句

見出し得る最も汚い一角の

— ボードレール

下水道の鉄格子で首を吊っているところを発見された。

— 治安も悪いので殺害説もある。

自殺ではあったが

— 前記事の神曲@キリスト教 問題

精神状態のためであったと見なされ

カトリックの葬儀が許された。

アントナン・アルトー

「自身の意識に対抗するために神秘的な仕方で同盟を結んだ

社会的な自殺

(社会がさせた自殺)を見出した。

PTSD的な観点からは

昨年記事にまとめましたが

自殺の原因のなかで浮上した

自殺前に

漱石と話したことが話題となっていて

漱石もそのことを作品のなかに書いている。

漱石と小泉八雲の違いについて

海外留学中に発病した漱石と

日本で活躍するハーン

理知的であるべきとする漱石と

感情豊かにそのまま表現するハーン

興味深いものをみつけました。

西田幾多郎もまた

東大の学生さんたちのように

小泉八雲をべた褒め

手紙の中にたくさん登場

ほかにもたくさん

漱石は評価していませんでした。

博士号を辞退したのを褒めたくらいで

心理学や哲学の評価と同様

頭で考えた作品だからと書いたのが

一つみつかったくらい。

— もちろんどこかにあるかもしれない話だが…

 

愚禿の灯 風静かなる 胸の底 @西田哲学と親鸞よりPTSD心理学

 

人間の自覚や意思には不思議なところがあるようです。

西田幾多郎も

全集一巻 『愚禿親鸞』明治44年4月

自らについて

真宗の家に生まれ

母親は真宗の信者なのに

自分は真宗についてそう知らないと書き始めつつ

もちろん膨大な資料を読み込んではいるでしょう。

真宗の意味についての深い理解を示しているようです。

親鸞が自らを称した

愚禿

真宗の教義も

(普遍的な意味としての)宗教そのものの本質も

象徴されているのではないかと

愚人・悪人を正因とする考え方や

— 空前絶後に蘇る  = 愚禿の二字を味わう @心霊上の事実

愛を主とした他力宗は他にもあるけれども 

キリスト教や

正義の感が強く悪を責める側面と

— キリスト教以前の問題は救わない @神曲問題

—— ギリシアの哲学者とか

放蕩息子を温かく迎えた父の物語のようなところ

— 真面目な息子は激おこ💢

日蓮には二面性があります。

他宗を罵倒 壮語

さけび雲走り、怒濤澎湃どとうほうはいの間に立ちて、動かざることいわおの如き

日蓮上人の意気は

壮なることは壮であるが… と西田

親鸞は法を見て人を見ませんでした。

流刑に処されても…

煙波渺茫びょうぼう、風しずかに波動かざる

親鸞上人の胸懐は

また何となく奥床おくゆかしいではないか…と西田

 

わりとへりくだることが多いようです。

 

現代にも流刑のようなことがあるので

理不尽な危機

こころのケア(PTSD予防)に生きる態度だと思います。

人間は猿とは次元の違う哲学に生きているということでしょう。

西田幾多郎が注目していたのも

頭で考える学問を否定

 

実験心理学ではなく

猿の得て公🐒心理学しかなかったので

ご苦労された様子

 

