午前11時前
新宿区西新宿のホテル
「ヒルトン東京」で
タクシーが歩行者をはね
20代から60代の男女4人がけがをしていて
1人が病院に搬送されました。
タクシーの運転手が
客の荷物をトランクから下ろそうとしていたところ
タクシーが動き出したので
運転席に戻り
ブレーキではなく
誤ってアクセルを踏んだようです。
解離現象ですね。
余裕のないときこそ
落ち着くことが大事です。

崖の上のポニョ
如人千尺懸崖上樹
つまり
百尺竿頭一歩進めよということです。
今年も
古都に春を呼ぶ
奈良・東大寺二月堂の
修二会(お水取り)が
本行入りしました。
奈良時代から
2月に
(旧暦で少しズレますが)
二月堂で
修二会が
途絶えることなく続き
今年は1266回目です。
2の強調は
「火」なので
火祭りですが
11人の僧が
本尊の十一面観音の前で行うのは
3プラス8(3プラス5)で
水の強調です。

水と火のコラボは『崖の上のポニョ』にも見られます。
一即多 多即一は華厳経の大一原則です。

ジブリの息がかかると
亀も赤くなりますよ。

お水取りは、15日未明まで続きます。
今年は
1月20日(金)が
大寒だったようで
各地で
水浴びがなされてますね。
(これは神田明神)
断食と同じで
単なるパフォーマンスや我慢大会じゃないですよ。
夏に重宝する
そうめんも
今が仕込みの最盛期
織物の染めも
お酒も
寒染とか
寒絞りとか言って
寒さが大事なんですよね。
万物と人間を一体化させ
宇宙になることを忘れないのが
自然な生き方だという
実践哲学です。
崖の上のポニョは
如人千尺懸崖上樹

限界の上に限界を重ねて
突破するという
PTSD第一原理です。

摂食障害でよく出てくる
華厳経の
光のファンタジーなのです。
日本人のこころは
神道でも仏教でも
この原理で貫かれているんですよ。
ちゃんと大学で習った?
北九州市の
「スペースワールド」は
約5000匹の魚を
氷漬けにした企画
「氷の水族館」を中止すると
発表しました。

箱庭の世界みたいで
幻想的ですが

ここで滑ると
お魚さんたちが
怪我をしますし
死骸の上を滑っていることになります。

ギョ(魚)ッとした人たちは
そこに
人間存在を映し見たのではなでしょうか?

踏み潰された無意識は
発達障害扱いされ
絶望の上に薬漬けになって
連日のように
列車に轢かれたりしていますしね。
無意識は
踏み潰さず(否認せず)
適切な方法で観ると
人生が豊かになります。

自然科学研究機構生理学研究所で
(愛知県岡崎市)
飼育中のサル1匹が
人になつかず
自分の爪をかむ行動を繰り返したので
遺伝子解析すると
特定の遺伝子が変化していることがわかったとのことで
「自閉症スペクトラム」 人間以外で初の確認?と
喜んでおいでです。
遺伝子操作をしていないとのことですが
実験環境は
サルにとっては
それだけでトラウマ環境です。

逃走意欲を失わず
囚人化に反抗する野生が
残っていたこと自体が素晴らしいことなのに
(「他者の行動に反応する神経細胞」って
なんですかね)

表面的に
管理者の
都合の良いようにしか考えないと
せっかくの
おさるさんと人類の出会いが
台無しですね。

ユング派までが
象徴が使えない発達障害が増えているなんて
愚説を垂れ流して
流行に便乗するから

ポニョは家出し

かぐや姫も逃走したくなるんです。
こういうのは
すべて正常で高貴な
自己実現の象徴的態度でしょ?
ユング派の目がひん曲がっているだけで。

サルでも反省のマネくらいはできるのに
研究者たちが
今だにこんな猿真似とは
情けないことですね。
唯一の鉄則は
ストーカーから
だけだそうです。
身にしみてわかります。
3つのうち
どれが欠けても駄目ですが
特に3番目は
誤解が多いと思います。

百尺竿頭一歩進めよの気概がないと
社会的に抹殺されますよ。
ガッチャマンって
哲学的なんですね。
始まりは
「誰か」と問うのは
『崖の上のポニョ』の下敷きである

禅の公案
「如人千尺懸崖上樹」のお師匠さんです。
こころの中におられます。

大事な公案なので
ジブリは
『かぐや姫の物語』でも
おじいさん語に翻訳して
引用しています。

窮地に立たされても
全身全霊で考えて
「命を懸けて飛び出す♪」ことが大事なので

ジブリも
「ちんちろりん戦法」と呼んでいる
永遠の秘宝なのです。
言葉を知っていても
血潮=マグマと捉えるような
こころがないと
理解できないので
私は毎日
そのお手伝いをしています。
京都の
清水寺で
女性のスカート内を盗撮していた
大阪府立久米田高校教諭を
丁度取材中だったテレビ局が見つけて
通報し
逮捕となりました。
盗撮も
人身事故同様
増えすぎて
報道されないのも多いのでしょうが
夢のなかで夢を見ているような
不思議な構図ですね。
最近は
こういうパターンが増え
何らかの変わり目に来ているように見えます。
「風景を撮っているふりをして
スカートの中を撮影したのは間違いない」とのことで
「良心」というものだけを【解離】していたのでしょう。
「清水の舞台から飛び降りる」つもりでと
言われますが
昔から
この意味を解釈しそこなって
怪我をする人はいたそうです。

崖の上のポニョとか

レッドタートルとかを観て
哲学を学ぶことは
人生の大事なお勉強ですね。