投稿者「翠雨」のアーカイブ

応龍去り 霊亀まどろむ 世のはざま  @猛獣AIの脅威易占い

数年前まで

テクノロジー業界の面白い話題としか受け取られていなかった

AIですが

最近になって急展開したそうで

使わないと

全く気がつくことがない別世界のようで

生活を変えてしまう現実そのもの

今では猛獣と表現されるようになりました。

 

猛獣の 影を馴らして 春深む @最高裁からみたAIとES(id)

だまし絵のように

心理学の反転図形

なかなか見えないけれども

— 直観の人には見える。

一度見えるようになると

そのようにしか見えなくなります。

恩恵を与える存在の無償の愛は

神とか

親とか

文字通りありがたいものですが

あり得ないようなことが☯ある。

奪う場合も

全体をみているから

生殺与奪

感情がなければ非情なこともできる。

人知を超えた脅威となります。

人間の悪智恵だと

感情を解離すると

犯罪も実行でき

幼児的万能感に満たされる。

ハッカーによる

サイバー攻撃程度でしたが

甚大な被害ながら

手探りで

1:1

人類のライフラインに対して

同時多発テロのような事故が

起きる可能性があるのだそうです。

話題作りの疑いもあるそうで

— やるやる詐欺みたいな

そのように思いたいところですが…

放射能のように見えない脅威ですが

一部では電気代が高騰しているそうで

無断で電力を消費しつくす。

— 人間がオーダーするからですが…

雇用問題の変化はもう身近に感じられるものとなっています。

AIが論じたAIの脅威ですが

日本製なのでしょうか。

AIの脅威に対抗するための

既存の施策についての

表現が

陰陽五行チックにまとめられていて興味深いです。

民族としては

三国志みたいに

— 史実と想像 色即是空

何でも3

中国対アメリカと欧米です。

一太極二陰陽

 

欧米は霊亀

法で規制しようとするので

後手後手

中国の応龍に対抗する

昔から何でも規制

アメリカの鳥は何でしょう?

鳳凰以前の

— 霊獣

未熟な哲学?

— 色は二色で陰陽☯

AIは

ラスボスの麒麟なのでしょうね。

人類と同じ土俵にはいません。

人類は置いてけぼり…

核兵器のときのように

原理的な意味で核戦争なのかも🤔

ゆったりと国際ルールを決めることもできない危機にあるそうです。

誰が制御しているのかの問いに対する答えは

見る人に問われていて

 崖の上のポニョ

絶対無の場所ですね。

この分析の是非を

AIユングにお願いしてみたいものです。

猛獣の 影を鎮めて 緑雨ふる @宗教戦争のPTSD哲学

 

 

あなたもスタンプをGETしよう

本日はみどりの日ではありますが

天皇家関連ではある。

物騒な日です。

仏教の公伝から

538

約50年後

病身の蘇我馬子から

仏教擁護派

仏法を信奉する許可を求められた

天皇はこれを許可しましたが

この頃から疫病が流行しだし

守屋らが

仏教反対派

日本の神道におけるすべての神々をまつる立場

異国の神を信奉したためだとして

禁止を求めると

天皇は仏法を止めるよう命じたので

守屋は仏法に対し乱暴狼藉を働きます。

仏塔を破壊し

仏殿を焼き

仏像を海に投げ込ませ

馬子ら信者を面罵

女性と尼僧3人捕らえ

衣を剥ぎとって全裸にして

群衆の目前で鞭打ち…

— チベットみたい(>_<)

前記事の如く

法の前の猛獣のような守屋です。

大審問官と真逆の

天皇の私心のなさも善し☯悪し…

— アジャセコンプレックスの揺らぎと似ている不思議

人類の思考は

その独特の弁証法思考のなかで

判断のありかた

常に猛獣を必要とするのでしょうか。

見かけ上の

かたちは相当違いますが…

 