臨床心理学への越境の兆しはありました。

不具(精神病)についても純粋に見てほしかったが

— 本来具わっている @どんな状態でも神と一緒で他力が働く

フロイトひとりに多くを望むようなないものねだり

— ユングを読めばいい。

集合についてのビジョンはあった。

孤影さす 心の底に 春遠く @西田哲学『智恵子抄』の今

本日は

高村 智恵子さんの産まれた日です。

1886‐1938

統合失調症に苦しめられていたとされていますが

Wikipedia

45歳くらいの発症で

10~20歳代の青年期~成人期にかけて発病すると

昔の常識的な教科書には明記されていた。

その前に原因らしきものがありました。

金銭的に苦しい窮乏生活を送るなか

— 裕福な育ちでもあり病弱であったので苦労は大きい。

挫折

— 自信を持って出展した油絵の落選

創作活動をあきらめて家事に専念するようになったころに

— 高村光太郎を支えるために

父親が亡くなり

実家が破産・一家離散

孤独から

母親や姪が訪ねて来ているのに

寂しいと言うから

普通の孤独ではない。

— 東京には空がないというのと同じ意味

睡眠薬で自殺未遂を起こすまでになり

このタイプの作家らにも

原因らしい出来事がある。

— 精神病は先天的病で後天的な原因は無関係

東北地方の温泉で療養してもよくならず

思い出のマーニーも転地療法から

—ただし物理的な問題ではない。

自宅療養も危険な状況にまで進行していたので

精神病院に入院

当時としては

先進的な全個室、鍵なし、格子なし

高村光太郎の勧めで

精神病には

簡単な手作業がよいと聞いた。

紙絵を創作するようになりました。

あふれるように創作しているところからも

PTSDだと思われます。

当時は

神経衰弱などとも呼ばれていましたね。

神経症とは把握されていた。

— 森田神経症のように考え方で治るレヴェル

西田幾多郎の手紙のなかにも

哲学者の見たこころの病

似たような症例をみつけました。

原因としては

当時の常識をそのまま援用していますが

病気に苦しむことも増え

哲学者は身体も考えなければならないとも書くようになった頃

政治的な問題と関連のある現象とは

感じられていたように読めます。

西田哲学が

手紙の相手の

鈴木大拙は

— 二人は大親友

後年

心理学は哲学に

哲学は心理学に抜けなければならないと書いている。

臨床心理学にまで越境するには

少し時間がかかったようです。

そしてまた忘れ去られようとしています。

見牛や 心の景色 立ち上がる @西田幾多郎と南方熊楠

本日は

西田幾多郎のお誕生日です。

おうし座だなと思い

20日まで

確かにおうし座っぽい

昨日がお誕生日の

熊楠の『十二支考』を開いてみると…

牛だけがありません👀

十一支考

熊楠は

寅年🐯の1914年から

その年の干支について

雑誌に掲載を開始し

亥年🐗の1923年までは順調だったのですが

翌24年の子年🐭は

執筆したのに掲載せず

『十二支考』には収録

丑年🐂論考は出来上がらなかったのだそうです。

資料があまりに膨大なため

「全然出来おらず」と弟子への手紙で訴えていた。

亡くなったのは1941年

2019年になって

新聞紙の裏面に書かれた

大きいので一覧できるのが気にいったらしいが

新聞紙でも

入りきらず

収拾がつかず…

腹稿100枚が

「詩文の草稿を心中に組み立てること。また、その草稿」

熊楠の場合、論文執筆にあたって記した自筆のメモ書きがこう呼ばれている。

「中国の古い言葉で、現在はほとんど使われていないが、熊楠には使う」

和歌山市立博物館に所蔵されているのが見つかったのですが

悪筆で判別が難しく

内容は分かっていないものの

熊楠の論文は難解なので

研究に役立つと専門家を歓喜させたのは

西田哲学と同じです。

同じころ

— 2015年  熊楠は2019年

心理学ノートなども見つかり全集更新

哲学館がみつかったノートを復元

私は、こういうビジョンがあったことを知って嬉しくなった。

さて

なぜ牛だけ欠けたのでしょうか🤔

牛と人間のかかわりは密で古く

ラスコー洞窟の壁画は躍動的な野牛

— 2万年ほど前とされる。

ヒンズー教では神聖な生き物

『説文解字』によると

— 最古の部首別漢字字典

天地の事柄は牛を引く耕作に始まる。

— 「物」のヘンは牛

禅宗で真の自己を表すのも牛でしたね。

AI熊楠なら

『十二支考』をまとめ上げることができるでしょうか。

牛だけで全集が出来てしまい

バランスが悪いでしょうか。

一即多の不思議な構造です。

善の研究では

たとえばを打って火を発する以前に、火はどこにもないのである。或はこれを生ずる力があるというでもあろうが、前にいったように、力とかとかいうのは説明のために設けられた仮定であって、我々の直接に知る所では、ただ火と全く異なった或現象があるのみである。それで或現象に或現象が伴うというのが我々に直接に与えられたる根本的事実であって、因果律の要求はかえってこの事実に基づいて起ったものである。しかるにこの事実と因果律とが矛盾するように考うるのは、つまり因果律の誤解より起るのである。

