3月13日(日)
天理大学で
箱庭の講習会があるそうです。
「箱庭」って何?
「やってみたいなぁ」と思われる方は
箱庭療法学会ホームページまでどうぞ。
当研究所では
一年を通して受けつけていますよ?
心療内科流行りで
薬を飲んで何とかしようと思い
こじらせてしまう人が増えています。
PTSDを扱う専門家がいないとか
ましてや
箱庭なんてどこでやっているのかと

(倫太郎の診察室にしかないのでは?)
未だに言われるので
調べました。
ちゃんとあります。
みんなない場所ばかり探しています。
(本当は行きたくないのでは❓)
治るまでに
(定義はいろいろですが)
とても長い時間がかかり
料金がとても高いところは知ってますが
(数百万かかるということ)
8人セラピストがいて
30分3000円くらいからで
(時間や方法、セラピストの力量等で変化)
箱庭、認知行動療法、EMDR等
(心理検査もアリ)
対応できるそうです。
(箱庭は若干高め)

東京にある
日本最初のカウンセリング会社では
「多重人格」は無理とのことですが
(=PTSD・解離性同一性障害)
ここは
対応できるもののなかに
「PTSD」「解離性同一性障害」があります。

うちに来てほしいので
どこかは書かないでおきましょう✨

左の方は
仙台で買った
ミニチュアです。
今日は
日曜日ですが
遠方から
やってきてくれました。
かわいい小学生なのに
発達障害と誤診され
コンサータを飲まされたそうです。
原因は
母子ともよくわかっており
苦しんでいました。
誤診するような専門家には
話さないものだから
そういう専門家には
一生わからないのでしょう。
悠仁さまを発達障害と疑っている人も
検索すると
このブログに当たるみたいです。
⁇って感じなんでしょうね。
発砲スチロールで作った
巨大なお寿司を
ボートで引っ張っています。
どこに行っても何を見ても
箱庭のミニチュアにならないか
考える癖がありますが
これは巨大化させるので
反対ですね。
あんまりきれいじゃない川に
無理に食べ物を流すパフォーマンスは
ある意味で
飽食の時代を象徴しているかもしれません。
TVやCMで
見させられているわけで
主体性の
問題にも関わっています。
キリスト教でも
箱庭みたいな文化がありますが
東洋風に見ないと
象徴性が見えず
(ユング派の大学教授にかかれば
発達障害のサイン)

こんな誇大催眠広告に
吸い寄せられていくのかもしれません。
一番悪いのは
広告主ですが。

(操ってる人が見えにくいですね)
日本箱庭療法学会の
大会プログラムが
送られてきました。
34の発表があるのですが
2つがこれでした。
今更ですが
発達障害と診断されていたけど
違っていたこどもたちが
いたそうです。
こんなのみんな知ってますよね。
しかも
箱庭療法学会なのに
プレイセラピー
まあ親戚みたいなものですから
イメージ療法ということで
構いませんが
13人で(重複して2つ)発表するなら
(1発表だけ2名ですが
他の発表者は一人で発表します)
箱庭のケースもありそうなものです。
リーダーは
この先生方でしょうね。
薬漬けからの断薬の話が
出てこないのが
とても不自然です。
現場を知っている人からは
バレバレでしょう。
虐待やいじめの原因も
すぐに語られるわけで
(ネットストーカーみたいな
スクールカウンセラーには言わないと思うけど)
PTSDでしたと書かないところも
不誠実ですね。
「象徴」が使えない
発達障害が増えているとの主張が
愚説であったとも
自ら認めていただきたいです。
私は
「愚説」「目に余る」と
抄録にしっかり書きましたし
発表現場で
指定討論者と議論しています。
とりあえず
こころが傷ついて
解離性同一性障害になるから
(多重人格)
傾聴が大事との主張で一貫していましたが
箱庭のセットは
最後までお飾りでした。
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箱庭の中で行われるこころの作業が
現実に展開してしまったので
(行動化=アクティングアウト)
最後はほぼ全員が
解離行動をしてしまったのでしょう。
(倫太郎も患者にフラれ
「逆転移って書いてるでしょ」と
指摘されてしまう)
しかし
世の中に解離行動が多いことは
示唆されて
よかったです✨
夢乃が荒らした箱庭のミニチュアから
二対の動物を選び
床に置いたあと
(実際には会うことはありませんが
同じ空間を使うので
深いところで影響し合います)
箱庭のミニチュアの棚の後ろにある
(比喩的表現)
言葉のボードを出して来て
苦手な言葉で
何やら一生懸命訴えます。
それを必死で「傾聴」してゆくのも
現実の場面をよく反映しています。
(実際は
このノート起こしが大変です????)
言い終えて
理解されたとき
目が変化していましたね。
(自閉症ではありません)
研究の道具としか考えない
宮川教授には
「話を聴かないあなたにはわからないでしょうが
(彼は)一生懸命生きているんです」と
「傾聴」しない態度を批判させてもいました。
治験の是非はともかくとして
(今のところ脳の血流をみる程度)
ストレスに弱いはずが
説得でもなく認知行動療法でもなく
MRIの検査を受けることを
自分の判断で決めることができました。
母親や未来の子どもたちのために
そうしようと思えたところは
なかなか哲学的です。
言わないだけで
子どもはいろいろ考えています。