「悲しみ方の型が入ってきたとき
はじめて私たちは
悲しみに耐える能力も
身につけることができるのです」
(山崎正和)
それを受けて
「悲しいときは
誰しもなりふりかまわず
泣きたくなるが
最後は体を納得させ
その力を借りないと耐ええない。
悲しみは
感情というより
体のもっと深い場処から
噴き上がるものだ。
そのとき人は思わず
悲しみの型を演じることで
かろうじてそれを凌いだ古人たちの技を
なぞっている」
(鷲田清一)


歴史的身体ですかね。
「悲しみ方の型が入ってきたとき
はじめて私たちは
悲しみに耐える能力も
身につけることができるのです」
(山崎正和)
それを受けて
「悲しいときは
誰しもなりふりかまわず
泣きたくなるが
最後は体を納得させ
その力を借りないと耐ええない。
悲しみは
感情というより
体のもっと深い場処から
噴き上がるものだ。
そのとき人は思わず
悲しみの型を演じることで
かろうじてそれを凌いだ古人たちの技を
なぞっている」
(鷲田清一)


歴史的身体ですかね。
EMDRは
トラウマ記憶を
そんなに焦点化しなくても
―意識化させ
言葉で言わせたり
聞かせたりする
暴露法は
ハイリスク
イメージのような
ぼんやりしたものを
思い浮かべる程度で
よいらしいです。
―そこまで思い出すだけでも
大変だと思いますが
そして
否定的で
記憶主を
無駄に興奮させるような内容が
正しい認識に変わるそうですが
― 自分は最悪だ。→そうでもない 等
なぜなのかは
まだわからないそうです。
PTSDの人で
眼振がある人がいましたが
―無意識に
高速で左右に揺れる。
私が質問すると
『うーん…』と考えるくらいの間
目が揺れてから
答えてくれていました。
それは
トラウマの話ではなかったのですが
私の発するような
一般には訳のわからない質問に
ある種の驚愕を受けつつも
その人なりに
過去の記憶を
急速に呼び戻して
関係するものを瞬時に選び取り
今一度再考したものを
言語化していたのかも
しれません。
頭は
私よりはるかによい人でした。
そうやって
身体まで使って
不思議なバランスをとりながら
考えるクセは
人間にはあるのかもしれません。
西田哲学なんかでは
歴史的身体と言いますからね。
それを外から
どのくらい操作できるのか
―EMDR
そこはまだわからないですね。
自発的にする坐禅を
外から操作するようなものですからね。

絶対矛盾的自己同一
理不尽な
矛盾や悲哀感情を
抱えることが
重要です。
華厳も大事だと
言ってますしね。
どう考えても
日本の精神性は
そこにあるでしょう。

それを
【否認】するから
象徴が観えず
子どもを
発達障害扱いする
愚を犯すのです。
「多すぎたねー」で
済む話ではないです。
京大こころの未来研究センター
発達障害のお墨付き
いくつつけたのでしょう?
いつ謝罪するのでしょう?


解釈しすぎは好きじゃない
ではなくて
解釈する
素養に欠けてるのを
―DNAも ☚親は河合隼雄
環境も
最高の場所にあるハズですが ☚京大とユング研究所
台無しにするのが
PTSDの怪人の仕業です。
【否認】している
わけです。
京大が
直筆原稿を
―息吹が感じられるでしょう。
公開してます。
「京都学派アーカイブ」で
ダウンロードも
自由です。
―著作権の問題も終わってるし
伝えるべき内容ですしね。

善とは
松は松なりに
竹は竹なりに
生きることです。
それが
自己実現だとも
書いてます。

人生は悲哀だと
言った
―様々な悲劇に出会ってます。
だから
哲学者になるのです。
西田のつかんだものは
統合失調症を
自己治癒させた
―多分PTSD
ユングと重なります。
ユングは
心理療法には
哲学的忍耐力が必要と
言いました。
―解離してたら治りません。
当たり前です。
この一致から
PTSDを支援する立場にありながら

嘘ばっかりの
ユング派
臨床心理学者は
いつ辞任するのでしょう?
謝罪するのでしょう?

森口氏の方が
まだ罪がないです。

ミネルヴァの広告には
嫌というほど
発達障害本のシリーズが
出続けてましたが
綺麗に消えました
あとに残るのは
PTSD児だらけの
支援学校と支援学級
悪化し続け
発達障害なのに
派手な犯罪を犯す子も
増えてくるでしょう。
―統計が証明してくれます。
そして
反省能力ないからと
―ストレスに弱いから
防衛的に開き直る。
求刑上回る判決も
続出するでしょう。
学校にスクールカウンセラーが
増員されるようですが
いじめ対応ですから
PTSDを見ます。
―この期に及んで
見なきゃ
もう自滅です。
スクールカウンセラーが
扱えるのは
昔からPTSDだけです。
潮の流れは変わりました。
一時の狂った流行の跡は
悲哀を感じさせますね。
悲哀と言えば
西田哲学
なんと
真ん中に陣取ってるじゃないですか!
絶対無の混沌から
哲学しましょう。
人生は矛盾です。
人間はみな未熟です。
―専門家が神のように振舞い
PTSDが真似して
モンスター化したから
おかしくなった。
それを認めながら
前に進むことです。
哲学がないから
この国はおかしくなったのです。
さっきの続きですが
どのような
精神医学をしてこられたかだけ
話されました。
最初に
★統合失調症について
言いたいことがあるけど
「まあ…いいでしょう」
昔流行し
典型例のいた
★離人症が
―哲学心をくすぐる存在です。
統合失調症から
ノーマルにまで起こる
現象ですから。
今はいなくなったとか
―ヒステリーの表面症状は
なまものですものね。
自我が弱化し
保てなくなって
解離が進んでますからね。
★統合失調症の
第一級症状を唱える
シュナイダーらを
毛嫌いしたドイツ人と
西田幾多郎が似ているとか
―時代が西田的になるのは
暗闇の中の光だと思いますが
そういうことには触れず
明らかに
時代の問題に関する内容ながら
鳥の羽のように軽く軽く
説明するにとどめようと
努力しておられました。
―逃げたエネルギーが
お腹を直撃したのでしょう。 ☚身体表現
先生は
「年を取ると
いろいろあって…」と言われてましたが。
確かに
精神的にいろいろあるようですね。
学生の頃読んだ内容で
懐かしかったけど
先生が大昔に出会った
離人症の患者さんは
今も通院中と聴いて
―今は主治医は先生ではない。
自殺未遂の後遺症による
(何回行なったかわからない)
器質的認知症とか
書かれてないかな。
衝撃を受けました。
典型的な離人症も
―存在が美しいのです。
ぎりぎりのところで
きちんと苦悩してますから。
今は薬チューですか…