C.G,ユング」カテゴリーアーカイブ

ユングの『赤の書』  ~【個性化の過程】という名のPTSD克服の記録

ユングという人は
第一次世界大戦前から
精神病的な
恐ろしいヴィジョン

体験したようです。

16年余りの長きにわたり
積極的に
イメージを呼び起こしながら
私的な日記として
自ら手書きで
緻密に書き綴ったのが

『赤の書』です。

PTSD研究家翠雨の日記

子どもの頃から
不登校に陥ったり
白昼夢を見たり

大人になってからも
ある哲学的難問
抱えて

統合失調症かと
思われるような
症状に苦しみ

解決できないならば
手元にある
ピストルで自殺しなくてはならない
という崖っぷちに
追い詰められた

でもあります。

ユング版
『崖の上のポニョ』

(如人千尺懸崖上樹)
ですね。

キリスト教色が強いですから
日本人が
同じように治癒するのでは
ありませんが

無意識の迫力の
凄さと
それを
否認せず
見つめ続ければ
個性として
【昇華】するということは
充分わかるんじゃないかな。

相当高いし
是非お奨め!と
言うわけではないですよ。
続きを読む

ユングの『赤の書』  ~【個性化の過程】という名のPTSD克服の記録

ユングという人は
第一次世界大戦前から
精神病的な
恐ろしいヴィジョン

体験したようです。
16年余りの長きにわたり
積極的に
イメージを呼び起こしながら
私的な日記として
自ら手書きで
緻密に書き綴ったのが

『赤の書』です。
PTSD研究家翠雨の日記
子どもの頃から
不登校に陥ったり
白昼夢を見たり
大人になってからも
ある哲学的難問
抱えて
統合失調症かと
思われるような
症状に苦しみ

解決できないならば
手元にある
ピストルで自殺しなくてはならない
という崖っぷちに
追い詰められた

でもあります。
ユング版
『崖の上のポニョ』

(如人千尺懸崖上樹)
ですね。
キリスト教色が強いですから
日本人が
同じように治癒するのでは
ありませんが
無意識の迫力の
凄さと
それを
否認せず
見つめ続ければ
個性として
【昇華】するということは
充分わかるんじゃないかな。
相当高いし
是非お奨め!と
言うわけではないですよ。

統合失調症の首振り発作は器質か心因反応かウイルスか?!

ユングが
患者さんの
首振りを

現在の専門家のように
無意味とか
病気とかで
片付けず
無意識深くに
潜む

自己治癒力との
関係性に気づいたのは
画期的なことです。

首振り発作と言えば

精神科治療学に
『頻発する首振り発作に
ribavirinが奏効した
統合失調症の1例
?ボルナ病ウイルスとの関連の可能性』

という論文が掲載されています。

器質的問題なのか
心因性なのか
ウイルス説なのか

楽しみですねニコニコ
続きを読む

【首振り】という古代宗教の模倣と無意識の自己治癒力の関係

ユングの患者さんは

「太陽から
筒が
下がっていて
筒から
風が吹いている。

筒がこちらを向くと
西風が吹き

筒があちらを向くと
東風が吹く。

だから
それにあわせて
首を振っている」

と説明し

確かに
ペルシャ語で書かれた
ミトラ祈祷書に
その内容は
存在したようです。

こういうエピソードの
収集は
集合的無意識
(普遍的無意識)の
存在証明になる

思います。

しかし問題は…

なぜ
ミトラ祈祷書の
マネを
この患者さんの
無意識は
する必要があった
のでしょうか?

怪我をしたとき
わざわざ
身体に頼まなくても
かさぶたができて
傷を保護しつつ
その内部でも
自己治癒力が
活性化
されます。

同様に
何らかの心理的ショックを
受けた場合も
無意識のうちに
こころが内部に引きこもり
自己治癒力の
源を探り当てる
のでは
ないでしょうか?

内部ですから
かつて存在した
原始的な方法です。

ある時代には
常識であったような
その方法と一体化することで

治ろうとしているのでは
ないでしょうか?

脚下照顧
温故知新ですね。

意識を退行させて
無意識にある
古代のリセットの法則と
一致させようとしている
のですから
これは
瞑想です。

首振りは
異常行動ではなく
鍼灸理論で言えば
瞑眩反応
です。
(悪化したように見える)

西洋医学では
陰か陽
陰でなければ陽
陽でなければ陰

ですが

一太極二陰陽の
リセットの法則をもつ
東洋人の無意識においては

これは
好転反応なのです。

拒食も同じです。
常識では食べないのはよくない。

しかし食べないこと
(食べないように
抵抗しての結果なら
過食も同様)は
PTSDに対する
好転反応
つまり自己癒しの過程に
入っている証なのです。

つまり
我々東洋人は
ユングの心理学を理解し
東洋の自己癒しの
リセットの法則と
あわせて
理論化したものを
患者さんに提供すべきなのです。

しかし
現在は
ユング心理学が理解できずに
放り出し
東洋思想なんて
もっと難しいから
やれっこない!
という了見で

医学モデルに右へ倣へ!

