「ジブリ『かぐや姫の物語』の象徴性
―PTSDと個性化に関する普遍的エビデンス―」で
学会発表の抄録を
投稿完了
締切りギリギリまで
粘りたいところですが
ネット投稿になったので
なにが起こるかわかりませんからね。
―パソコンの設定が急に狂うとか
わりとあるんですよ。
「ジブリ『かぐや姫の物語』」カテゴリーアーカイブ
メンヘラ神さんがPTSD自殺前に書いた『かぐや姫の物語』
『かぐや姫の物語』虐待PTSD問題とガキ大将
捨丸は
イノシシに襲われそうになったら
助けてくれたり
漆の木に触れようとするのを
制したり
地盤の脆い場所を教えたりするので
―小さな老賢者
かぐや姫は
自分は
「捨丸兄ちゃんの手下だよ」と
言います。
昔は
ガキ大将がいて
遊びのルールだけでなく
―喧嘩してもいいけど
血が出たらおしまいとか。
割と壮絶かもしれないけど
これで対人関係を学んだ。
日常の知恵を伝授していました。
今は
そういう子は
乱暴な子と認定されて
発達障害認定の上で
薬漬けにされるかもしれないですね。
子どもの頃なら
おいしそうなウリを1つ拝借しても
怒られるくらいで済みますが
― 食べ方や
一緒に食べる楽しさ
みんなと分けることを学ぶ。
大人になって
鳥を盗めば
犯罪です。
しかし
彼らの住む世界では
仕方がないことのようです。
かぐや姫はこういう現実を知り
無力な自分に傷つきます。
―もののあわれを感じるにも
自我強化が必要
今の日本でもこういう人たちが
アウトローになっていますから
PTSD予防教育が
必要なのです。
竹は皇室の象徴でもありますから
かぐや姫は
人間世界を映す鑑です。
『かぐや姫の物語』昔から寺は『明日ママ』的PTSD治療施設
みょうがを食べると物忘れすると
言いますが
落語や
―禅問答
仏教説話にいろんなお話があります。
仏教の方は
今なら知的障害を疑われるような
修行僧がいて
―昔から
『明日ママ』的施設ですから
PTSDだらけ
今でもそういう国はたくさんあります。
一生自分の名前を覚えられず
名札をかけて一生過ごしたので
「茗を荷った」と言われ
それが転じて
茗荷になったというのがあります。
「それじゃあんまりだ!」という人のために
別の話があり
―伝説は
集合的無意識の要請でつくられたから
意味がある。
名前が覚えられなくて
ショックを受ける修行僧に
師匠が
「お前は自分の愚かさを知ってるから
愚かじゃない」と慰め
―これ大事なポイントですよね。
モンスターは勘違いしてますもんね。
「塵を払え、塵を払え、・・・・・」 と
唱えながら掃除をするように教えました。
素直な修行僧は
「塵には
眼に見えるものと
眼に見えないものとがあるのですよ」 と
教えられて
そのうち
真に払い除くべきものは
自分の心の中の塵だと気付き
悟って
高僧になったそうですが
― 一太極二陰陽
こういう行動療法ならアリですね。
亡くなったあと
墓の周りに生えたのが茗荷だったそうです。
話が長くなりましたが
悟りの象徴として
茗荷も描かれています。
PTSDは記憶の病ですからね。
『かぐや姫の物語』PTSDは夢幻で治療される。
『かぐや姫の物語』月見と花見のPTSD予防原理
ジブリの拡充法によるPTSDと個性化の『かぐや姫の物語』
昨日下巻が手に入りました。
メインのシーンは
十牛図の第7図だと
気付いたら
―崖の上でもあるから
ポニョのあの公案です。
ユング派が言うような
わがまま論とか
―ドタバタ求婚者から見た場合で
月の世界から見たらまた別
永遠の少女じゃなくて
―永遠の少年はピーターパン
個性化の過程
(自己実現)モデルだと
―宗教なら悟り
わかりました。
ユング派が
表面的にしかとらえないから
ジブリがしびれをきらして
拡充法を取り入れたのだと思います。
―宗教や哲学で深い意味を探る
ユング派的方法
ジブリは
現代は不安と神経症の時代ととらえて
―PTSD
子どもたちにエールを送っていますが
―ポニョのパンフレットに書いてある。
ユング派は
象徴がつかえてない
発達障害が増えていると言います。
根本的に
象徴論が間違ってるのが
バレちゃいましたね。
そう言えば
「発達障害の「主体性の欠如」についても
ラカン派からみたら
おかしいと指摘が出ています。
昨年一緒にシンポジウムに出た
若い研究者がそう発表してました。
本邦ユング派は
もうボロボロですよ。
『明日ママ』パチも『かぐや姫の物語』でPTSD予防中
学内で准教授(39)を襲撃したPTSD解離大学生(21)殺人未遂で逮捕
『かぐや姫の物語』Wikipediaでも「3」の強調と「ダジャレ」の翠雨風PTSD原理
ウィキペディアでも
竹取物語には
―かぐや姫のこころの成長を描いているのだから
自己実現の物語
やたらと「3」という数字が出て来ることや
「ダジャレのオンパレード」であることが
明記されています。
西洋の物語じゃないから
【一太極二陰陽】の「3」が
突破口なのです。
― 二元論では堂々巡り
『三つ目がとおる』
特に
5人の貴公子の
ハチャメチャは
パロディであり
―鳥獣戯画のような
(このブログの壁紙)
華厳風の風刺
現代でも
エリートのやることは
どこかおかしいのです。
愚説がバレても
―アスペルガーも
ADHDも架空の病の代表だった。
大人の発達障害にまで
押し通そうとするとは
「恥を捨てる」気かな。
―石作皇子は
ニセモノの鉢を持ってきたという
嘘がばれたが
その鉢を捨てて
また言い寄ったことから
面目ないことを
「はぢを捨てる」
(恥を捨てる)と言うようになった。