女子高生の間で
自分を「おじさん」と呼び
友達に「〇〇ちゃん」と呼びかけて
オジサンらしく
うざいと感じることを
わざと言う「おじさんLINE」が流行っているそうです。
絡まれて
気持ち悪い思いをすることがあるから
こういうのが自然発生的に生まれるのですね。
女子高生の間で
自分を「おじさん」と呼び
友達に「〇〇ちゃん」と呼びかけて
オジサンらしく
うざいと感じることを
わざと言う「おじさんLINE」が流行っているそうです。
絡まれて
気持ち悪い思いをすることがあるから
こういうのが自然発生的に生まれるのですね。
国指定
重要無形民俗文化財の
仮面祭祀
「パーントゥ」が
昨日から
沖縄県宮古島市の
島尻地区で
始まりました。
泥だらけの植物を身にまとって
仮面をかぶった
パーントゥが3体現れて
人を追いかけ回し
泥を塗りますが
おまわりさんも助けてくれません?
パプアのマッドマンは
ひょうきんですが
パーントゥは恐ろしいので
みな悲鳴をあげながら逃げ回ります。
容赦のないところが
サイコパスみたいで
ストーカーっぽいですが
調子に乗って
人の家に上がり込み
お酒やごちそうのもてなしを受けるそうです。
なまはげと似た
PTSD予防教育なんですね。
世の中には
こういう理不尽なことがあるということを
予行演習しておくと
免疫ができます。
実際は
怖い目に合うと
声をあげられないことが多いので
よくできていると思います。
神々の島
インドネシア・バリ島では
70代の
日本人夫婦殺害事件が起きました。
20代のバリ人の男は
「借金返済で金が必要だった」ので
窃盗目的で住居に侵入
発覚を恐れて
殺害し
証拠隠滅のため
ガソリンをまいて
放火しようとしたそうです。
子どもがいたずらしたり
大人が罪を犯したりすることは
普遍的な問題ですが
何代にもわたって
一緒に神々を祀ってきた
人間関係のなかでは
こんなことはできません。
既存の宗教ではない方法で
人間の深層にある
宗教心を呼び覚まし
再び結びつける
(ヨーガの意味)
必要があるのだと思います。
沖縄戦で
住民が
「集団自決」
(強制集団死)に追い込まれた
沖縄県読谷村の自然壕
チビチリガマを荒らし動画撮影した少年らが
逮捕されました。
ガマは
お墓なので
「心霊スポットへ肝試しに行こうと思った」というのは
不謹慎ですが
戦争PTSD予防教育が
不徹底であるので
子どもたちが
こういう行動をとらされてしまったのでしょう。
ヒステリーの作為体験という名の
非行であり
未成年なのですから
正しく補導し
子どもがそういう行動をする社会背景を
大人は反省すべきなのです。
戦時中
両親を亡くし
こころの傷を抱えながら
十字架を盗み
箱庭遊びをする少女と寄り添う少年の物語
方法は稚拙ですが
無意識の中には
傷ついた祖先とその負の連鎖のただなかにある自分たちに対する
弔いの気持ちがあったはずです。
この場所も「聖痕」であり
象徴性が生きていますから
こういうことが起こるのです。
もちろん
(象徴がつかえない発達障害が増えていると喧伝する
本邦ユング派)
少年らは
発達障害などではありません。
日本独特の妖怪である
河童や座敷童子が出てくる
遠野物語は
東北の貧困から生まれた
物語であるとわかりました。
もともと
稲作の北限地だった遠野での
米の生産性は低いうえに
冷害が拍車をかけ
収穫量が少なくなっても
年貢は
画一的に徴収されたので
百姓一揆の数も全国No.1となります。
しかし
お上に勝てるわけはないので
子殺し
娘売り
姥捨て山は
当たり前でした。
そんな状況で
人々のこころが
傷つかないはずはないでしょう。