はっきり言えば
専門家による
魂の大量殺人が
行われているのです。

無差別殺人は
被暗示性の高い
一部のヒステリー患者さんが
無意識のうちに時代の問題を
感じ取り
ツラレテ
真似てしまったという
あまりに悲しくも
【象徴】的な表現なんです。
続きを読む

今はなき『首振り症状』の意味を患者さんに学ぶユングの姿勢

ユングの患者さんに
首を振る症状の方が
おられたそうです。

普通に考えると
無意味な行動です。

現在なら
多剤処方されてしまうでしょう。

しかし
ユングという人には
もう少し
こころが
ありました。

「なぜ首を振るの?」

相手に対して
こころが開かれています

患者さんは言います。
「太陽から
筒がさがっていて
筒から風が吹いている。

筒がこちらを向くと
西風が吹き

筒があちらを向くと
東風が吹く。

だからそれにあわせて
首を振っているのだ」

この段階で
多剤投与する医師も
多いでしょう。

しかしユングは
この言葉の意味を考え
想像し
文献にあたって
調べることで
理解しようとしました。

医学書に
答えはありません。

どこにあったか。

なんと
ミトラ祈祷書という
ペルシャ語でかかれた文献に
これと同じ文章があるのを
発見しました。

当然この患者さんは
ミトラ祈祷書など
知りません。

単なる偶然で
ミトラ祈祷書と同じイメージを
持ったと考えるのも
無理があります。

PTSD研究家翠雨の日記

人間には集合的無意識
(普遍的無意識)
というものがあるのを

ユングは
患者さんから
学んだのです。

現在なら
首振り=異常行為=重篤な病
=統合失調症 ←投薬

でしょうね。

たまに
ユング派の残党いますが

かぐや姫がわがままと
いうんですから
ユングの解釈の深さとは
比べようがない
マンガみたいな世界
です。
続きを読む

統合失調症の首振り発作は器質か心因反応かウイルスか?!

ユングが
患者さんの
首振りを
現在の専門家のように
無意味とか
病気とかで
片付けず
無意識深くに
潜む
自己治癒力との
関係性に気づいたのは
画期的なことです。
首振り発作と言えば
精神科治療学に
『頻発する首振り発作に
ribavirinが奏効した
統合失調症の1例
—ボルナ病ウイルスとの関連の可能性』
という論文が掲載されています。
器質的問題なのか
心因性なのか
ウイルス説なのか

楽しみですねニコニコ

【首振り】という古代宗教の模倣と無意識の自己治癒力の関係

ユングの患者さんは
「太陽から
筒が
下がっていて
筒から
風が吹いている。
筒がこちらを向くと
西風が吹き
筒があちらを向くと
東風が吹く。
だから
それにあわせて
首を振っている」
と説明し
確かに
ペルシャ語で書かれた
ミトラ祈祷書に
その内容は
存在したようです。
こういうエピソードの
収集は
集合的無意識
(普遍的無意識)の
存在証明になる

思います。
しかし問題は…
なぜ
ミトラ祈祷書の
マネを
この患者さんの
無意識は
する必要があった
のでしょうか?
怪我をしたとき
わざわざ
身体に頼まなくても
かさぶたができて
傷を保護しつつ
その内部でも
自己治癒力が
活性化
されます。
同様に
何らかの心理的ショックを
受けた場合も
無意識のうちに
こころが内部に引きこもり
自己治癒力の
源を探り当てる
のでは
ないでしょうか?
内部ですから
かつて存在した
原始的な方法です。
ある時代には
常識であったような
その方法と一体化することで
治ろうとしているのでは
ないでしょうか?
脚下照顧
温故知新ですね。
意識を退行させて
無意識にある
古代のリセットの法則と
一致させようとしている
のですから
これは
瞑想です。

首振りは
異常行動ではなく
鍼灸理論で言えば
瞑眩反応
です。
(悪化したように見える)
西洋医学では
陰か陽
陰でなければ陽
陽でなければ陰
ですが
一太極二陰陽の
リセットの法則をもつ
東洋人の無意識においては
これは
好転反応なのです。
拒食も同じです。
常識では食べないのはよくない。
しかし食べないこと
(食べないように
抵抗しての結果なら
過食も同様)は
PTSDに対する
好転反応
つまり自己癒しの過程に
入っている証なのです。
つまり
我々東洋人は
ユングの心理学を理解し
東洋の自己癒しの
リセットの法則と
あわせて
理論化したものを
患者さんに提供すべきなのです。
しかし
現在は
ユング心理学が理解できずに
放り出し
東洋思想なんて
もっと難しいから
やれっこない!
という了見で
医学モデルに右へ倣へ!

