池内了名古屋大名誉教授らが
「満州第731部隊における
軍医将校の学位授与の検証を
京大に求める会」を設立
2日に
京大で記者会見し
731部隊の学位撤回を 要求しました。
旧関東軍731部隊の将校が
ペストを投与した動物実験の論文を執筆し
京大が医学博士号を授与しましたが
本当は人体実験であった疑いがあるそうです。
虚偽が明らかとなったADHD論文も処分し
平成の731部隊を
解散させましょう。
池内了名古屋大名誉教授らが
「満州第731部隊における
軍医将校の学位授与の検証を
京大に求める会」を設立
2日に
京大で記者会見し
731部隊の学位撤回を 要求しました。
旧関東軍731部隊の将校が
ペストを投与した動物実験の論文を執筆し
京大が医学博士号を授与しましたが
本当は人体実験であった疑いがあるそうです。
虚偽が明らかとなったADHD論文も処分し
平成の731部隊を
解散させましょう。
『戦場のメリークリスマス』の続きですが
原作者の
ヴァン・デル・ポストは
日記に
「この収容所の暮らしで
最も過酷なことの一つは
半ば正気を失った
理性と人間性が半分暗闇に紛れている状態で生きている者たちが
権力を握っているなかに居続けることで
引き起される過度の緊張だ」と
記しています。
有名な監獄実験のような話のことです。
半ば正気を失っているというのは
【解離】しているということですが
この大尉は
「高名な、精神科のヨノイ大尉です。」と紹介され
裁判官もつとめます。
被告は
弁護士もいないヘンテコな裁判だと反論しています。
軍靴の音が聞こえ始めると
精神科医は出世コースになるかもですね。
公認心理師も繰り上げ当選ならぬ
繰り上げ昇格しましたが
政権交代間近なので
今からでも取り消してほしいものです。
『戦場のメリークリスマス』の続きですが
「気」という言葉をよく使っていて
陰陽五行説の「気」で
元気や気力、気合のようなものです。
気力で乗り切らせるのは問題もありますが
今は何でも「脳」の問題にすり替える。
お腹が強調されています。
凶暴な軍人の名前は「ハラ」
感情を抑圧しているようで
酔っ払うと太っ腹な「釈放」
規律を乱した場合
「切腹」や
同性愛レイプの捕虜
「断食」が命じられます。
集団責任で
軍人は武士ではないので
ましてや精神文化の違う外国人
切腹などできないので
却って苦しむ様子を
自殺に追い込みながら
幇助するという
マッチポンプとして描かれている。
西洋人捕虜は
自決させられるのは「時の運」であり
できなくても「卑怯者」ではないし
「恥」じゃないと諭します。
『菊と刀』なんかが意識されているのでしょう。
お灸と一緒で
断食も懲罰として使われることがありますが
本来はどちらも健康法
デビッド・ボウイに
「まんじゅうより花がおいしい」と言わせ
思想的に反論させています。
断食は我慢大会ではなく
意識が変容し
味覚も変わるのです。
懲罰に使うような軍人にはわからない秘密
デビッド・ボウイは
何度も死ぬような目に遭い
最初のトラウマエピソードを思い出しながら
弟を救えなかった罪悪感
非暴力のうちに死んでゆき
捕虜なので抵抗できないのですが
凶暴な日本の軍人は
敗戦で立場が変わり処刑されました。
多くの軍人は
生還して
PTSDに苦しむのですね。
精神科医の
呉秀三(1865~1932年)が
私宅監置の
悲惨な状況を調べ
「わが邦十何万の精神病者は
実にこの病を受けたるの不幸のほかに
この邦に生まれたるの不幸を
重ぬるものというべし」との言葉を残してから
今年は100年の節目に当たるそうですが
「私宅監置」の跡が
沖縄本島北部に現存しています。
1900年に本土では禁止
米軍統治下の沖縄では
日本復帰まで続いた。
1・5坪(4・95平方メートル)ほどのコンクリート造りの小屋
食事の出し入れや通気と採光のための小窓のほかは
排せつなどのスペースがあるだけ
出入り口の鉄の扉には外から五寸釘等の鍵
家畜のような扱いで
閉じ込められたために歩けなくなった人もいた。
ここに監置されていたのは
戦後に精神疾患を発症した
昨年7月に89歳で亡くなった男性です。
急増する入院希望者に
予算が全く追い付かない状況で
しかたなくこうなったとのことです。
今では本土でも
子どもを安直におりこうにさせるために
時間もお金もかからず合理的
薬漬けにします。
場合によっては
親にその姿をブログで嘲笑されているのですが
これは見えない檻だと思います。
人権蹂躙やめましょう。
マリリン・モンローは
朝鮮戦争から帰還した夫を邪険にし
1952に撮影
1953休戦体制へ
戦争中
陸軍の精神科病院にいたと触れ回り
ジョナサン・レターマン医師から名付けられたレターマン陸軍病院
跡地から様々な作品が生み出されることに
愛人と共謀し
自殺したように見せかけようとします。
よくある話なので
悪事が成功したと思いきや
死亡確認に行くと
亡くなったのは愛人で
反撃に遭った。
ショックのあまり気を失い
PTSD反応
意識不明となります。
目覚めますが
PTSD解離性遁走のなかで死亡しました。
日本でも
朝鮮戦争関連で
PTSD物語がありましたね。
『ナイアガラ』は
当時のナイアガラの滝の記録映画としても
興味深いです。
届いたばかりの雑誌ですが
(会員数29000以上の学会誌)
「ヒロシマ原爆被害者の人生を支えたもの
面接調査の発言のKJ法による分析」
こういう研究も必要だと思いますが
「被爆による心理的影響を論じた研究としては
Lifton(1968)がよく知られている。その後、
中澤(2007)は、被爆者は、被爆後の人生において、
放射能がもたらす自分の病への直面、
肉親の病や死への直面、さらに差別や偏見、
遺伝への不安など、さまざまな局面をきっかけに、
フラッシュバックが繰り返し起きることを指摘した。
そして、原爆による心の傷は従来のPTSD概念では
収まりきらず、どこまでも放射能が一生追いかけてくるため、
心の被害が癒えることがないと論じた」
サイコドクターSは?