疫病が更に激しくなり

天皇も病に伏すと

馬子に

自らも病身のまま

再び仏法の許可を求められ

今度は

馬子に限り許し

馬子は三尼を崇拝し寺を営んだ。

飛鳥寺は日本初の本格寺院

— 当時の人は圧倒されたらしい。

鎮魂という名の

PTSD予防だったのですね。

ほどなくして

天皇は崩御しました。

葬儀中に

双方はいがみ合い

馬子の天皇への言葉に

守屋は「死にそうな雀のようだ」とあざ笑い

身を震わせて天皇にご挨拶する守屋に

馬子は「鈴をつければよく鳴るであろう」と笑う。

— 「由是、二臣微生怨恨」 『日本書紀』

馬子派の天皇が即位

守屋は敏達天皇の異母弟穴穂部皇子と結び

穴穂部皇子は後の推古天皇を犯そうとし

阻んだ人物を守屋に殺させる猛獣ぶり

病気になった天皇は

三宝(仏法)を信奉したいと言うようになり

無心のままきて

最期にセルフの声?

会議を開かせますが

罵倒しあうだけ

天皇不在のなか

不調のまま

天皇は亡くなり

武力により決着がつきました。

丁未の乱物部氏は衰退ながら

年は陰陽五行説で表記

— 精神の方は永遠に決着がつかない。

嵐の前の静けさ考える

丁未(ひのとひつじ)

「穏やかな温かさ」☯火の前

~ 丙丁童子が火を求めてやってくる

 

確かに

一太極二陰陽

絶対矛盾的自己同一

世界は人格的ですね。

 

猛獣の 影を馴らして 春深む @最高裁からみたAIとES(id)

あなたもスタンプをGETしよう

 

 

裁判を受ける権利なんてものもあるわけですが

今月21日からは

民事裁判の全面IT化が始まり

訴状提出や判決受け取りを

オンラインで行うことが可能に

司法はより身近で

利用しやすいものになります。

裁判所においても

最高裁長官の記者会見

判断を洗練させてゆく努力がなされているようで

「判断のありかたを

不断に検討する必要があると考えている

話題の

どこでも話題の中心

生成AI(人工知能)について

成長が目覚ましいことを認め

猛獣イメージ表現されたのが印象的です。

裁判所のイメージにない。

その勢いと

「ものすごいスピードで(性能が向上している)

使うには力量が必要だとの認識からのようです。

もっともらしく見えるが誤った回答をする

ハルシネーション(幻覚)