石も重要そうですけどね。

— 原初以来の恒常性を保つものとしての石  金気

たとえ話に牛が採用されていますよ。

同一の意識といっても決して真に同一でない。たとえば同一のを見るにしても、農夫、動物学者、美術家に由りて各その心象が異なっておらねばならぬ。同一の景色でも自分の心持に由って鮮明に美しく見ゆることもあれば、陰鬱にして悲しく見ゆることもある。仏教などにて自分の心持次第にてこの世界が天堂ともなり地獄ともなるというが如く、つまり我々の世は我々の情意を本として組み立てられたものである。いかに純知識の対象なる客観的世界であるといっても、この関係を免れることはできぬ…

見るというときに牛なのでしょうか。

見牛は第三図

— 見性 ~ 立ち上がってくる   …生成AI

森深く ひとつの声を 神は聴く  @南方熊楠の萃点マンダラ宗教哲学

熊楠は

1867年5月18日生まれ

在野の

渡米し

さらにイギリスに渡って大英博物館で研究を進め

多くの論文を著し

— 論文としての体裁はなしていない。

国内外で大学者として名を知られたが

学会に加入せず

無位無官の

非組織人

日本の民俗学の

主著として『十二支考』もあるが

同じく在野の吉野裕子先生の論考とは

いささか次元が違う。

 

創始者のひとりですが

大変博識で

百科全書的な学問に裏づけられた民俗学

博物学民俗学人類学植物学生態学など様々な分野に及ぶ。

知の巨人と称されます。

柳田國男からは「日本人の可能性の極限」と称された。

大変な集中力・記憶力・語学力

収集家として知られますが

生物学者としては粘菌の研究で知られているが

キノコ藻類コケシダなどの研究もしており

さらに高等植物や昆虫、小動物の採集も行い

— そうした調査に基づいて生態学ecology)を早くから日本に導入

昭和天皇進講

粘菌標品110種類を進献

その姿は宗教家のようで

仏教書に精通

インドで仏教の僧に

アラブ諸国でイスラムの導師となり

世界を漂泊する夢をもちながら

— 雲水のように

命懸けで山野を跋渉

— 千日回峰行のように

宗教哲学にまで昇華されました。

実際に

てんかん発作があり

息子さんも高校受験中に突然精神病に…

子どもの頃からの

異常な癇癪持ちは

— 一度怒り出すと手がつけられないほど凶暴になる。

両親の頭痛の種で

その緩和のために

生物学などの学問に打ち込んでいたと本人も自覚

多汗症のため薄着あるいは裸で山中での採集を行うので

天狗と呼ばれていた。

— 遠野物語の天狗みたいに見た人は驚く😱

その治療のために

瞑想的な芸術療法が役にたつ。

箱庭療法のような収集記録に没頭していたとも解されています。

— 森永ミルクキャラメル

妖怪学に通じていると思えば

わたしたちの生きるこの世界の構成は

物理学などによって知ることのできる「物不思議

心理学などによって研究可能な領域である「心不思議

そして両者が交わるところである「事不思議

推論・予知、いわば第六感で知ることができるような領域である「理不思議

これらは人智を超えて

「大日如来の大不思議」によって包まれている。

それは「完全」であるとともに「無」である。

その中心「萃点(すいてん)」からものごとを考えることが

問題解決の最も近道

— 熊楠のマンダラ(森羅万象) 学

絶対矛盾的自己同一のビジュアル化じゃないかと思う。

井上 円了と9歳違いで

1858年3月18日生まれ

水木しげるが奇才ぶりを紹介しています。

見えるものがちがうので

言動が奇抜で

奇行が目立ったので

さまざまな逸話がある。

ヘビースモーカーで甘いもの好きの酒豪

— これだけの依存物質がなければバランスが保てなかった…

山川草木悉有仏性といわんばかりに

自然と一体化した現実感の熊楠は

普通の人の現実とは異質

臨終の際

医者を呼ぶかと問われると

「紫の花が消えるから」と拒否したそうです。

薬で幻覚が消えるのは残念なことなのです。

議論なき 沈黙の庭に 歪むもの@判断禁止WordホモフォビアというPTSD事象

 