はっきり言えば
専門家による
魂の大量殺人が
行われているのです。
無差別殺人は
被暗示性の高い
一部のヒステリー患者さんが
無意識のうちに時代の問題を
感じ取り
ツラレテ
真似てしまったという
あまりに悲しくも
【象徴】的な表現なんです。

今はなき『首振り症状』の意味を患者さんに学ぶユングの姿勢

ユングの患者さんに
首を振る症状の方が
おられたそうです。
普通に考えると
無意味な行動です。
現在なら
多剤処方されてしまうでしょう。
しかし
ユングという人には
もう少し
こころが
ありました。
「なぜ首を振るの?」
相手に対して
こころが開かれています
患者さんは言います。
「太陽から
筒がさがっていて
筒から風が吹いている。
筒がこちらを向くと
西風が吹き
筒があちらを向くと
東風が吹く。
だからそれにあわせて
首を振っているのだ」
この段階で
多剤投与する医師も
多いでしょう。
しかしユングは
この言葉の意味を考え
想像し
文献にあたって
調べることで
理解しようとしました。
医学書に
答えはありません。
どこにあったか。
なんと
ミトラ祈祷書という
ペルシャ語でかかれた文献に
これと同じ文章があるのを
発見しました。
当然この患者さんは
ミトラ祈祷書など
知りません。
単なる偶然で
ミトラ祈祷書と同じイメージを
持ったと考えるのも
無理があります。
PTSD研究家翠雨の日記
人間には集合的無意識
(普遍的無意識)
というものがあるのを
ユングは
患者さんから
学んだのです。
現在なら
首振り=異常行為=重篤な病
=統合失調症 ←投薬
でしょうね。
たまに
ユング派の残党いますが
かぐや姫がわがままと
いうんですから
ユングの解釈の深さとは
比べようがない
マンガみたいな世界
です。

元光GENJI赤坂被告の実刑  薬物連鎖を断つこころの科学は何処に?

薬物連鎖が
とまりません。

薬物連鎖
という言葉で
思考停止
しているから
いつまでたっても
連鎖が続くのです。

もうそろそろ
ヒステリーという
被暗示性が非常に高く
ファッションから
言動から
病態から
自殺の方法まで
無意識のうちに
引きずられてしまう
病であることを
認めたらどうでしょう。

PTSD研究家翠雨の日記

裁判官は
「覚せい剤への抵抗感は感じられず
規範意識が鈍麻しており
刑事責任は重い」として
懲役1年6月(求刑・懲役2年)
の実刑判決を言い渡し

「一世を風靡(ふうび)した
アイドルグループのメンバーに
このような判決を
出さなければならないのは残念。
出所後、
あなたを取り巻く状況は厳しくとも
地道に努力して更生することを期待します」
と説諭しました。

裁判官は
法の番人ですから
これでよいのです。
こうでなければ
なりません。

しかし
ファンも含め
支援する人々は

よい悪いの
感情論を離れて

「なぜなのか」
背景を考えてあげなければ
自力で
病を克服させるのは
酷な話です。

こころの専門家さえもが
人間のつらさの
背景にある病理の分析を
放棄し、

表面的に観て
勉強ができなかったら
【発達障害】
元気がなかったら
【うつ病】
覚せい剤に依存したら
【犯罪者】

という
素人まがいの
しか持っていない
時代です。

そういうことを平気で
言う専門家は
訓練法という
こころ抜きの
物理的解決法しか
もっていない

いうことを
よくよく知ってください。

病む事は
実に人間的な存在論の
問題です

それを
物理学で解決するなんて

それを心理学では
【解離】
呼ぶのです。
人間の心を失っています。
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岩崎学術出版社『トラウマの精神分析―自伝的・哲学的省察』 ユング心理学から精神分析への先祖還りか

PTSD研究家翠雨の日記-トラウマの精神分析

サブタイトルは
自伝的・哲学的省察

ユング心理学が
古墳に隠された
陰陽五行説や
『崖の上のポニョ』の
背景にある
宗教的哲学的意味を
無視して

『人魚姫』にみられるような
キリスト教文化圏の
二元論を
安直に
あてはめて

スサノヲや
かぐや姫を
わがままや
発達障害と
誤診したりすることを
いくら言っても
やめないから


トラウマを
哲学的に
扱おうとする精神が
残留していた

精神分析
このごろ
ゆっくりゆっくり
台頭してきています。

発達障害の
ユング派よりは

格段上だと思います。
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