プライバシー侵害のリスクなどに触れ

「うまく使いこなす力量が求められる。

スキルを磨く必要があるだろう」

AIを使う人間は猛獣遣いですね。

今のところは

あくまでもアシスタントの位置づけで

「裁判官の判断そのものではなく

その手前の事務作業や整理」に限った補助利用

「最終的な内容や表現の選択」は

現実感・臨場感を持たせる。

必ず人間が行うことが前提であって

一部の学生さんたちのように

大学教員は

AIが書いたものかどうか判断する仕事が増えたという。

AIに丸投げ~ということではないので安心です。

奇しくも

【裁判官マップ】も話題となっていて

裁くものは裁かれるもの

ここでは

① 採点は素人の判断がそのまま

② 判例の要約はAIが行っています。

~~~ ざっとみたところ同等程度に相当いい加減 ~~~

 

心を猛獣にたとえて

檻に閉じ込めておけ

さもないといつかあなたが食い殺されるという表現は

いろんな宗教にありますけどね。

PTSD原理

いろんな次元で陰陽☯融合の世界です。

杞憂より 芽ぶく声あり 春の底 @忌野清志郎版『君たちはどう生きるか』

本日は

忌野清志郎さんが亡くなった日です。

大変カリスマ性のあった人らしく

その存在が神隠しの場所のようになっています。

— 再生のために☯退行して考える時空を超えた場所

 

死後も

ファンの哲学を更新させ

話題のAIについても語ってくれているようにみえます。

お母さんの心配は

18歳の時

① 寝坊で学校に遅刻する。

② バンド活動でプロになるから進学しないと言う。

杞憂だったわけですが

一般には

もっともなことで

やらせてみるとよいとはなかなか言えないものです。

正論であり

やってみなければわからないが…

 

回答者(男性)は

歴史家にして参議院議員の父親と

社会活動家の母親に育てられ

大局的にものを見る。

幼少期は

のんびり屋の動物好きで

母方の祖父母が創立した自由学園小学校すら

よくサボっては

近くの林で昆虫観察をするのが日課だったけれども

両親も放任主義

記者生活を経て

学園には

小学校の卒業証書しかないので

最終学歴は小学校卒業

映画監督になりました。

相談者(忌野清志郎の母親)と

実際に面談しているわけではなくても

忌野清志郎青年を

内からみて

科学的には見えません。

よく眠るのは

学校を休んだ日は一日寝ている。

不安と闘っているからだと

過眠 即 治癒

見抜いています。

本人が一番不安なのに

外から追い打ちをかけ

反発して

自分を見失ってしまうよう仕向けるのは

甘やかしだと指摘

— 不安に耐える力が育とうとしているのをスポイル

行と瞑想で

バンド活動と過眠

お顔に絵を描いて

美大に行かないと言い出した。

自己実現したのですね。

RCサクセション

— The Remainders of the Clover succession(クローバーからの継続)

「King of Rock」「King of Live」の異名をとる。

沈黙より ひらく応えの 影ひとつ @ブータンではAIブッダが公認心理師?

10代女性の半数

人間関係や人づき合いに悩んだ時

AIに相談していて

満足度も高いようです。

「とても信頼している」

「ある程度信頼している」と答えた人は

63.1%

— 全体では38.6% 10~20代は半数以上

AIブッダなどはかなり活躍していて

ブータンの国が高評価しているとは👀

— 仏教国なので仏教で考えることは自然なのだろう。

いのちの電話も危機のようです。

相談員の立場は厳しいものなので

悲哀を感じます。

お寺のような場ができています。

① 相談

— 人間関係・仕事・不安・孤独・怒り・家族など

② 瞑想

— 気分の記録、教えの保存、ジャーナリングで心を整える。

③ 哲学

— 経典について調べもの

④ グループセラピー

— Lineで

⑤ イメージ療法 ?

— 日常の写真を送ると仏教の教えと結びつけて応答

アドバイスすることが基本のようですから

殆どの人も答えが欲しい。

結果的に布教の場になっていますね。

教えと言っても

般若心経からして日本の心理学

不立文字・教外別伝に

どこまで迫れるか…それが課題でしょう。

象徴性や

沈黙などは

心理療法では重要ですが

AIはどう解釈するのでしょうか。

あいだとか

AIソクラテスも問答はしないのでしょうか🤔