フォビアという言葉は

臨床心理学では

非合理な恐怖症を意味しますが

饅頭怖い… は狂言

ホモフォビアやトランスフォビアは

文字通りの恐怖ではなく

広範な反対意見・道徳的拒否・嫌悪・文化的な規範を一括りにする

同性愛は精神疾患ではないと変更する動きに

反対する人々を指す。

政治的・修辞的なラベルとして使われた

反対する人たちは「病的な恐怖を持っている」と位置づける。

かなり強引な戦略的造語です。

同性愛行為を不適切と考えるのは精神疾患

文化人類学的に見て

完全受容社会は少数派なので

多くの社会で

「異常・罪・非生産的」と見なされ

抑制されてきた。

議論をさせないために

あえてフォビアという強い言葉を使ったものです。

馬鹿というやつがバカだみたいな暴言

歴史的に問題が起こりやすいテーマなのに

タブーの領域にしてしまったことで

現実では

問題が複雑化してしまっているようです。

 発覚する時には手がつけられない状態に(>_<)

 

刑務所では

  集団生活が苦手な人のあつまり

受刑者と刑務官は日々緊張関係に…

実務的なリスク管理のために

リスクは避けられないが

— 隠しても隠さなくてもいじめられるリスクがある。

リスク内容をあらかじめ知っておく。

把握されているそうです。

明文化されておらず

かたちに残らないように訊く。

— 刑務所も大事なことは不立文字・教外別伝

普通に見えるのが無難なので

明らかに同性愛者に見える場合は

注意するようですが

服装などは泣く泣く改めても

行動やしぐさはムズカシイ

同性愛が悪いとは考えない受刑者も多く

深刻化するのは

同性愛を隠していた場合だそうです。

同性愛に限らず

刑務所で一番嫌われるのは

嘘をつくことなので

なので詐欺師などは一番いじめられる。

依存症患者を馬鹿にしていたのに

— 女々しくみえるのを嫌って去勢を張るものらしい。

覚醒剤で何度も入っているとバレると地獄とか…

フォビアという名称は再考のうえ

どういうものかについて

文学などの芸術で語られ

精神分析が問題にした史実もあるのだから

— フロイトは病気と考えたしPTSDであると公言する当事者もいる。

—— 幼少期の性被害等で🧠脳内性転換が起きたと回想

もう少し議論した方がよさそうです。

玉座冷え 民の嘆きも 届かざる@三国志の戦争PTSDより司馬炎のアパシー

5月16日に

五胡十六国時代の幕開けへと導いた☯導かされた🤔

304(漢)から439(北魏)による華北統一まで

中国華北に分立興亡した民族・国家の総称

前記事司馬炎崩御とは奇遇です。

比較の対象者がいないというほどの貴公子で

立派なお爺さんのあとを継いだ栄君とされた人物で

三国時代の抗争の後

ようやく中国を再統一したのに

統一後は

西晋の初代皇帝

堕落して

政治を省みないようになり

晋の国力は衰退してゆきました。

「長者三代」とは言いますが

「おじいさんの代がお金を稼ぎ

お父さんの代がそれを大きく育て

孫の代が浪費する」

富が三代以上続きにくいことを表したことわざ

— 本邦ユング派みたいに学問にもいえる。

アパシー状態です。

女色に耽ってと詳述がありますから

— (招き猫のような)盛塩伝説として伝わる。

——— 日本では牛、中国では羊を呼ぶために塩を盛った。

PTSDの依存症

一体何があったのでしょう?

