午前11時45分ごろ
三陸沖を震源とする地震があり
宮城県栗原市など
同県北部で
震度5弱を観測しました。
―震源の深さは約10キロ
マグニチュードは7.2
12分後にも
マグニチュード6.3
岩手・宮城内陸地震が
2008に起ったばかりです。
―犠牲者に交通史家がいました。
家屋より河道閉塞の被害が ←解離の反対
大きいのが特徴でした。
今回も
在来線など一部
交通機関の見合わせをしています。
この地域の人たちは
身体でこれを記憶していますから

落ち着いて
こころをしっかり
観察してくださいね
―怖いね、思い出すね
そんなのでいいんですよ。
「こころのケア(PTSD予防)」カテゴリーアーカイブ
ニュージーランド地震でのこころのケア
現地で支援に当たったのは
医師や看護師ですが
生存への期待が
もぎ取られていくさまを
目の当たりにしたと言いますから
一番の課題は
こころのケアであり
そのハードさは
二次受傷(医療人の傷つき)が
懸念されるほどです。
症状としては
★不眠
★突然泣きだす
★ふさぎこむ
―不眠を基礎にした
陰陽の病
PTSD反応が
基本的にみられ
それが強く出る家族も
多かったようです。
日本で起れば
パニック発作やうつ病として
投薬治療の対象になってますが
ニュージーランドでは
「無理にしゃべらせず
血圧測定の時に雑談したり
遠くから様子を見たりした」
そうです。
―医師や看護師であることが
安心感を与え
よいようですね。
「気丈に振る舞おうとする人が多かった」
「なかなか現場に入れず
疲れやショックが大きかったようだ」
―大変な状況ですが
できることはしておこうという
健常さがみられます。
「何か節目になることをしないと帰れない」
―こころの問題ですが
ある種のかたちにすることが
必要であるようです。
古来何かあれば
儀式や記念碑を建ててきました。
行事もそのためにあります。
人間のこころは
昔から変わっていません。
こころのケアは
自然になってきましたね。
医療人も
だんだん学習しています。
NZ地震被災学生のサバイバーズ・ギルトとPTSD予防
朝日新聞は
「現地に残る学生らも
心に深い傷を負う」と書き
サバイバーズ・ギルトについて
解説しだしました

DV・虐待・いじめ
なんかでも
同じですネ。
―しっかり取り組まねば
傍観者が
PTSDになるのです。
こころをごまかして
平気なふりを
させられてますからね。
★ナチスによる
ホロコーストを生き延びた人々
★JR福知山線事故における生存者
★広島や長崎の原爆投下で
生き残った高齢者が
当時を回想するときの
「あの状況で見殺しにするしかなかった」
「助けられた命を見捨てた」
との証言
いろんなところで
サバイバーズ・ギルトが
語られました。
みんな【傾聴】されるべき
内容です。
―そう言えば
キリスト教では聖職者が
懺悔を聞きますね。
(自分の罪が多いかも
しれませんが
罪なんて
誰のせいか
本来は曖昧なものです)
聴かねば
PTSDを発病させることに
なるからです。
中井久夫が朝日新聞で「こころのケア」を再び説く
宮崎高病原性鳥インフルエンザ一万羽殺傷のこころのケア
感染が確認され
宮崎県は
昨日
発生農場が飼育している
鶏約1万羽すべての
殺処分を完了しました。
大変な数です。
いのちあるものを
このようなかたちで
葬ることで
人間のこころは
傷つきます。
口蹄疫問題で
大勢の職員が
心身疲弊したばかりです。
―★こころのケアのパンフレットが
作られ
★知事は
皇居に呼ばれ
こころのケアを受けられました。
昨年の阪神大震災追悼式出席を雅子さまは強く希望された
療養中で
体調の管理がままならず
ご公務が難しいなか
昨年は
強いご希望で
前日に神戸入りされて
公務を果たされています。
宿泊を伴う地方ご訪問は
ご負担も大きいわけですが
―二年ぶりでした。
映像では
自然な表情で
被災者に
「~を覚えていますか?」と
PTSD闘病中の人らしい
質問をされて
いました。
今年は
どうだろうと
関心を持っていたのですが
ニュースが流れてこないですね。
招待がなかったのでしょうか
他に何か意図があるのでしょうか。
とても気になります。
阪神大震災17回忌追悼砂マンダラとユング心理学
身障者手帳に「自然災害」銘記追加はPTSD把握の第一歩
伴侶の死のPTSD予防
朝日新聞の
PTSD学習シリーズ
本日は
【伴侶の死を軽んじてはいけない】
―本人は軽んじませんが
周囲が忘れがちですね。
問診され、重視されることも
少なくなった盲点です
トラウマはフツーの
人生や生活にあることを
学ぶときです。

生老病死は
避けられませんが
―暴飲暴食による病
無知による薬害は
避けられます。
死別は
トラウマになる可能性が
ありますね。
そうならないように
お葬式があるのですが
意味が形骸化しているのかも
しれません。
伴侶を亡くした人たちの
グループが紹介されています。
「悲しみは決して消えないが
分かち合う友がいれば
少しだけ
こころが軽くなる」と
結ばれています。
この少しが大きいんですよね。