ソクラテスの歴史的身体は

悪妻でつくられたって知っているんですけどね。

とはいえ

凡夫の仕事をはるかに超えている。

かなり完成度が高いようなので

幻の場になると困りますね。

🪷 AIブッダ 禅の事業を引き継いでくださる方を探しています。

このサービスを引き継ぎ

必要としている方々に届け続けてくださる方を募集しています。

—  事業壌譲渡?

倭は国のまほろば

真秀

美しく住みやすい場所、すばらしい土地

三輪山中心の土地が日本の中心

— 地図上の話じゃなくて

AI安倍晴明 などもあるのでしょうか🤔

どちらかというとこちらの哲学がベースと思う。

影ゆらぐ 名の改まり 声ひそむ @統合失調症(PTSD)の今

本日は

図書館の日だそうです。

あなたもスタンプをGETしよう

本日がお誕生日である

ブロイラーのことでも

思い出すとよいのではないかと思います。

本はちゃんと読まないとダメです。

図書館にいても

夢をみたり

字の数を数えているようでは…@ウィトゲンシュタインの現象学

 

精神科医ですが

分析心理学の不動明王みたいな存在で

異端者扱いされていたフロイト

アカデミックな精神科医として最初に擁護し

フロイトのもとに弟子のユングを送った

先見の明は神業と感じる。

フロイトは

無意識を発見したから偉大だと言われているけど

— もちろん般若心経が先行する。

—— 自分たちは引用せずにウィトゲンシュタインをいじめる哲学界

——— そしてフッサールの現象学を重用する。

その契機となった

— 精神分析療法の創始に影響を与えた。

アンナの症例は

—  神経症の咳などの転換症状と解離状態を主症状とするヒステリー患者

ブロイアーの患者さんでした。

その花束を持たせて注目させ

フロイトだけでは続かないので

ユングをみつけてバトンを渡したのです。

PTSDに治癒の道を開いた功労者です。

 

クレペリンの提唱した早発性痴呆  を

— 若年性認知症

スキゾフレニア(精神分裂病⇒統合失調症)と改名したことで知られていますが

差別的だと批判されたが

「分裂した」精神でも

統合を失調した精神でもよいと思う。

疾患の概念を変え

痴呆に見える > 痴呆である  @現象学

発達障害にみえるPTSDを釣合痴呆と呼んだりしている。

精神が分裂しているように見える。

精神の統合を失調しているように見える。

~ さまざまに見えるPTSD = ヒステリー

医師として献身的な姿勢で患者に臨み

説明する時に

スキゾフレニアという言葉をつかっただけで

ブロイラーも症候群と捉えていたというか

治療場面では診断などしなかったのではないか🤔

— 現象学だから

高い治癒率を上げたことで知られています。

 

ブロイラーの

自閉、両価性(アンビバレンツ)などの精神病理学的概念ですが

 

東洋思想もまた

植物のように

干支は植物の生成輪廻の過程

繊細でしなやかな強さをもつ生命力であるこころに

自閉と

虫で言えばさなぎのような時期もある。

両価性を認めています。

一太極二陰陽 

空即是色 色即是空

絶対矛盾的自己同一 

統合失調症と診断されたみなさまは

こんな風に分析されていますか?

 

傷の音 聴きとる手より 道ひらく@ウィトゲンシュタインのPTSD現象学

ウィトゲンシュタインは

ケンブリッジ大学教授となり

言語哲学分析哲学科学哲学に強い影響を与えた人物ですが

4歳になるまで言葉を話すことができず

今の日本なら発達障害の診断ですが

言葉が遅かったからこその自己実現?

その後も

重度の吃音症を抱えていたので

あいだ(人間関係)の病

両親の考えで

小学校に通いませんでしたが

兄弟も多く

8人兄弟の末っ子(兄が4人、姉が3人)

刺激に満ちた家庭環境で育ち

明るい意味では

ロダンやハイネなど

多くのハイカルチャーの名士たちを招き

庇護を受けたクリムトは

姉マルガレーテの肖像画を描いた。

暗い意味では

うつ病自殺の傾向がある家系

4人の兄のうちパウルを除く3人が自殺しており

本人もつねに自殺への衝動と戦っていた。

音楽に傾倒したこともあって

最もラディカルな特徴は「メタ哲学」です。

哲学的著作には

しばしば音楽の例や隠喩が用いられる。

木村敏系

のちに学校に通うようになり

同じ学校の生徒にはアドルフ・ヒトラーがいた

信仰を喪失

ユングなども

宗教的な問いから研究へ

姉から

哲学書を読むように勧められ