統一にあたって行った施策のなかに

堕落前

戦乱で苦しんだ民情や心情などを考慮して

皇族間の友愛、礼教に基づく国家構築などを行なおうとしていたとあるので

PTSD予防

サバイバーズギルトに苛まれていたのでしょうか。

事故・災害・戦争・病気などで

自分だけが生き残ったことに対し

強い罪悪感を抱く心理状態

戦後処理につかれはて

功臣や一族に多くの地位と財を与える必要があり

その調整に追われ続け

親族同士の対立を抑えきれず

「どこまで一族を抑えるか」

「どこまで譲歩するか」の綱引きに疲れ果て

緊張の糸が切れ

解離

「もうこれ以上は無理だ」という倦怠でしょうか。

戦争中心の方法では終わりがない…

— 独裁と権力分散の二元論に沈んだ

— 日本の若い人たちも真逆の方向性を支持中

影ゆらぐ 夢の底より 策ひとつ @『三国志』司馬懿の読心術と夢分析

司馬 懿

しば い

179ー251

はうるわしい・立派な

魅力的な英雄として描かれていますが

(司馬懿が仕えていた)曹操

操るものは☯司られるもの

司馬懿を大変畏れていたようです。

同じ理由で

日本の思想家にも評判が悪かった。

— 思想を牛耳る人たち

どらまでは

その恐ろしさが

イメージで象徴的に強調されています。

まずは狼顧の相です。

野心や権謀に満ちた危険な人物の相

そのようにみえないように細心の注意を払っていても

—  東洋型チャップリンかも🤔

にじみ出るのは影の『独裁者』タイプ

中国の古い説では

「体は前を向いたまま

首だけをぐるりと後ろまで振り返ることができる相」のことを

「狼顧」あるいは「狼顧の相」と呼びました。


字面通り

「狼のように振り返る顔つき・首の向き」というイメージです。

司馬懿もこのタイプだと噂されていたので

曹操が後ろから恐る恐る呼びかけてみると

狼のように振り向いたそうです。

中国の史書『晋書』宣帝紀

医学的にはありえないので

夢同様

否定 = 殺害

つながる = 結婚 みたいな

外見的な特徴を大げさに表現した比喩でしょうが

ドラマの三国志では毎回狼顧の相を最初に

気弱そうな顔とセットで

信長と秀吉のような関係で

— ヒトラーとチャップリン

前者が亡くなったとき髭を立てる。

象徴的に映し出します。

否応なしに意識させられる。

そして三頭の馬の夢です。

① 槽に飼葉を入れあり

② 三頭の馬が首を並べて一心に食べている。 

イメージは受け取り方も重要ですが

目覚めたときには

強い不快感と不安を覚えたとされます。

ドラマでは「殺意を覚えた」

— 殺意を覚えたのは7回目

これまで殺意を覚えた人物のうち

まだ生きているのは司馬懿のみ

なぜそう感じたかというと

以下、本人の夢分析

は自分の名前なので

しかもる立場にあるのに…

— 言うことをきかないので馬の世話に降格させたこともある。

—— 本性通りに動かし自己実現させてしまった⁈

「自分の築いたものを三頭の馬が食い荒らすイメージ」と直観します。

「これは吉夢ではない…」

「自分の支配や功業を蝕む何かの前兆だ」と本能的に感じた可能性

それで

「司馬父子三代=三頭の馬」が

曹氏から政権を奪うとまで解釈したというのは

脚色ではないかとされている。

— 見た感じもそこまで考えられる人物に見えない。

易者もいなかったので

なじみの文官は退庁

— 当時の文官は陰陽五行説に通じていたハズ

司馬懿には同等の才能があると感じていた。

— 陰陽五行説は哲学なので心理戦にも必須

ドラマでは

周礼に通じていないから

— 周王朝の行政に関する法規 儒教の経典 科挙の試験科目

夢解きはできないと逃げるが

農民でも話すようなことだと無理強いされる。

司馬懿本人に分析させました。

創作色の濃い物語上の設定とされますが…

的外れになっても許してほしいと畏れながら

— たびたびひれ伏し謝罪しながら…(>_<)

夢はこころが生むもので…と

— 華厳経にあるように

3人の軍師を揚げて時間稼ぎ…💦

— 劉備・関羽・張飛 今真ん中と闘っている。

馬じゃない💢オカシイだろ!と詰め寄られて

馬氏の3人を揚げ

— 涼州の馬騰・馬超・馬岱

お前も馬だと窮地においつめられ

人数が足りないとか

命を落として馬の皮に包まれ凱旋することになっても

犬馬の労を惜しまない…と夢談義の攻防も空しく

そのように巧妙なのは

人心術がつかえるからだと脚本家は語らせている。

陰陽説・五行説は

— 『易経』にもとづく易学

「天地と人を貫く理」として受け取られていて

漢代にはすでに儒教の重要経典となり

哲学であると同時に占いの書として広く用いられていました。

馬は

五行で

火に配され

強いエネルギーや上昇力を象徴します。

禅語に見られる

丙丁童子が火を求めにくるといった表現も

干支・五行の象徴を用いて悟りや心の転換を語る典型例で

お孫さんのお名前には

「炎」が選ばれていますよね。

ヒミですが

火見 卑弥呼 イザナミ

奥さんは丙午みたいなイメージの人でした。

中国人の夢分析にも

キリスト教学じゃなくて陰陽五行説と知りました。