石上中納言も
かぐや姫について
純粋に
表現し

正直に探したのですが

どこまでも
現実で
対応しようとしたので
―公案なのだから
架空
空にかからねばならないのに
現実の虚空から
転落してしまった。
高所から転落
腰の骨を折って
死亡してしまいました。
これには
かぐや姫も傷つきます。
―意地悪やわがままで
試しているのではなく
真剣勝負なので

エリートというのは
現実適応がよいタイプの最たるものなので
―5人の貴公子
みんな落第しました。
かぐや姫に照らされて
―象徴
現実というものが観えてきます。
「ジブリ『かぐや姫の物語』」カテゴリーアーカイブ
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『かぐや姫の物語』PTSD解離性幻覚で生命の危険
『かぐや姫の物語』PTSD解離性恋愛依存症
『かぐや姫の物語』PTSD解離性逆ギレ
『かぐや姫の物語』PTSD解離性嘘つき
『かぐや姫の物語』PTSDではない凡夫の「不染汚」

正法眼蔵の
『唯仏与仏』に
「不染汚」という言葉が出てきます。
―『行仏威儀』を引用したものですが
「無上菩提の人にてあるをり
これをほとけという。
…いはゆるその面目は
不染汚なり」
無上菩提は
自己の真実と一体になっている人のことです。


人間界にやってきて
いろんな人に出会い
中には
偏屈な人もいて
傷つけられたりもしたけれど
それぞれに一生懸命生きているだけの
凡夫は
集合的無意識に染まってはいるけれど
人間それ自体が
汚れているわけではないと
―必死で(無心)に生きている
それ自体は素晴らしく尊いこと
学んだのでしょう。
天にはそういう葛藤がないので
時々
地上に堕落するわけです。
―そういう説話があります。
『紙の月』宮沢りえさん演じるPTSD解離犯罪
『紙の月』
横領を働いた
ヒロインは
したいことをしただけと
激白しますが
それは
偽りの自己に乗せられた人の
悲劇の物語であり
ペーパー・ムーン
まやかしですね。

振り返った時に
真価が問われます。




