学びたいと思った人物のいる大学に進学しようとすると

その人は自殺してしまい

いわゆる哲学の道に入ることを

セルフ(自己)が回避?

航空工学への興味から

宮崎駿系

機械工学や数学への関心を経て

哲学に進むようになるも

この頃には

— 遣唐使時代の空海と似たエピソード

哲学について専門の教育をまったく受けていなかったのに

ラッセルは

少し話しただけで

即座にウィトゲンシュタインの類い稀な才能を見抜いた。

但し

見知らぬドイツ人が現れた。頑固でひねくれているが、馬鹿ではないと思う。

学界では学問にならないと感じ

学者たちに囲まれたなかでは

最も根源的な問題に到達できない。

ノルウェーの山小屋に隠遁

研究に没頭する日を送ったけれども

学位論文が書けず

先行研究の引用がないなど

論文の規定を満たさない。

学位も友人も失い

才能を見込んで間にはいってくれた友人に

「どうしてそんなくだらない規定があるのか」
「地獄へ落ちたほうがマシだ」
「さもなければあなたが地獄へ落ちろ」と罵倒

取り戻すのは15年後

兄が重傷を負ってピアニスト生命を絶たれたと聞いては

共感能力があるのかないのか微妙な人物

「こんなときに哲学がなんの役に立つのか」との疑問に陥り

しばしば自殺を考え

トルストイによる福音書の解説書や

ニーチェの『アンチ・キリスト』などに救われたりしながら

信仰の念を強める。

小学校の教師や

庭師をしたり

絶望の淵にあって

修道僧になって世捨て人として生きようとしたが

動機としては不純であると諭された。

家を建てたりして

建築業者泣かせの無理な注文

ユングも晩年に塔を建てながら瞑想した。

精神を回復させる人生だったようです。

当事者研究@臨床心理学

学界となじまず

「いま何時ですか?」と聞かれれば答えやすいが

「時間とは何ですか?」との問いは

— 事実上の答えがない。

問題たりえておらず

哲学者がかかずらうべきほどの問題ではないから

そういう議論は意味がないと拒絶

生前に出版された著書も少ないのですが

学問的体裁が整いにくい…

生き方に浮かび上がる哲学が支持されているのではないでしょうか。

例えば

小学校の教師時代は

教師というより

本人が

不適応を起こしたまま

— 暴力教師

子どもたちのこころの傷から

深く学んでいます。

紙の上の知識よりも

子供たちが自分で好奇心をもって見聞を広めることを重視

理科の授業では

猫の骸骨を生徒と集めて骨格標本を作ったり👀

夜に集まって天体観測をしたり

顕微鏡で道端の植物を観察させたり

銅鉱山や印刷所、あるいは古い建築様式をもつ建築物のある

ウィーンなどへの社会科見学もたびたび行なった。

無骨なまでに

きわめて厳格で

覚えの悪い生徒への体罰をしばしば行なう

トラブルメーカーで

狂人扱いののち辞職に追い込まれる。

現象学的に生きたようです。

ある女の子に対し

いつものように体罰を加え

字を誤った理由を問いただしたが

黙ったままなので

「病気か」と尋ねると

女の子は「はい」と言った。

ようやく現象のなんたるかに気づき

女の子に涙を流して許しを請うた

— アジャセ王みたい…

自己治癒の生涯から得た

哲学者は

哲学的命題を扱う職人であるよりは

むしろ苦悩や混乱を解決するセラピストのようであるべきなのだ」との

メタ哲学は

現代臨床心理学が取り入れるべき

現象学ではないでしょうか。

田辺元のみた

フッサールの現象学じゃなくて

虚に満ちて 老子の象は 息を継ぐ@伊藤若冲白象のPTSD哲学

あなたもスタンプをGETしよう

本日は

1729年

日本に初めて象が来た日だそうです。

『ぞうさん』♪

『かわいそうな象』など

象にも1つのイメージがあります。

集合的無意識

星の王子さまとなると

こんなところに象を観ます。

普通には見えないものが観えると

気になって仕方なくなるんですね。

心理学でも

反転図のなかにそういうものがあることを教えています。

なかなか見えないけど

一度見えると

そのようにしか見えなくなる。

— 以前の見方は消えてしまう。

—— トラウマ理論もそういう類のものでは⁈

若冲の象も独特です。

こういう風に見ていたということでしょう。

— 一面的ではないけど👇まずは正面からのイメージ

他の動物と違う存在です。

かと思えば横向きのもあって

海ではクジラに相当するようです。

海の王者と陸の王者とがエールを交換