恐怖心は否認されやすいって話は?
(侵入と回避がPTSDの特徴です💡)
うつ病や発達障害に見えるPTSDがあるって話は?
文献レビューからおかしいでしょ?
査読者はどなた?
沖縄戦で
住民が
「集団自決」
(強制集団死)に追い込まれた
沖縄県読谷村の自然壕
チビチリガマを荒らし動画撮影した少年らが
逮捕されました。
ガマは
お墓なので
「心霊スポットへ肝試しに行こうと思った」というのは
不謹慎ですが
戦争PTSD予防教育が
不徹底であるので
子どもたちが
こういう行動をとらされてしまったのでしょう。
ヒステリーの作為体験という名の
非行であり
未成年なのですから
正しく補導し
子どもがそういう行動をする社会背景を
大人は反省すべきなのです。
戦時中
両親を亡くし
こころの傷を抱えながら
十字架を盗み
箱庭遊びをする少女と寄り添う少年の物語
方法は稚拙ですが
無意識の中には
傷ついた祖先とその負の連鎖のただなかにある自分たちに対する
弔いの気持ちがあったはずです。
この場所も「聖痕」であり
象徴性が生きていますから
こういうことが起こるのです。
もちろん
(象徴がつかえない発達障害が増えていると喧伝する
本邦ユング派)
少年らは
発達障害などではありません。
戦没者追悼式も
天皇家のご公務ですから
陰陽五行説に則った
こころのケア(PTSD予防)の
儀式です。
今年も
粛々と執り行われましたが
天皇陛下は
立ち去りがたいと感じられたのか
20秒ほど静止され
皇后さまがお声をかけられる
一幕がありました。
舞台の左側で
何があったのか?ということですが
直前の
これじゃないかとも言われてます。
確かに
お顔が何かを表現されています。
駆け込みで
公認心理師法を成立させてしまうなど
横暴の限りを尽くしたお方ですね。
今の日本を映し出す
言葉にならない
とても象徴的な出来事だと感じました。
本日は
「戦没者を追悼し平和を祈念する日」で
「さきの大戦において
かけがえのない命を失った
数多くの人々とその遺族を思い
深い悲しみを新たに」する日です。
悲しみの深さは
72年経っても
遠目にも白には程遠い
美智子さまの
きものの
お色目で
表現されています。
別名「終戦記念日」ですが
これは
原爆により強制終了させられたという
意味であり
「やっと終わってくれた」という
国民のきもちの現れでしょう。
本当に勝てるのかなんてことは
「不思議」として
(あんたらは思議しちゃダメ!)
ただ「言わされていた」だけなのです。
マッカーサーは
日本の民主主義というのは
「アメリカやドイツが45歳ならば
日本は
まだ12歳の少年」と表現したそうで
発達障害論者に言わせると
日本人には
「主体性」がないということになりますが
(つまり
全員が致命的な発達障害者)
主体性は抑え込まれていただけです。
(多分、今も?)
北朝鮮なんかは
朝鮮戦争に勝利したつもりなので
休戦協定が結ばれた
(1953・7・27)
記念日や
日本の終戦記念日には
いつも以上に
コンプレックスが刺激され
(悪人にも良心がある)
解離行動としての
(睡眠意識では指示が出せません)
弾道ミサイルの祝砲威嚇が行われますが
日本にとっては
恐怖でしかありません。
宇宙全体を見据えて
(天皇は天の皇帝)
哲学しないと
ヒト(動物)は人間になれないということでしょう。
(『借りぐらしのアリエッティ』とニーチェ)