戦争に行かなくても
死ぬような恐怖に該当します。
遠野で行われた
PTSD予防は
(こころのケア)
哀しみの事例を語り継ぐことと
(遠野物語)
表現することでした。
(五百羅漢等)
飢餓で亡くなった人たちは
悟ったわけではありませんが
大変な艱難辛苦を生きました。
(自己実現のパスポートは得ています)
羅漢像を見て
こころを動かされる人が
(同じ傷を持った人は
否応なしに動かされる)
自分のまきこまれた
理不尽な艱難辛苦が
普遍的なものであることに気づき
勇気を得て
精進し
成仏(自己実現)できるように
そういう象徴性が見えない人たちには
ただ
唐突で奇天烈な
統合失調症的な
つまり無意味な
物語に映るような
足跡を残してくれたのだと思います。
日本を代表する哲学者の
中村雄二郎さんが
26日
91歳で
腎不全のため
他界されました。
魔女ランダとは
ヒンドゥー教の
「悪」を象徴する神獣で
「善」を象徴する神獣「バロン」と
永遠の闘いをします。
東洋的な考え方の基本ですね。
夫に先立たれただけでもつらいのに
後追い自殺するべきだという
ヒンドゥの悪習からくる強迫観念に苛まれるうち
子どもを食べるようになった
ランダも
誰かの温かい心に触れて
良心に目覚めることが出来れば
人間を治癒する魔術を使えるようになるそうですよ。
これって
PTSDの昇華の物語じゃないですか?
5月になりました。
今日はメイデーですね。
メイポールを中心に
精霊たちが踊りながら
編み物をしてゆきます。
最初の方だけ見ると
同じような動きばかり繰り返しているように見えますから
近視眼的な
DSM5だと
なんか診断名がつけられそうです。

ゆったりと
歴史的に眺めないと見えない真実もあります。
オープンダイアローグが話題になっていますが
発祥地から
ムーミンたちも
来日中です。
「専門性という鎧を脱ぎ捨てられますか?」とのことですが
バレリーナたちが
ぬいぐるみの重圧に耐えながら
プロフェッショナルなパフォーマンスを維持している姿は
陰陽真逆で
興味深い現象です。
ちゃんとポワント履いてますよ!
テーマは
なんと『ムーミン谷の彗星』

戦争PTSDを連想させますが
事実
作者は日本の原爆にショックを受けて
描いたそうですね。
ここは
宣伝のための催し会場で
踊っているのは
日本人女性です。
解説者は
フィンランドのものをそのままでは伝わらないので
このようなしあがりになったと言っています。
オープンダイアローグにも
そういう視座が必要でしょう。
かぐや姫をわがままだと言ったり
象徴が使えていない発達障害が流行っているとの
愚説を垂れ流した
本邦ユング派の二の舞いをしないように
お気をつけ遊ばせ✨
窮屈でしょうが
頑張っています?✨
こういうのが「勉強」の語源なんですよね。
自分以外のものの立場になってみる経験は
大事ですから

このおじいさんは
農作業に使った鍬(くわ)さんを労い
お話しています。

他者(外界)の中に自分を映し出すことが
自分との出会いになるんですよね。
森友学園は
日本発の神道の小学校を無断標榜し
天皇陛下まで勝手に担ぎ出しているそうですが
象徴としてのお勤めの大変さは
校長先生自らが
一度
お雛さまにでもなって
考えて見たらどうでしょう。
子どもたちへの
洗脳はいけませんね。

象徴が使えず
主体性のない発達障害と誤診される
二次被害も待ち受けているのですよ。
初日の出を眺める
たくさんの人達です。
寒くても眠くても
拝みたいと思うわけですから
世界中にある宗教の基本である
太陽信仰ですね。
ろうそくの灯りや
薪ストーブの暖かさも
ありがたく
心身を深く癒やし元気づけますが
太陽のそれは
別格なのです。
山から昇る太陽の構図は
『古事記』の
アマテラス(天照大神)という
太陽のように明るい神さまを
みんなで(みなさんも神々です)
迎える儀式にふさわしい構図です。
太陽=アマテラスはわかるとして
山は何?
昔の日本人は
山を眺める時
蛇がとぐろを巻いている姿を連想したのです。
スサノヲが退治したという
ヤマタノオロチです。
艱難辛苦のなかでも
あきらめずに努力し
創意工夫できれば
大きな癒やしが向こうから起こってくるという
神話(における自己治癒力の存在)の確認なのでしょう。
(神話は絵空事ではありません)
陰陽五行説がベースになった
古事記の哲学です。
かつては
芸術も医学も天文学も
すべての基本でしたので
無意識の解読には必須アイテムなのです。
自然神は
アイドルと違って解散しない普遍的存在です。
アイドルは大変とも言えますね。