勢いよく潮を吹く鯨と

うずくまって鼻を高々とあげた象

白と黒

優しそうな目の

怒ると恐ろしい…

象の背中を

崖から伸びた牡丹の花が撫でているそうで

華厳経が入ってますね。

お釈迦さまが生まれるまえに

お母さんは白象の夢を観た。

普賢菩薩の乗り物も白象で

仏法を護る霊獣のひとつ

最初の象は

象と言えば鼻なのに

外隈で表された輪郭線のない鼻は垂れていて

己を空しくする

自己否定

この絵と対応しているのでしょうか。

内実のパワフルさを示す。

老いて童心をますます強めた若冲は

80歳になって描いた絵

星の王子さまと仲良しでしょうが

日本人なので

表現の原理は

陰陽五行説と仏教の習合です。

禅僧のような人生なので

若冲は

相国寺からもらった居士号

— 禅宗

絵を描くこと以外

世間の雑事には全く興味を示さなかった

謎の人物

哲学的となりました。

黒鯨もまた

若冲なのでした。

老子』45章の「大盈若沖(沖は「虚しい、空っぽ」)」

意味は「大いに充実しているものは☯空っぽのようにみえる」

毒杯や 影より深き 問いひとつ  @PTSDの現象学的方法

あなたもスタンプをGETしよう

本日は

ソクラテスが毒杯をあおって刑死した日だそうです。

ソクラテスの妻が悪妻と言われていることから

「悪妻の日」とも

哲学は命懸けであり

崖の上のポニョ @如人千尺懸崖上樹

生の哲学

苦難が哲学者をつくるということですね。

悪妻が哲学者をつくる

トラウマケアは

哲学的忍耐力を要求する。

フッサールの亡くなった日でもありますが

黎明期の本邦臨床心理学が

臨床心理学にも

さまざまな立場があるが

あらゆる学派に共通する基本原理の1つとして

重視したのは

フッサールの現象学的方法でした。

事象そのものへ

いかなる前提や先入観形而上学的独断にも囚われずに

現象そのものを把握して記述する方法を求める。

— 心理療法の傾聴の方法論 として採用

当時は

心理主義批判の時代で

心理学そのものがいけないというのではなくて

— まだ黎明期でどういう学問かまだあいまい

ヴントらの心理学についてのもの

 

ユング

— 心理主義とのそしりを免れない… と予防線

西田幾多郎

— 心理主義的に書いてしまっていた…とプチ反省

— 心理学者からの批判を真摯に受けて自覚についてさらに深めた。

—— 批判が正鵠を得ていたという意味でもないが自己否定即肯定の人なので

 

フッサールもその洗礼を受けて

批判され

出版した著書の第二巻が断念され未完となった後

心理学主義に徹底した批判を加えるようになると

心理学主義とは

心理学という「一つの理論」を前提とする立場

あらゆる対象の基礎を

心理的な過程に基づけようとする試みでは

現象そのものを直接把握することができないとフッサールは考えた。

対象に関するすべての判断や理論を禁止する(エポケー)ことで

意識を純粋な理性機能として取り出す方法を提唱した。

好評を博し

若手心理学者たちがこれを読んで

フッサールのもとへ走り

「ミュンヘン現象学派」が形成されました。

決裂することになるが

— フロイトとユングのように

かのハイデッガーが助手となるほどの勢力

次第に洗練されてゆき

純粋意識まで論じられるようになったのですが

西田幾多郎は

フッサールの現象学ではまだ不徹底と断じていました。

フッサールの現象学の世界も一種の直観的世界ではあるが、此世界が果たして氏
の云ふ如く純粋記述の世界であろうか。〔……〕余は氏の如き方法によつて、直接
流転の世界に於ける関係を表すは不可能であると思う。フッサールは分析の精細な
るに似ず、深さにおいて欠けていると思ふ。フッサールは分析の精細なるに似ず、
深さに於て欠けて居ると思ふ。余は現今哲学の重要なる問題は此処にあると思う
(旧1.366)。

フッサールはそれをどう考えたのかということですが

日本からの留学生に

ドイツに留学していた田辺元

その思想を説明させながら

『自覚に於ける直観と反省』についてですが根本は1つでしょう。

現象そのものに向き合わず

理論に遁走してしまう傾向があり

ちっとも現象学的でなかったのでは…と想像してしまいます。

 

さて

Wikipediaには

心理主義は今日ではあまり支持されてはいないと

書かれていますが

我が国の心理学や精神医学は

心理主義の権化です。

発達障害が流行しているという

— 心理療法じゃなくて薬物療法が有効

大前提に立って

クライエントを見てはいけない…のに

擁護派の

「新しい論理学はそれなしにはやっていけない」という

立場に属しているのでしょうか。

土の息 弁証法より 影あがる @黒沢 明『七人の侍』のPTSD哲学

あなたもスタンプをGETしよう

日本らしい映画とされる

世界で最も有名な日本映画のひとつ

『七人の侍』には

生きることについての哲学がありそうです。

生の哲学とは

人間や世界を

「理性や概念」よりも

「生きられている生命の流れ・衝動・感情」から理解しようとする

近代哲学の潮流

生きる』の撮影中に発案されたもので

「『七人の侍』の息が長いのは

演出スタイルが華麗であるからではなく

皮肉なスタイルを交えながらも

人生と人間らしい心を強く肯定したメッセージが

高らかに宣言されているからである」

ロサンゼルス・タイムズ紙のケヴィン・トマス英語版

複数カメラや望遠レンズの効果的使用

ジブリはDolby Visionの映像など

緻密な編集技法などを駆使しながら

前半部と後半部の間に

5分間のインターミッション(途中休憩)を含む上映形式

前半部では主に侍集めと戦の準備が

後半部では野武士との本格的な決戦が描かれるが

「侍集め」、「戦闘の準備(侍と百姓の交流)」、「野武士との戦い」が

時間的にほぼ均等であり

3部構成のような2部構成

ジブリ作品もモノローグで区切られた

神隠しの時間

既存の考えられた時代劇の

哲学界における

考えられた哲学に相当

— フッサールの現象学やカントの捉え方

安易なつくりかたを排し

歌舞伎の影響を強く受けており

殺陣は

歌舞伎的に立回りの形を美しく演じるもので

衣装や風俗なども歌舞伎で美化されて変形されたものが多かった。

役者も「時代劇の演技をするな!」と徹底的に指導された。

— 時代劇はこういうものだというイメージを壊す。

歴史的身体に忠実に

今の時代劇で一番いけないのはあの「形式」です。

あれはみんな歴史的な事実を無視し変形した

カブキからの型なんだ。

動作も服装も小道具も

カツラの形までみんなコシラエものなんだ。

あれは一度

正確なものを考え直すことが必要だね。

— 黒澤明「私の作品」

これまでにはない徹底したリアリズムを確立したことが評価されました。

「本物の時代劇」を作ろうと考えた

リアリズムといえば生活ですから

最初は

城勤めの下級武士の平凡な一日を描く

侍の一日という作品を構想したのですが

特に食生活が把握できずに断念し

現在は

今の食生活と全く違うために

驚異的な心身を保っていたことが判明している。

— 断食で読める神隠しの世界

浪人が

全国を旅して回る雲水のような立場

「宿泊先の道場や寺院がない場合は

百姓に雇われて飯と宿を与えてもらう代わりに

盗賊などから村を守っていた」という史実をつかみ

百姓が侍を雇うという無茶ブリ風とみえたストーリーの根幹が誕生

この関係も一枚岩ではないことを示し

— さらには代官やプロが役に立たないという普遍性まで

長年にわたる双方の感情をぶつからせる

ダイナミックな弁証法

脚本執筆は

黒澤を含む3人の弁証法的な方法での

Aが初稿を書き

AとBが根本的に書き直し

同じシーンを書いたものを

Cが判定して良いところだけを取り完成すると

次のシーンに移るという形

真剣勝負の連続だったそうです。

鬼気迫る

緊迫感は

お茶を運びに来た女中も怖くて部屋に入れないほど

黒澤が愛読した

トルストイの長編小説『戦争と平和』と

アレクサンドル・ファジェーエフの長編小説『壊滅』

ドヴォルザークの「新世界より」の影響を受け

撮影期間中に何度もこの曲を聴いて

野武士が襲来するシーンなどのイメージを膨らませていた

アメリカ西部劇のスタイルを意識していたそうです。

馬が駆けるシーン

人魚姫がポニョに

矢の羽の撮影には苦心したようですが

時間論の哲学の比喩によく使われる。

アニメでは簡単でしたね。

主役は二人で

そのうちのひとりのトラウマ克服物語ともなっていて

名前や身分を偽って参戦したが

トリッキーな活躍をし

クライマックスで

赤ん坊のいのちを救いながら

出自を語り号泣

『源氏物語』等同様

十牛図の哲学

ラストは主人公なき

何事もなく

一大事なのに

なにも変わっていないような

トラウマが癒えたあとの感慨

ただもとに戻っただけ…に見える だけ

日常あるのみです。

つちくれが4つと

陰陽五行説的象徴を置く。